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ランコム

【ランコム】トレゾァ(ソフィア・グロスマン)

ランコム
©LANCOME
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トレゾァ

原名:Tresor
種類:オード・パルファム
ブランド:ランコム
調香師:ソフィア・グロスマン
発表年:1990年
対象性別:女性
価格:30ml/10,230円、50ml/15,510円
公式ホームページ:ランコム

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1990年のランコムの逆襲

イザベラ・ロッセリーニ ©LANCOME

フランソワ・コティのために香水顧問として数々のコティの名香を手がけてきたアルマン・ブティジャンが、1935年に、フレグランス・ブランドとして創設したランコムの歴史は、5つの香水から始まりました。そのブランド名の由来は、フランス中部のアンドル県にあるランコズム城の傍らに咲いていた野バラに由来します。

1964年にロレアル社に買収され、本格的に世界進出を果たしていく過程で、1967年、世界初の携帯マスカラ「ランコマティック」を発売し大ヒットさせ、70年代から80年代にかけて、メイクアップとスキンケアの部門で世界の頂点に駆け上るのでした(1978年には日本上陸を果たす)。

しかし、ランコムにとって、ひとつだけやり残していることがありました。それは、1978年の「マジー・ノワール」以降、12年間香水の新作を生み出せず、元々がフレグランス・ブランドであることを人々に忘れ去られかけている現状を打開することでした。

かくして1985年にまだカレッジを卒業したばかりのディナ・オハヨンという女性をチームリーダーにしたフレグランス開発チームが結成されたのでした。

そして、コンセプトは段々と固まっていきました。90年代は、女性が完全に自立を果たしていく時代になるだろうから、「タリスマン=守り神」になるような香りを作ろうということになりました。そして、もうひとつ重要なことは、ランコムのミューズであるイザベラ・ロッセリーニ(1952-)に相応しい香りを作ろうということでした。

元祖「トレゾァ」。75面カットダイアモンドボトル ©LANCOME

一方で、どうしても香水名を創造する事が出来なかったので、苦肉の策として、過去のランコムの香水名を使用することにしたのでした。それが、1952年に発売されていた「トレゾァ」だったのです。

「トレゾァ」(フランス語読みは「トレゾー」)とは「宝物」という意味です。しかし、香調と調香師がなかなか決まらず、完全にプロジェクトは袋小路に入ろうとしていました。

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世界初のコスメティック・ノートを生み出した香り

圧倒的な存在感を誇る人イザベラ・ロッセリーニ。©LANCOME

突破口は、ディナ・オハヨンが知らないところで開かれつつありました。ニューヨークに一人の女性調香師がいました。彼女は自分のために、「センシュアルで、パウダリーな香り」を作ってやろうと、気分転換も兼ねて、サンダルウッドを基調に、今で言うところの、ニッチ・フレグランスを作る精神で、完全に「モテることだけを主体においた香り」を作っていました。

このプライベート・フレグランスは、とても評判が良く、彼女がこれを身に纏っていると香りを褒めてもらえました。そして、彼女はこの香りの名を「2933」と名づけました。

そんなある日、彼女は、パリで同業者の友人からランコムが新しい香りを作ろうとしているが難航しているという話を聞きました。しかし、ランコムはパリ、彼女はニューヨーク・ベースの調香師なので縁のない話だと考えていました。

帰国後、2933を纏い彼女は、ニューヨークのメイシーズを何気なく歩いていました。そして、ふとランコムのミューズであるイザベラ・ロッセリーニのリップスティックのキャンペーン広告を見た瞬間、全身に電流が走ったのでした。「2933こそ、イザベラに相応しい」と!

それからの彼女の行動が実に早く、彼女はイザベラを念頭に2933を微調整し、この香りを自分自身につけてディナ・オハヨンに会ったのでした。その時、ディナも雷に打たれたようにこうつぶやきました。「まさに、ランコムのパウダーとスキンとコスメを体現した香りだ!」と。

この女性調香師の名を、ソフィア・グロスマンと申します。そして、彼女が、2933と名づけ、「ハグミー」フレグランスだと呼んでいた、プライベート・フレグランスが「トレゾァ」へと転生を遂げることになるのでした。

ちなみにこの香りこそが、コスメを連想させる香り=コスメティック・ノートのパイオニアだと言われています(その後に、ジャン=ポール・ゴルチエの「クラシック」が続く)。
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ソフィア・グロスマンが到達した薔薇の桃源郷

イザベラ・ロッセリーニ

さてここで、ロレアルグループより派遣された、グループのフレグランス部門の責任者を1978年より務めるエリザベス・カレの登場と相成ります(この香りは3人の女性が生み出した香りとも言えます)。

彼女はこの2933とフィルメニッヒとジボダンの有名な調香師二人に作らせた試作品3種類をイザベラ・ロッセリーニに三ヶ月間身に着けてくださいと頼みました。そして、イザベラに感想を聞きました。彼女は、三ヶ月間2933しかつける気になれなかったと答えました。

そして、イザベラは2933を作ったソフィアとの会食を希望しました。以後、イザベラはずっと「トレゾァ」を愛用することになるのですが、「私はカサブランカを見てこの香りを自分のために作ろうと考えました」とソフィアから伝えられ、びっくりして椅子から転げ落ちそうになったとイザベラは回想しています。

