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【キャロン】ナルシス ノワール(エルネスト・ダルトロフ)

キャロン
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ナルシス ノワール

原名:Narcisse Noir
種類:パルファン
ブランド:キャロン
調香師:エルネスト・ダルトロフ
発表年:1911年
対象性別:女性
価格:不明

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病める花々に捧げられた妖香「黒水仙」

©Caron

©Caron

ナルシス ノワール」=黒水仙の妖香は、女性の最も美しい部分と醜い部分に同時に光と影を当てるように素肌に溶け込んでいく香りです。女性の最も温かい心と冷たい心を同時に感じさせる、世界の黒髪女性を征服したとまで言われた香りです。

かつてこの香りが世界中で人気だった頃、男性にとっての一大野心はこの香りを飼い馴らす女性と出会うことでした。ファムファタールに全てを吸い尽くされた男たちの墓標から立ち上る〝魔性の匂い〟。

そんな病める花々に捧げられた「ナルシスノワール」は、1903年にキャロンを創業したエルネスト・ダルトロフが、調香師としての経験を積み重ね、ついに悪魔と出会うことに成功し、1911年に魂と引き換えに〝悪魔の処方箋〟を手に入れ生み出しました。

それは夜になると、日中とは全く異なる香りを放つ水仙の、夜闇の中で黒水仙に見えるひと時のとらえどころのない匂いを見事に捉えた香りです。

ちなみに1920年代から1950年代にかけてフランスでは、ウビガン、コティ、モリナールは一般向けの高級香水として認識され、キャロン、ゲランシャネルは上流階級向けの高級香水と認識されていました。

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キャロン帝国の進撃

この香りを愛したグロリア・スワンソン。『サンセット大通り』(1950)

「ナルシスノワール」のような〝悪女を憐れむ香り=ファムファタールを応援する香り〟がなぜ誕生したのか?ということを知るためには、キャロンというブランド創立の物語を知る必要があります。

ロマノフ王朝の貴族の子息として生まれたエルネスト・ダルトロフは、ロシア革命前夜に亡命した先のフランス・パリで、1902年に兄ラウルと共にパリ北部のアスニエールにある小さな香水店「エミリア(Emilia)」を買収しました。そして、近所にあった「キャロン」という香水店の名前が気に入り、1903年8月1日にアンナ=マリー・キャロン婦人よりお店を買収し、エミリアはキャロンとなり、ラ・ペロン通り10番にて創業されました。

エルネスト自身は調香師のトレーニングを受けたことがないのですが、1904年に最初の香り「ラディアン(Radiant)」を発表しました。1906年には、キャロンのミューズとなる婦人用帽子の若きデザイナーであるフェリシエ・ヴァンピールとの出会いが、エルネストのミューズとして、大いに創造意欲を覚醒させることになったのでした。

彼女はキャロンのすべてのボトル・デザインと箱、PRを担当しました。そして、エルネストは1911年に修行期間の卒業テストのようにこの香りを発表したのでした。この香りはフランスですぐに大成功し、アメリカ大陸にも広がり、「ロリガン」(1905)で北米を征服していたコティと対等の競争力を得るに至ったのでした。

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『女が階段を上る時』と『サンセット大通り』と『黒水仙』

『女が階段を上る時』の高峰秀子様

『女が階段を上る時』の高峰秀子様

『女が階段を上る時』の高峰秀子様

この香りが登場する映画で特に印象深いのは、1960年の『女が階段を上る時』です。高峰秀子様が演じる銀座の雇われママ圭子が愛用している香りとして登場しました。この香りは、戦後日本で、和服を着た上流婦人に愛された香りの一つでした。ナルシソ=水仙の花言葉は自己愛。そして、地球上に存在しない黒い水仙。

存在しないものを求めるのが、銀座の女たちの本質であるとでも言わんばかりのこの香水のチョイス。そして、圭子は、この香りを詐欺師の関根(加東大介)からプレゼントされることによって、自分の中の約束事を放棄してしまうのでした。

さらに今は忘れられたハリウッドスターが発狂していく、ビリー・ワイルダーの恐怖の作品『サンセット大通り』(1950)の中で、本当に発狂しているようなグロリア・スワンソンが演じるノーマ・デズモンドがこの香りの名を作中呟くと、一般的に言われています。

