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【エルメス】ヴィオレット ヴォリンカ(クリスティーヌ・ナジェル)

エルメス
©Hermès
エルメスクリスティーヌ・ナジェルブランド調香師香りの美学
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ヴィオレット ヴォリンカ

原名:Violette Volynka
種類:オード・トワレ
ブランド:エルメス
調香師:クリスティーヌ・ナジェル
発表年:2022年
対象性別:ユニセックス
価格:100ml/36,190円
公式ホームページ:エルメス

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すみれの涙が、ロシアン・レザーに注ぎ込まていく…

グレース・ケリーとケリーバッグ。

すみれ(ヴァイオレット)は誰もが知っている香りです。美容製品には必ず入ってますし、伝統的に口紅に使われていた香りです。しかし、すみれの花からは精油が抽出できません。いわゆる〝ミュートフラワー〟と呼ばれるもので、スズランやライラックも同じです。だから香りを再現しなければならないのです。

ある日、私はすみれの香りを再現してみようと思いました。その過程で、すみれの葉のアブソリュートがあることに気づきました。しかし、通常香水に使われているのは、エジプト産のものです。それはそれで素晴らしいものですが、他にどんなものがあるのだろうと興味を持ちました。調べてみると、フランスに生産者が2社あることがわかりました。

このすみれの葉のエキスを調合するために、私が若い頃、最初に仕事をした会社であるフィルメニッヒ社に連絡を取りました。そして、トゥレット=シュル=ルーという小さな村のすみれの精油を手に入れたのでした。

もうその香りは格別でした。エジプト産のものよりもはるかに高価でしたが、とても包み込むような、温かみのある香りでした。非常にパワフルで、奥深い香りでした。例えるなら、恋に落ちたときのような感覚でしょうか。

クリスティーヌ・ナジェル

地中海の庭」の成功により、2004年にジャン=クロード・エレナエルメスの初代専属調香師に就任することになりました。そして、≪嗅覚の詩≫とも言える究極のフレグランス・コレクション『エルメッセンス』が誕生しました。

2016年にエルメスの専属調香師の地位を引き継いだクリスティーヌ・ナジェルは、2018年6月に一挙に4つの素材(ミルラ、ムスク、アガーウッド、シダー)による5作品の〝クリスティーヌのエルメッセンス〟を発表したのでした。

そして、2022年11月2日に4年ぶりに新作のエルメッセンス「ヴィオレット ヴォリンカ」を発表しました。〝ヴォリンカ〟とは、2018年にエルメスが蘇らせた〝幻のロシアンレザー〟であり、この香りは〝スミレの香りがするヴォリンカレザー〟という意味です。

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ヴォリンカレザーとは?

©Hermès

さらに、ある日、オフィスでヴォリンカレザーを使用したオータクロアというハンドバッグをもらいました。見た瞬間、職人さんはどうやってあんなに特殊な縫製を完成させ、あんなにうまく革を操ることができるのだろうと思いました。

革の香りがするのですが、このスモーキーな素材の持つ力強さが気に入りました。その強く特徴的な香りは、次の香りの創造を補完する指針を与えてくれたのでした。その時ふと、ヴォリンカレザーの上にすみれの葉のアブソリュートを乗せてみたら、どちらの成分も強すぎず、むしろ互いを引き立て合うことがわかりこの香りが誕生したのです。

クリスティーヌ・ナジェル

1917年のロシア革命勃発まで、17世紀から20世紀にかけてロシアン・レザー(子牛、トナカイ、馬、羊、ヤギの皮)は帝政ロシア時代に最高の皮革として世界中にその名を轟かせていました。

コサック兵が撥水性を高めるためブーツを白樺の樹皮に擦りつけた時に生まれたと言われるロシアン・レザー。頑丈でも滑らかな手触りが心地よいのが特徴です。

その独特な香りにも人々は夢中になりました。それはラプサンスーチョンの強い香りと葉巻、ピートの香りたつウイスキーの混じり合う、ほかに二つとない独特の匂いを放ちます。

