忘れ去られた二人の初代ボンドガール
本作と次作『007/ロシアより愛をこめて』(1963)において連続出演を果たすことになるユーニス・ゲイソン(1931-)。彼女の娘のケイト・ゲイソンも『ゴールデン・アイ』(1995)にエキストラ出演しました。当初ユーニスは、マネーペニー役で考えられていました。しかし、ボンドの恋人シルヴィア・トレンチ役を演じ、次作においても冒頭で登場し、以後レギュラー出演のプランもあったのですが、実現しませんでした。
元々はオペラ歌手になるための訓練を受けていた人なので、ドレスの着こなしのセンスが抜群に良いです。ボンド初登場のカジノシーンにおける深紅のドレスは、当初ブラウンとゴールドが用意されていたのですが、カジノの背景にうもれるため、急遽毛糸屋に掛かっていたサイズ20のドレスを20ポンドで買い、裁断し、洗濯バサミで後ろをはさんだ状態でユーニスが着ることとなりました。

このドレスが伝説の洗濯バサミドレス。
ボンドガール スタイル3
レッドドレス
- 真紅の古代ギリシア風ドレープドレス。ワンショルダー。肩にメドゥーサのようなブローチ
- 金のクラッチバッグ
- ブラウンの毛皮のコート
- 金のハイヒールパンプス

真紅が似合うオリエンタルな雰囲気の美女です。

ドレスとファーとクラッチの似合う女性でありたい。
ボンドガール スタイル4
ボーイフレンド・シャツ
- メンズのパジャマシャツ
- 金のボウ付きハイヒールパンプス
男物のシャツを着てパターする美女の図
ボンドムービーがファッション業界に与えた影響として、評価しなければならない点は、女性蔑視とも指摘されかねない女性の役割をスタイリッシュに描いたところにあります。その姿勢が、80年代~90年代にかけて、進歩的な女性の目を背けさせ、ボンドムービーを過小評価させるきっかけとなりました。
しかし、21世紀に入り、ストリッパーのようなパフォーマンスを行うポップスター達の映像とイメージが氾濫するようになり、ボンドガールの影響がいかに強かったかということを思い知らされるようになりました。こうして一躍ボンドガールは、女性にとっての、ある一面のファッション・アイコンへと昇格したのでした。
その典型的イメージが、メンズシャツ(現実には、ホテルのメンズパジャマのトップス)を着て、ピンヒールを履き、生足を見せ、パターゴルフをして、男を待つ美女のスタイルです。
パターゴルフのホールの役割を果たすのは、ドアを開けた男性なのです。さぁ、ボールは放たれました。その瞬間、ユーニス・ゲイソンは、その名を失い、60年代を象徴するセックスアピール満点の女性のアイコンとなり、男性のセックスシンボル。さらに言うなれば、このシーンでパットゴルフをしていたのは、ウルスラ・アンドレスと記憶されるほどの強烈な印象を与えることになりました。今では男物のシャツ=ボーイフレンドルックは、最強にカッコいいスタイルに昇格したのです。
元祖魔性の女・ゼナ・マーシャル

中国美女ミス・タロのチャイナドレス姿が素晴らしい。

実際の彼女。
徳川家康ではありませんが、結局は、長く続けるということが、勝利への道なのです。007もその好例です。
もし、ブルース・リーの『燃えよドラゴン』が、ブルースが生きていて、『ドラゴンシリーズ』になっていたならば、これはこれですごかったはずです。4代目ドラゴンにドニー・イェンだったりするはずです。継続は力であり、その継続力によって、過去のボンドガールもリスペクトされることになったのです。
西欧人とチャイナドレス。シャーリー・マクレーンの蝶々さんではありませんが、異文化の交流は、まずは内面より外見から始まります。そして、その文化は、独自の感性で、オリジナルと全く違った輝きを発光する瞬間があります。ウルスラのチャイナ服と、ゼナのチャイナドレス。異文化の交流に失敗したファッションと成功したファッションの例として非常に興味深いです。
それにしてもこの三人目の初代ボンドガール・ゼナ・マーシャル(1926-2009)。ミス・タロという中国系美女の役柄でしたが、本当は、全くアジアの血は入っていないケニア・ナイロビ生まれのフランス系イギリス人です。王立演劇学校で学んだ本格派で、その演技力をユーゴスラビアのアレクサンダル王子や、アルゼンチンのペロン大統領などの、セレブとの浮名を流すところに使用した元祖魔性の女でした。
ボンドガール スタイル5
秘書ルック
- クリーム色のシルクのブラウス
- クリーム色のペンシルスカート
- 茶色のレザーベルト
- 白のハイヒールサンダル
ボンドガール スタイル6
シルクのナイトガウン
- シルクのナイトガウン
- ゴールドのヒールミュール
このファム・ファタールな存在感が、ボンドムービーの全体像に与えた影響は計り知れません。ある意味、彼女の存在はウルスラ・アンドレスを凌駕するだけのポテンシャルを秘めていました。

ケン・アダムのプロダクション・デザインが素晴らしい。

かなり不思議なムードがあり、魔性の強い人です。

素晴らしいシルクガウンです。

まさにボンドガールのアイコニック・ショット。ボンドを色仕掛けで騙すダブルスパイの図。
ボンドガール スタイル7
チャイナドレス
- 水色のチャイナドレス

チャイナ・ドレスが似合う黒髪美女。

世界中が東洋の神秘に惹きつけられた60年代。
007のさくら<フロム・男はつらいよ>

マネーペニーを忘れてはならぬ。彼女こそ007の<さくら>なのです。
そして、最後に、マネーペニーの誕生をしるしておきましょう。007の母とも言えるマネーペニー。その役柄は、ボンドの上司であるMの秘書であり、女ったらしのボンドが唯一寝ない女性であり、親友。
演じるのはロイス・マックスウェル(1927-2007)。いかにもイギリスの美人お母さんタイプの女優さんです。セクシーな女性だけでなく、こういう知的なお母さんタイプ=マギー・スミス・タイプの女優も出演しているのが、007シリーズの侮れないとこです。
まさにジェームズ・ボンドにとっての、さくら(「男はつらいよ」の寅さんの妹)であり、一種の清涼剤である彼女の普遍の存在感は、ボンドが変わろうとも、いつもそこにいてくれる安心感にありました。そう!女性の最大の美徳とは何か?それは、「清涼感」なのです。グラマラスもいいけど、それだけじゃ男性は疲労するということを常に思い起こさせてくれる人。それがロイス・マックスウェルなのです。
作品データ
作品名:007/ドクター・ノオ Dr. No (1962)
監督:テレンス・ヤング
衣装:テッサ・プレンダー ガスト
出演者:ショーン・コネリー/ウルスラ・アンドレス/ジョセフ・ワイズマン/ユーニス・ゲイソン