究極のフレグランスガイド!各ブランドの聖典ページ一覧にすすむ

『マイ・フェア・レディ』Vol.7|映画の中で登場しなかったオードリーの膨大な衣装①

オードリー・ヘプバーン
オードリー・ヘプバーン
この記事は約4分で読めます。

オードリー・ヘプバーンの未公開ドレスの数々

女優として最も輝いている瞬間を残したいという思いが、オードリー・ヘプバーン(1929-1993)に一つの決断をさせました。1963年5月18日に、はじめて衣装部を訪れたオードリーは、セシル・ビートンによってデザインされた、エキストラのためのドレスを見て感動し、2日間かけて、その全てを着て、写真に撮ってもらいました。

そしてのちにその写真を見たヘプバーンは、セシルに、庭で自ら摘んだ大きなバラの花束を贈り、「わたしは今まで、いつもきれいになりたいきれいになりたいと望んできました。昨日の夜、あなたが撮ってくださった写真を見たとき、短い時間でも夢がかなった気がしましたわ。ありがとう、あなたのおかげです」というメッセージを添えています。

ハリウッド映画史において、こういう撮影を行ってもらった人は、他には存在しません。この創作活動に対して監督のジョージ・キューカーが不平を言おうとも、後世、ファッションに関わる仕事をする者たちにとって大いなる遺産となったことは疑う余地がありません。

やがて、失われつつある正統派ハリウッド・スタイルの滅亡のカウントダウンが始まろうとしている1964年、セシル・ビートンはミニスカートについてこういう言葉を残しています。

ファッションの歴史上、わざわざ小さな布地で身体を覆おうとするみっともないファッションが存在したためしはなかった。

セシル・ビートン

ツイッギー、セシル・ビートン。VOGUE1967年10月号。

ツイッギー、セシル・ビートン。VOGUE1967年10月号。

ツイッギー、セシル・ビートン。VOGUE1967年10月号。

しかし、ファッションは歩き続けるのです。オードリーも『いつも二人で』(1967)でミニスカートを履いた姿を披露することになります。そして、セシル自身も、ちゃっかりとツイッギーのミニスカート写真を撮影するようになっていたのでした。

では、最後にオードリーが着た未公開ドレスの数々を見ていきましょう。

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス1

本当に次々と(エキストラ用)帽子や衣装を試し始めたのだ。それにしても、どんな衣装もあれほど巧みに着こなし、似合う人を見たことがない。…特に黒のベルベットと白のレースのコントラストに目を止めて、関心を示していた。

『マイ・フェア・レディ』日記 セシル・ビートン

セシル・ビートンとオードリー・ヘプバーン

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス2

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス3

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス4

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス5

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス6

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス7

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス8

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス9

スポンサーリンク

幻のイライザ・ドゥーリトル・ドレス10

作品データ

作品名:マイフェアレディ My Fair Lady(1964)
監督:ジョージ・キューカー
衣装:セシル・ビートン
出演者:オードリー・ヘプバーン/レックス・ハリソン/ウィルフリッド・ハイド=ホワイト