デス・バレエ。死ぬまで踊れ!
デス・バレエと共にアメリカン・ニューシネマは始まりました。そして、この映画を見た後、サム・ペキンパーは地団太を踏んで悔しがりました。なぜならこのデス・バレエのシーンは、お互いに敬愛する映画監督・黒澤明の『七人の侍』(1954)のスローモーション・シーンからインスパイアされ、新たな映像美学を生み出したものだったからです(1969年『ワイルドバンチ』にて、ペキンパーはさらに壮絶な殺戮シーンを撮り、効果的なスローモーションの美学を披露しました)。
死に向かって走り抜けたボニーとクライド。最後に羽ばたく鳥の群れと、地面に伏せる老人。そして、ゴールキーパーのような姿勢を取り、ボニーを見つめるクライドと、クライドに一瞬笑顔を送るボニー。二人の視線が合った瞬間に、『滅びの美学』の幕が切って落とされたのでした。
踊り狂っているかのように、いつ終わるとも知れぬほど容赦なく87発の銃弾を浴びるボニーとクライド(4台の撮影スピードの異なるカメラを使用、フェイ・ダナウェイは、座席からずり落ちないように足首をギア・シフトに固定していた)。やがて、唐突に銃弾が止み、THE ENDが画面を支配し、ノスタルジックな音楽が流れ、美学は完結します。
そして、この87発の銃弾は、世界中のファッションの固定観念さえも撃ち貫いたのでした。この作品以降、過去のファッションを現代風に蘇らせて着こなすというレトロ・モードの概念が定着していったのでした。それまでは過去のファッションには明日はありませんでした。しかし、この作品以降、過去のファッションにも明日があるようになりました。
ボニー・パーカーのファッション9
キモノガウン
- ペールピンクのキモノガウン
なぜボニーはモード服で逃走したのか?
止まると魅力的に見えるファッションと動いても魅力的なファッション。それを合皮にたとえるなら、新しすぎでもチープに見え、だからといって乱暴に扱うとすぐに破れます。それは、つまり味を生むものではなく、腐食を生み、それを身に着けていると、「何のためにそれを着ているのか?」という問いかけを身に纏うことができ、果ては「みすぼらしい」の結論にまで達します。
ボニーとクライドはなぜ、逃亡者でありながら、機能性の悪いモード服で逃亡したのでしょうか?
それは1930年代のアウトローに共通しているのですが、いつ捕まっても、いつ死ぬとしても、アウトローの美学を貫いて死にたいという一念からなのです。この感覚こそが、ファッションの真髄とも言えるものなのです。
「貧困」の中でもがき苦しんだからこそ、死ぬときに身に纏うものにはこだわっていたいという心情。つまるところ、ファッションとは、「安いアイテムを高く見えるように着こなす」にせよ「高いものを誇示するにせよ」つまりは、目指すところは全く同じなのです。
ボニー・パーカーのファッション10
ホワイト・スカートスーツ
- 白のウールのスカートスーツ
- 白の深いVラインの入ったカットソー
- ベージュのガーターストッキング
- 白のストラップの付いたセパレート・パンプス
そして、物語の中にはじめてピンクが投入される。
ボニーがピンクのワンピースに身を包んでいる、この瞬間だけ、二人は「ウッドストック」に向かうカップルのようなフォーク調のラブ&ピースな雰囲気に包まれています。激しくも熱く燃える二人の焔は、もう消えようとしているのです。
60年代後半から70年代前半のアメリカン・ニューシネマにある精神性。それは切腹にも似た、「いかに死ぬか?」の一念なのです。
さて、アーサー・ペンという監督がどれだけ黒澤明に影響を受けていたかが分かる瞬間が始まろうとしています。映画史上初めて大量出血が発生した瞬間と呼ばれる『椿三十郎』(1962)のラストシーンと、殺戮シーンに使用されたスローモーションが効果的だった『七人の侍』(1954)。その両シーンが、生きたのは、激しい動の前に静が存在したからでした。
ボニー・パーカーのファッション11
ピンクワンピース
- ピンクのビッグカラー・ワンピース、ヘリンボーン
- 白のブラウス
- フラットシューズ
ボニー・パーカーのファッション12
死装束のようなワンピース
- クリーム色の半そでワンピース。スクエアネック
- 白のフラットシューズ
作品データ
作品名:俺たちに明日はない Bonnie and Clyde(1967)
監督:アーサー・ペン
衣装:セオドア・ヴァン・ランクル
出演者:フェイ・ダナウェイ/ウォーレン・ベイティ/マイケル・J・ポラード/ジーン・ハックマン