バカラ ルージュ540
原名:Baccarat Rouge 540
種類:オード・パルファム
ブランド:メゾン・フランシス・クルジャン
調香師:フランシス・クルジャン
発表年:2016年
対象性別:ユニセックス
価格:35ml/30,140円、70ml/52,580円
販売代理店ホームページ:ラトリエ デ パルファム
バカラの名を冠することが許された唯一の香り

©Maison Francis Kurkdjian
私はこの作品を創造する過程で、一切バカラとは打ち合わせをせず全てを任された。バカラが象徴するものすべてをボトルに詰め込むよりも、逆に、バカラを未来に投影する香水を生み出すことを考えました。
そしていつものように、私は名前を見つけることから始めました。素晴らしいストーリーが素晴らしい香水につながることが多いからです。これはある意味、私が20年間かけて作り上げた作品なんだ。
フランシス・クルジャン
名優マイケル・ケインはかつてこう言いました「演劇は演じられ、映画は作られる」と、そして、その後にこう続けます。「そして映画は、役についての監督との話し合いなしに、他のキャストの人たちとのミーティングなしに、セットでのリハーサルなしに完成するということだ」。
演劇は、リハーサルによって繰り返された関係性から生み出される熟成です。一方映画は、熟成ではなく、意図された結果をもたらすべく生み出される創作です。だからこそ、お互いにまったく違う影響を後世に与えます。
演劇は、臨場感を武器にし、映画は記録されることにより不滅性を武器にします。さて話をこのフレグランスの紹介へと進めていきましょう。
1764年、ルイ15世の認可のもとフランス・ロレーヌ地方に創設された高級クリスタルブランド、バカラとメゾン・フランシス・クルジャンのコラボは、演劇と映画の両極を併せ持つ臨場感と不滅性を武器にした芸術を目指す作品を生み出す紳士同盟を結びました。
香りは、臨場感を生み出し、バカラグラスは不滅性を生み出す。そんな対照的な二つの要素が結びつけたのが、現代の時代精神をうまく捉えたフレグランスと言われる「バカラ ルージュ540」です。
リアーナが愛用していたことと、今では、TikTokを中心にSNSで熱狂的な信者が増えたことから、ヨーロッパとアメリカの売上チャートの上位に常にランクインしている香りです。
数々の高級ブランドから断られた『HEVA』と名付けられた試作品

©Maison Francis Kurkdjian

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疑いようなく香水の歴史の一ページを飾るであろうこの香りの誕生は、2013年12月のある日の午後、凱旋門近くのバカラ本社にフランシス・クルジャンが訪問し、当時のバカラのCEOであるダニエラ・リカルディから依頼を受けたことからはじまりました。
数か月後、クルジャンは、バカラのためにバカラ創業当時に流行していた香りを模倣した3つの試作品を持参しようと考えていました。しかしオフィスを出る寸前に「あまりに古臭い」と感じ、引き出しを開け『HEVA』と書かれた小瓶を手に取りました。
それはクルジャンが前年に、新しいタイプのグルマンを作るために調香した実験作でした。『HEVA』というネーミングには、合成香料を駆使して、21世紀のグルマンとして、印象主義的なグルマンブーケを生み出そうという一大野心が反映されています。
ヘディオン(匂いを増幅するジャスミンの香り)、エバニール(苔のようなムスクの香り)、ベルトール(キャラメル化した砂糖のような香り。ミュグレーの「エンジェル」で効果的に使用された)、アンブロキサン(アンバーグリスの香り)の頭文字から採られました。
この『HEVA』は、食用や有機的な香りではなく、空気で覆われ、人間の汗に触れていない、まるで綿菓子が入った新車のポルシェのような香りを想起させました。かつてクルジャンはこの香水をいくつかのラグジュアリー・ファッション・ブランドに売り込もうとしたのですが、すべて断られていました。
バカラとの会議の前に、クルジャンはこう呟いたと回想しています。「私はその香りを嗅いで、『いいじゃないか。もう一度やってみよう』と自分に言い聞かせました」
2014年11月、バカラのブランド生誕250周年を記念し発売された。

