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『007/ドクター・ノオ』Vol.3|ショーン・コネリーとマオカラー

ジェームズ・ボンド
ジェームズ・ボンド女性目線の男磨き
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ジェームズ・ボンドのバカンス・ルック

ジャマイカのオーチョ・リオスのラフィング・ウォーターズ・ビーチにて、ハニー・ライダーと衝撃的な出会いを果たすときのジェームズ・ボンドのファッションがすごく印象的です。

今まで、タキシードかスーツだけ着ていたボンドが、ここではじめてカジュアル・スタイルで登場するのですが、大人の男性のオンオフの魅せ方の絶好の教科書とも言える見事なスタイルです。あくまでもシャープに、男らしさを前面に打ち出し、ワンカラーで攻めています。それでいて、大人の男のゆとりを個性と掛け合わせることに成功しています。

個性なき男性はまずモテません。男性がモテるということは、まずは女性の印象に残らないといけないのです。これは、高感度セレクトショップの女性販売員にも当て嵌まるのですが、女性が狩りをするときに、最も重要なのは、印象に残る場所であるかどうかなのです。

女性ほど衝撃が重要な種族はいません。それは男性の比ではないのです。だからこそ、あなたがその場に現れると〝洗練の衝撃〟に満たされるような個性をオンオフにおいて持つと、狩人を逆に魅了することが出来るのです。

ボンド・ガール第一号のウルスラ・アンドレスと。

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ジェームズ・ボンド スタイル6

バカンスルック
  • ライトブルー・ショートスリーブ・ポロシャツ
  • コットンニット、サイド・アジャスター付きのライトブルーのトラウザー
  • ネイビーブルー、キャンバス・デッキシューズ
  • ロレックス・サブマリーナー6538.ブラック・レザー・ストラップ

さすが007!こういったポーズもさらりとやってのけます。

若き日のマーロン・ブランドにも見えるショーン・コネリー。

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ロレックス・サブマリーナー・オイスター・パーペチュアル6538。

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ジェームズ・ボンド スタイル7

マオカラースーツ
  • ブラウンシルクのマオカラー・ジャケット、5つボタン、ヒップポケットなし
  • 白のクルーネック・Tシャツ
  • ストーン・カラーのコットン・パンツ
  • ネイビーのキャンバス地のスリッポン。クレープソール/ネイビーのキャンバス地のラバーソールのダービーの二種類


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意外にマッチしているマオスーツ

完全にウルスラ・アンドレスのスタイリングは失敗しています。

これからの時代はマオカラーの時代に突入する可能性を秘めています。より的確な表現をするならば、今では、ファッションとは、過去の遺産をアイテムに取り入れたものが栄光を勝ち取れる時代なのです。

マオカラーは一種のミリタリーテイストです。そこからは『ドラゴン怒りの鉄拳』のブルース・リーと、毛沢東というイメージが連想されるのですが、ジャケットとパンツを切り離してコーディネイトするテイストを提案すれば、これは爆発的なトレンドを生み出すことになるでしょう(洗練とは本来は、アンチトレンドなのですが・・・)。

『ドクター・ノオ』が示すファッション黙示録ではないですが、この作品は、イギリスのサヴィル・ロウから出発したエレガンスのミサイルの到着地点を中国に定めた恐ろしい作品とも言えます。

だから最後にボンドはマオカラーを着せられるのです(そして、見事に着こなします)。しかし、残念なのは、ボンドガールの冴えないチャイナ服姿でした。どうせならチャイナドレスにすべきでした。もしくはせめてフラットシューズを履かせるべきでした。お土産屋で買ってきたチャイナ服をそのまま着てますという空気が漂っていました。

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マオカラー=悪役のイメージが生まれた

ドクターノオ・スタイル
  • サンドベージュのマオカラースーツ
  • 白のパテントレザーのローファー
  • 鋼鉄の義手を持つ男

ジョセフ・ワイズマン(1918-2009)のドクター・ノオは、映画史上初めてマオカラーの悪役が登場した瞬間です。以後、ブルース・リーの『燃えよドラゴン』のハンを筆頭にマオカラーを着た悪役像が創り上げられていくことになりました(スティーヴン・セガールを除く)。

これはファッションの持つ影響力を如実に示す例です。ドクター・ノオが映画の中のファッションにおける文化大革命を起こしたのでした。

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伝説の悪役ドクター・ノオを演じたジョセフ・ワイズマン。

60年代から70年代の悪役キャラクターに与えた影響は計り知れない。

この佇まいこそボンドムービーの悪役に求められる存在感。

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ファッションを通して自らを高める

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1962年10月7日。プレミア。コネリーとボンドガールの一人ゼナ・マーシャル。ジャケットはマックスウェル・ヴァイン

記念すべき007第一作となるこの作品は、今から50年以上前に100万ドルの予算で作られ、60倍の利益をあげました。昔の映画を見ると、感性の幅が広がります。たとえばこういうことです。2000年から2010年代の映画しか見慣れていない人と、1920年代から2010年代の映画を満遍なく見ている人とでは、単純に映画の知識量が多いということだけでなく、1920年代の映画を見るとき、1950年代の映画を見るとき、白黒映画を見るとき、カラーでもテクニカラーの映画を見るとき、という風に、その時代に合わせたスタンスで映画と向き合うことができるようになります。

この感覚を、感性のふり幅と呼ぶならば、後者の映画との向き合い方は、常に感性が磨かれている状態にあると言えます。スピードを重視した映画に慣れると、やがて、内容よりも映像の切り取り方にのみ敏感に反応するようになり、深みのある静謐な映像を前にしてしまうと、何も感じない感性の退廃を生み出すことになります。

熱狂の中での感性の退廃を示す好例として、昨今の大都会でのハロウィン・イベントを例にとってみましょう。そのコスプレの大半を、コスプレと呼ぶレベルに満たないボロだと感じたのは私だけでしょうか?何とも形容しがたい、クタクタのコスプレ衣装に身を包む若者たちは、仮装を楽しんでいるのか?ただ露出狂なだけか?本当に流行に流されやすい空っぽなだけかどちらなのでしょうか?

普段は、「ビヨンセ、テイラー・スウィフト、マイリー・サイラスのステージ衣装は、コスプレであっても日本のシンガーには出来ない本格志向で格好良い」と言っていた彼女たちがハロウィンで着るファッションはボロなのです。「一晩限りだから」と言ってボロを着る人々。ハロウィンとは、渋谷・心斎橋に露出狂の売春婦たちが集まる日なのでしょうか?

まさにファッションの浅さが、自分をどんどん低い次元に貶めていくという好例です。

だからこそ、コスプレではない、リアル・ボンドテイストを男性の感性に埋め込んでいくためには、新しいボンドムービーだけでなく、過去にさかのぼり、ただハイスピードの熱狂の中で、感じるだけではなく、真のジェームズ・ボンドの洗練の歴史を見る必要があるのです。

作品データ

作品名:007/ドクター・ノオ Dr. No (1962)
監督:テレンス・ヤング
衣装:テッサ・プレンダー ガスト
出演者:ショーン・コネリー/ウルスラ・アンドレス/ジョセフ・ワイズマン/ユーニス・ゲイソン

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