しかし、革命の混乱の中、製法の詳細が不明になり〝幻のレザー〟となったのでした。

そして、50年以上もの時が流れ、〝幻のレザー〟が1973年に突如蘇えるのでした。それは200年前の1786年12月10日に英仏海峡の沖で沈没したメッタ・カタリナ号(麻と革を積んでサンクトペテルブルクからジェノヴァへ向かう途中だった)が発見されたことからはじまります。

海底に200年間沈んでいたトナカイの革は、潜水夫により引き揚げられ、修復作業を経てもとの美しさを取り戻し、販売されるようになりました(現在もまだ40%のレザーは泥沼の中で眠っています)。

1990年代に入りエルメスはそのレザーを10枚余り買い入れました。そして、ケリー・バッグを作ったのでした。

ヴォリンカレザーで作られたオータクロア ©Hermès

さらに2011年から6年の歳月をかけ、エルメスはこのロシアン・レザーのレシピを復活させることに成功しました。かくして、イギリスで唯一のオークバークの鞣し工場J&F.J BAKERの協力の下、カーフレザーを白樺の神秘的な油分やアザラシ油、オーク材の樹皮、ライムなどによって、12~15ヶ月かけて作り上げたこのロシアン・レザーを、2018年に「ヴォリンカレザー」と名づけたのでした。

ちなみにヴォリンカとはロシア語でバグパイプの意味です。

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心に咲いたすみれを、やわらかなレザーが抱擁するように…

©Hermès

それぞれエレガンスを象徴する花とレザーが、エモーショナルに、ロマンティックに、まるでかくれんぼをするように、自分の個性を交互に主張しあいます。共鳴し、補い合いながら、やがてすみれのもつパウダリーな優しさがレザーの力強さに混ざり、ともに声を合わせて語り始めるのです。

この香りは、個性的な香りです。女性であろうと男性であろうと、誰がつけても強い個性を持った人になる。そんな風に感じてもらえればと思います。

クリスティーヌ・ナジェル

まるで200年の眠りから目を覚ますようにこの類稀なる美しきすみれ(=ヴァイオレット)は、スプレーから解き放たれ、肌を透かして心に染み入るように、清らかな小さな花々を咲かせ広がってゆきます。それはまるで枯れた心を癒す花の絨毯のように、心の隙間をうめてゆきます。

一輪のバラとほんの少しのラズベリーが添えられる中、すぐに、疲れて青ざめた心に咲いたすみれを、やわらかなレザーが抱擁するように、寄り添いながら優しく香り立ちます。根がまじめで不器用な生き方しか出来ないすみれの悩みを、温かく「そのままでいいんだよ」と聞いてくれるレザーがそこにはいます。

儚くて消えてしまいそうな甘さとグリーンの透き通るようなパウダリーさが美しく囁くように、スモーキーなラプサンスーチョン、葉巻、ピートの香りたつウイスキーの余韻(強く抱きしめるのではなく、優しく寄り添うように)で、円やかに心のコリをほぐすように香りは広がるのです。

この香りが何よりも素晴らしいのは、レザーを引き立てるためにすみれがそこにいるのではなく、すみれにレザーが寄り添うようにいるということです。

何よりも甘ったるい砂糖漬けされたすみれではなく、南仏から妖精がひとつひとつ抱きかかえながら運んでくれたような新鮮なすみれの香りを感じることが出来ます。

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作品データ

香水名:ヴィオレット ヴォリンカ
原名:Violette Volynka
種類:オード・トワレ
ブランド:エルメス
調香師:クリスティーヌ・ナジェル
発表年:2022年
対象性別:ユニセックス
価格:100ml/36,190円
公式ホームページ:エルメス


シングルノート:レザー、フレンチ・ヴァイオレット、ヴァイオレットリーフ

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