カサブランカ』(1942)とは、イザベラ・ロッセリーニの母親であり、伝説の女優イングリッド・バーグマンが主役の名作です。ちなみにバーグマンもひとつの香りだけを愛し続けた人で、常にニナ・リッチの「レールデュタン」を身に纏っていました。

常にパワフルな香りを作ることを身上としているソフィア・グロスマンのオリジナルの2933に対して、より繊細さが必要だと考えたエリザベスは、ソフィアと共に、1年半の歳月を費やし、2933のエッセンスを失わないように調整を加えていったのでした。

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トレゾァの香りの秘密

ペネロペ・クルス ©LANCOME

©LANCOME

こうして1990年に生み出された「トレゾァ=宝物」は、ピラミッド構造ではなく、はじめからブルガリアンローズに、ピーチとアプリコットが交り合うという、宝箱を開けた瞬間のような豪華絢爛なるムードに包まれます(シンプルな構造で、4つの成分で80%が構成されている)。

そして、すぐに、フレッシュなライラックとスズランがピーチローズに蔦のように絡み合い、ベースのバニラと円やかに溶け合います。

さらに、このピーチローズの花びらはビロードのような自由奔放さで、その香り立ちを変えていきます。それはヘリオトロープとアイリスのパウダリーノートが甘いジャスミンと溶け合うようにして現れるのです。ここで、この香りの真骨頂とも言えるリップスティック・ローズの側面が誕生するのです。

そして、ドライダウンに向かうにつれて、輪郭を明らかにしていくベースのクリーミーなサンダルウッドとアンバー、バニラが、ローズが枯れ、独りぼっちになったピーチを抱きしめるように、実に美しく官能的に包み込むのです。

この香りには、5つの合成香料が効果的に使用されています。ヘディオンが空気のようにふんわりとしたジャスミンのフローラル感を生み出し、メチルイオノンが甘くてパウダリーなヴァイオレット様を、イソEスーパーが軽いウッディベースを、バニリンがバニラのような円やかな甘さを、ガラクソリドがアニマリックではないクリーンなムスクのドライダウンを生み出しているのです(ガラクソリドを先駆的に使用している)。

※ちなみに現在販売されているトレゾァはこれらの合成香料がすごく弱くなっており、90年代のパワーを失っているのも事実です。

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ローズとピーチが世界を制した1992年。

ペネロペ・クルス ©LANCOME

そんな香りの宝物箱は、実に丹念に創造されました。プロダクト・デザイナーのシャルル・プシケは、2年間の構想期間の末、手にもフィットする逆さピラミッドという斬新過ぎるデザインのボトルデザインを完成させたのでした。

最初の広告キャンペーンは、ピーター・リンドバーグによって撮影されました。それは氷のような美しさを持つイザベラ・ロッセリーニが〝感情のない美しさはない〟を体現するようなムードに包まれた素晴らしい作品でした。

かくして1990年に販売されたこの香りは、15秒ごとにボトルが売れるという奇跡的な売れ行きを実現させ、1991年と1992年に世界で最も売れたフレグランスとなり、スキンケアとメイクアップ・ブランドのイメージが強かったランコムに、再びフレグランスのイメージを復活させたのでした。

しかし、1992年にすでにフレグランス革命が勃発していたのでした。ソフィア・グロスマンの盟友シャンタル・ルースの指揮の下生み出されたジャック・キャヴァリエによる「ロー ドゥ イッセイ」のオゾン革命と、オリヴィエ・クレスプの「エンジェル」によるグルマン革命。そして、セルジュ・ルタンスによる「フェミニテデュボワ」のウッディ革命(ちなみにさらに1年後の1993年にジャン=クロード・エレナの「オ パフメ オー テヴェール」によるティー革命が勃発)でした。

だからこそ、「トレゾァ」は20世紀最後のフロリエンタルの最後の輝きとも言える香りなのです。オリエンタルの中で咲き乱れるローズが、枯れ、次世代の合成香料やピーチ、サンダルウッドに主役の座を譲り渡した『王位継承の香り』とも言えるのです。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「トレゾァ」を「パウダリーローズ」と呼び、「俗っぽさと、したたかさの組み合わせこそが、トレゾァなのだと思う。・・・近づいてみるとトレゾァはパウダリー・ローズとベチバーの中間にある、本当に賢いアコードで、「アバニータ」の構造に似ている。」

「ところが、離れてみると、ピンクのモヘアヘアセーターを着て、髪をブロンドにした、すごく浮かれた女性を彷彿させる、思いっきりバカっぽい香りだ。仮に、男どもの原始的な部分と知的な部分の、両方の気を引けるとしたら、あなたは「トレゾァ」的な女だ。大人気間違いなし。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:トレゾァ
原名:Tresor
種類:オード・パルファム
ブランド:ランコム
調香師:ソフィア・グロスマン
発表年:1990年
対象性別:女性
価格:30ml/10,230円、50ml/15,510円
公式ホームページ:ランコム


トップノート:パイナップル、ライラック、ピーチ、アプリコット・ブロッサム、スズラン、ベルガモット、ダマスクローズ
ミドルノート:アイリス、ジャスミン、ヘリオトロープ、ローズ
ラストノート:アプリコット、サンダルウッド、アンバー、ムスク、バニラ、ピーチ