©Maison Francis Kurkdjian

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「バカラ ルージュ540」は21世紀を象徴する香りの一つだと思います。それはキム・カーダシアンのような香りだと思いますが、とてもパワフルでわかりやすく、バランスの取れたものです。
フレデリック・マル
2014年11月、バカラのブランド生誕250周年を記念し、約45万円(3000ユーロ)の高価なこのフレグランスは、フランシス・クルジャンの調香により、バカラクリスタルのボトルに納められ、250個の数量限定販売されました。
このボトルデザインは、1940年代にジョルジュ・シュヴァリエが、バカラの伝統的なモチーフであるダイヤモンドカットを用いたデザインを再現したものでした(総重量は500g)。そこに付随するのは通称”バカラレッド”と呼ばれる「ルージュ」色のピペットです。
そして限定の香りは瞬く間に完売しました。数ヵ月後、クルジャンは当時ニーマン・マーカスのビューティー担当副社長だったケリー・セント・ジョンにボトルを贈りました。次に二人が話したとき、セント・ジョンはクルジャンに、エレベーターの中で人々によく呼び止められるようになったので、もっと生産出来たら百貨店で売りたいと言いました。
かくして2016年1月に、「バカラ ルージュ540」は、メゾン・フランシス・クルジャンの通常のボトルに詰め込まれ販売されることになりました(日本では2016年9月1日より)。六ヶ月分として予定していた在庫は、一ヶ月も経たないうちに完売しました。
あえてほとんど合成香料で生み出された香り
「バカラ ルージュ540」の名前の意味は、透明なクリスタルに24金の金粉を混ぜ合わせる〝金彩〟を施すときに、540度の高温で少しずつ溶解することにより、独特の深みのあるスカーレットレッドが生み出される現象からです。「Le rouge à l’or=黄金の赤」とも呼ばれます。
実際にロレーヌ地方のバカラ村を訪れたクルジャンは、溶解炉で様々な物質が溶け合いつくられるクリスタルガラスの様子から大いなるインスピレーションを受け、この驚くべき製法を香りの中で再現しようと決意しました。
クルジャンは最初から、片面には透明感と軽やかさ、そしてもう片面にはクリスタルの重さと豊かな色彩という二面性を持たせようと考えていました。「包み込むような香りとエアリーな香り、この2つは香水においては相反する概念なのですが」それをひとつのボトルに同居させたいと考えました。
そのため、クルジャンはバカラの魔法に着想を得て、鉱物、火の力、そして溶けたクリスタルに形を与える職人の息吹にインスピレーションを得て、3幕からなる嗅覚の楽譜を書きました。
クルジャンがこの香りの創造において心がけたのは、バカラのクリスタルガラスの品質の再現を香料により達成することでした。つまり通常のクリスタルガラスは、酸化鉛の含有率が24%程度なのですが、バカラのクリスタルガラスは、酸化鉛の含有率がすべて30%と割合が高く、そのため透明度、光の屈折率、反射率がたいへん高く、七色の輝きを生み出すのですが、これを香りの中でやってのけたのでした。
だからこそ、オレンジとマリーゴールド以外は、全て合成香料を使用することにより、天然香料では生み出せない七色の香りが創造できたのでした。
つまりは純粋にバカラのクリスタルガラスの製造工程に忠実に生み出した香りなのです。それにしてもこの動画を見ていると、バカラのクリスタルガラスがなぜ人々の心を捉えて離さないのかがよくわかります。
バカラの名を冠することが許された唯一の香りです。
バカラクリスタルのガラスの精の『見えない輝き』を素肌で受ける…