しかし、実際は映画の中で「She’d sit very close to me, and she’s smell of tuberoses, which is not my favourite perfume, not by a long shot.(チューベローズの匂いがする)」というセリフ以外に、香りについて言及するシーンがありません(ちなみに「ナルシス ノワール」にはチューベローズは入っていません)。

ただし、キャロンの公式サイト上ではこのように言及されています。〝1950年に、ビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』のセットで、ハリウッドスターのグロリア・スワンソンは、すべてのセットに彼女が大切にしている香水「ナルシス ノワール」をスプレーすることを要求したと言われています。本当かどうかにかかわらず、この噂は神話を増幅させ、この香りを伝説にしました。〟

ですが、キーロフ・バレエのディアギレフのバレエダンサーたちはバレエの舞台でこの香りを皆纏っていたと言われています。ちなみにシャネル「No.5」の調香師エルネスト・ボーはこの香りについて「騒がしく、私が遭遇した中で最も下品な香りだ」と言っています。

『黒水仙』のデボラ・カー

『黒水仙』のデボラ・カー

そして、もうひとつ、忘れてはならないのが、ルーマー・ゴッデンが1939年に発表した小説『Back Narcissus』です。この題名は、この香りから英語名から採られました。そして1947年にデボラ・カー主演により『黒水仙』として映画化されました。ヒマラヤ山麓の女子修道院を舞台にひとりの女性の精神が完全に崩壊していく物語です。

まるでヴィヴィアン・リーの有名な言葉でもある「私はさそり座の女。だから最後は自分を食い尽くして死ぬのよ」を香りに凝縮したような、身体に影響を及ぼすのではなく、心に致命的な影響を与える『毒』のようです。

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男性が身を滅ぼしてもいいと思える女性が誕生する〝魔性の香り〟

©Caron

©Caron

オリジナルの香りの素晴らしさは、この魔界からやって来たような物の怪のような鋭いペルシャ産の黄水仙の咆哮からはじまります。すぐにスモーキーなベチバーと甘い女性の吐息のようなオレンジ・ブロッサムが一緒に加わってゆきます。まさに煙草を吸うファムファタールの甘い吐息のようです。

やがてフルーティなオレンジの煌めきが官能的なムスクとインセンスと共に立ち上り、身に纏う女性の人生に溶け込んでゆきます。とんでもなく妖艶で剥き出しで、悪臭にもっとも近い〝うっとりさせる香り〟が広がってゆきます。明らかに、機械に支配された21世紀の社会からは、感じられない、汗だくになって女と男が肉欲に耽るような陰獣がこの香りには潜んでいるようです。

そして、狂おしいまでにインドールを放つジャスミンと酔わせるようなローズ・チンキ、さらにシベットがすべてを飲み込み、愛の嵐で満たしてくれます。しかし、スモーキーな緑の水仙だけは、ひとまとめになることなく、女の中に眠る魔物を絶えず唆すように香りを広がらせてゆくのです。

しんしんと広がるサンダルウッドとムスクの余韻がベチバーと結びつき、とても神秘的なシャングリラを満たしているインセンスのようです。このとてもパウダリーで花蜜のような贅沢な余韻が、水仙と女性の素肌に、悪魔の紋章を刻み付けていくのです。かくして男性が身を滅ぼしてもいいと思える女性が誕生するのです。

エルネストは、花々を写実するのではなく、感情を揺り動かす花々の香りを生み出すために、アブソリュートと合成香料を中心に香りを作り上げていきました。まさにボードレールの『悪の華』のこの一節こそ相応しい香りです。

かぐ人もない孤独に生きて、秘密のように甘い香りを多くの花が立てている、残り惜しげに。

つまり太陽に愛された花々の香りとは全く逆の太陽から見捨てられながらも、月の光に愛され、真夜中に磨き上げられた花々の妖しいきらめきを感じさせるのです。

黒い水仙が封じ込められたような蓋が印象的なアールデコ調のインク瓶型のボトル・デザインはフェリシエ・ヴァンピールとジュリアン・ヴィアールによるものです。

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香水データ

香水名:ナルシス ノワール
原名:Narcisse Noir
種類:パルファン
ブランド:キャロン
調香師:エルネスト・ダルトロフ
発表年:1911年
対象性別:女性
価格:不明


トップノート:水仙、アフリカン・オレンジ・フラワー
ミドルノート:ジャスミン、オレンジ、ローズ・チンキ
ラストノート:ムスク、サンダルウッド、ベチバー