©Maison Francis Kurkdjian
絵画で例えるなら、ジョルジュ・スーラやルノワールよりもロスコに近いでしょう。色数は少ないけれど、感情的な響きは同じくらいあります。
現在では入手が事実上不可能となっている神秘的な成分であるアンバーグリスにインスピレーションを受けました。アンバーグリスに似た植物由来の分子であるアンブロキサンとウッディな香りを組み合わせて、クリスタルのベースとなる素材である暖かい砂を想起させました。
エチルマルトールは香りに豊かな炎をもたらし、ヘディオンはジャスミンの花を撫でる春の風の輝きを呼び起こす。最後に、サフランとオレンジが、ほんのり赤い香りをもたらし、甘さが、最終的に香りを支配するのを防ぎます。
フランシス・クルジャン
超一流のフォトグラファーがカメラで撮影した写真が、肉眼では捕らえられないものを映し出すように、超一流の職人の手で生み出されたバカラクリスタルは、生きているガラスの精を瞬間冷凍したような、独特な様式美を生み出してゆきます。
「バカラ ルージュ540」は、そんな瞬間冷凍されたガラスの精を、ひと吹きの温かい液体により、溶かし、独特な香りの広がりにより、素肌に憑依させていく、そのような前代未聞のミステリアスなテーマで生み出された香りなのです。
だから「バカラ ルージュ540」は香水ではなく、〝バカラクリスタルのガラスの精〟を素肌で受け止めていく『見えない輝き』に包まれる奇跡なのです。
この『見えない輝き』のはじまりは、あなたの心の溶解炉に投げ込まれた、炎のようなブラッドオレンジとフルーティなバルサムモミが弾け合い、オレンジキャンディが濃厚でジューシーなオレンジに移り変わるような、驚くべきフレッシュさからはじまります。すぐにこの炉の中に、オークモス、ラベンダー、セージといった〝氷の精〟が加わってゆきます。
突然、炎のごとく燃え上がるようでありながら、冷たく微笑んでいるようでもある、力強さともろさ、洗練と退廃、美と壊れやすさがバランスを保っているようです。
炉から出された鉛結晶は、通常チームで作業し、クリスタルが急速に冷えるまでに、的確な形状を作り上げていきます。その工程が素肌の上で行われてゆきます。ジャスミン(ヘディオン)とマリーゴールド、甘くて塩辛いアンブロキサンと、イチゴシロップのようなエチルマルトールとエバニールをブレンドし、焦げた砂糖=綿菓子のようなカラメルの香ばしさを満ち広がらせてゆくのです。
高級感を漂わせる冷たいメタリック感と、スモーキーなスエード感、ビターなスパイシー感といった繊細さを同時に解き放つサフランが、柑橘系の甘さを打ち消していくように溶け込んでゆき、シルキーなラグジュアリー感で包み込んでゆきます。
そして炉の中に放り込まれたオークモス、ラベンダー、セージが最後の最後にスパイシーでクリーミーなシダーと絡み合い、透き通るようにアロマティックな芳香を、温かく華やかなアンバーフローラルの世界に広がらせてゆくのです。
新しい〝甘さ〟と〝美の概念〟を世に生み出した『21世紀のNo.5』

©Maison Francis Kurkdjian
エアリーなジャスミンの香りとサフランの輝きが、アンバーグリスのミネラル感と切りたてのシダーウッドのウッディなトーンを運ぶ、詩的な錬金術のような香りをイメージしました。
この香りはグルマン系で、ほとんど食べられそうな感じだが、酔わせるような、やみつきになる甘さと風味のバランスが取れており、これまでにないユニークなひねりを加えています。そのひねりとは、アンブロキサンの過剰摂取であり、食欲をそそるシロップのような香りにうま味を与えています。
その結果力強く際立った香りが生まれ、さらに持続的で強力な香りの残り香がうっとりするような広がりを魅せます。この際立った特徴もまたこの香りの魅力のひとつなのだ。
フランシス・クルジャン
通常の〝甘さの概念〟を超越した、新しい〝甘さ〟を世に生み出した恐ろしい香りです。女性の目の前に、未知なる美の選択肢を与えた画期的な香り。
この香りが、素晴らしいのは、シャネルのNo.5と同じように、何かの香りではなく〝新しい美の象徴を生み出した〟所にあります。疑いようもなく、『21世紀のNo.5』と呼ぶに相応しい香りでしょう。
ちなみにアリアナ・グランデの「クラウド」(2018)がよく似た香りと言われていますが……正直、「バカラ ルージュ540」を愛用している方ならお分かりいただけるでしょうが、香りの方向性が似ているだけで、クオリティが全く違う気がします。
香水データ
香水名:バカラルージュ540
原名:Baccarat Rouge 540
種類:オード・パルファム
ブランド:メゾン・フランシス・クルジャン
調香師:フランシス・クルジャン
発表年:2016年
対象性別:ユニセックス
価格:35ml/30,140円、70ml/52,580円
販売代理店ホームページ:ラトリエ デ パルファム
トップ・ノート:ブラッドオレンジ、ジャスミン、サフラン、マリーゴールド
ミドル・ノート:アンバーウッド、オークモス
ラスト・ノート:シダー、バルサムモミ、ラベンダー、セージ