ベーゼ ヴォレ(ベゼ ヴォレ)
原名:Baiser Vole
種類:オード・パルファム
ブランド:カルティエ
調香師:マチルド・ローラン
発表年:2011年
対象性別:女性
価格:50ml/16,830円、100ml/23,100円
公式ホームページ:カルティエ
男をその気にさせる方法その一
私は花束で作った首飾りの香りを再現したかったのです。それは洗練された女性らしさではなく、とてもシンプルでフレッシュな女性らしさの提案です。そのため通常花束の香りに欠かせないローズやジャスミン、チューベローズといったものを一切排除しています。
マチルド・ローラン(以下、全ての引用はマチルド・ローランのお言葉)
2005年にカルティエの専属調香師に就任したマチルド・ローランは、まず最初にカルティエのVIPのためのパーソナル・フレグランスの創作に専念していました。そして、2008年に初となる、一般向けのフレグランスとしてまずメンズ・フレグランス「ロードスター」を発表しました。
次に、翌2009年からブランド初のラグジュアリー・コレクション「レ ズール ドゥ パルファン〝香水の時間〟」をスタートし、続々と新作をリリースしていく中、マチルドによる初のウィメンズ・フレグランス「カルティエ ドゥ リュンヌ」が、2011年に誕生したのでした。
この時同時に創作していた香りがありました。このウィメンズ・フレグランスの名を「ベーゼ ヴォレ(ベゼ ヴォレ)」と申します。日本語に訳すると〝盗まれたキス/奪われたキス〟という名のこの香りは、「男をその気にさせる方法その一:引けば引くだけ、引き寄せて虜にする」香りです。
2003年に発売された「ル・ベゼ・デュ・ドラゴン(龍の接吻=キス・オブ・ザ・ドラゴン)」と同じ流れを汲みながらも、より官能のゲームを楽しむという「ベーゼ」シリーズのはじまりです。ちなみにマチルドはこの香りを〝アンチ・フローラル・フレグランス〟と呼んでいます。
この香りを生み出すために私自身に唯一課した使命、それは女性を〝喜ばせるフレグランス〟を作ることでした。
アンチ・フローラル・フレグランスとこの香りを呼ぶ理由は、現在市場に氾濫しているフローラル・フレグランスが実はフローラルブーケの概念から大きく逸脱しており、〝フローラル・スープ〟と呼ぶ方がふさわしいと考えているからです。
もはやフローラルブーケというよりは、キャンディと呼ぶべきものも沢山あり、現在のフローラル・フレグランスの多くは、フローラルを感じさせないものだと私は考えているからです。つまりこの香りこそが、純粋な花の香りなのです。
デルフィーヌ・セイリグ様を思い浮かべて生み出した香り
ジャン・オノレ・フラゴナールが1787年に製作した『盗まれた接吻』が着想源のこの香りは、一枚の絵画が教えてくれるものは何か?という考察からはじまります。
それは暗闇から忍び寄るプレイボーイの毒牙にかかるうら若き乙女の姿のようでも、こっそりキスをしている初恋のカップルのようでも、ただサロンで知り合ったばかりの行きずりのアバンチュールのようでもあり、色々な物語を紡ぎだすことが出来ます。
さらにこの香りには、フランソワ・トリュフォーが1968年の『夜霧の恋人たち(Baisers volés)』でドロドロとではなく、びっくりするほどクリーンに描かれた、背徳的な恋の物語(不倫、ゆきずりの関係、ストーキング、三角関係、寝取り寝取られる)も投影されています。
マチルド・ローランのカルティエの香水に対するスタンスは、まさにこの絵画や映画と同じで、様々な解釈を導き出す余地のあるものなのです。
カルティエの香水は、カルティエの宝石と同じです。素晴らしい宝石の周りには、小さな色々な色の石を散りばめる必要はありません。つまり、香水においても、素晴らしい香料を使用しているので、複雑な調香は必要ありません。
壮麗でありながら、どこか捉えどころのない花の香り。この香りの名の〝盗まれたキス〟は、盗まれたキスからはじまる恋なのか、盗まれたキスから解放される新たなるキスの物語なのか、あなたが無邪気に盗むキスなのか、身に纏う人それぞれの〝盗まれたキス〟のストーリーがはじまるのです。
ちなみにマチルド自身は、インタビューでこの香りは、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『ロバの皮』(1970)で妖精を演じたデルフィーヌ・セイリグ(『夜霧の恋人たち』にも出演)を思い浮かべて調香したと述懐しています。
ダイヤモンドの輝きを持つ百合の香り
私は、女性らしさをアレンジした百合の香りではなく、とても植物的で、とても爽やかで、純粋に本物の百合の花束の香りを吸い込んでいるような香りを作りたいと思いました。
しかし、百合からは、ローズ、ラベンダー、ジャスミン、チューベローズのようにエッセンスを蒸留して抽出することが出来ません。
この香りを生み出すきっかけになったのは、マチルドが調香師としてのキャリアの中で、沢山の男性に好きな花はと尋ねた答えが「百合」だったことから始まります。「なんで百合なのかしら?」という疑問と共に、マチルドは、2年の歳月をかけて、百合の葉と花弁とめしべ、茎を全て合わせた香りを創造しました。
〝盗まれたキス〟は、みずみずしい百合のめしべから滴り落ちる一滴のエメラルドの涙が、ほんのりスパイシーに素肌の上に広がっていくようにしてはじまります。と同時にレモンとライムによって煌めきを与えられたガルバナムが、滴がつたる百合の葉と茎のように、ビターでフレッシュグリーンな煌めきを加えてゆきます。
それはまるで、フラワーショップのフラワーケースを開けた瞬間の匂いが広がっていくようです。
すぐに素肌の上に、ホワイトチョコレートのようなクリーミーな百合の花(と鈴蘭の花)が開花してゆきます。そして、その涙が示すものが、喜びであったか、悲しみであったかを全身で知ることになるのです。
マチルド・ローランがカルティエで生み出している香りの特徴、それは〝見えないジュエリー〟では正確ではなく、正確には〝見えないジュエリー、でも感じることの出来るジュエリー〟なのです。
〝奪い、奪われ、涙を流し、悲しみ喜び〟ながら、透き通るような百合は、冷たさと温かさの中で、生き生きとムスキーでパウダリーなグリーンと花の蜜とひとさじのバニラの香りを滑らかに広がらせてゆくのです。
ロマンティックな囁きに満ちた〝ダイヤモンドの輝きを持つ百合の香り〟。それはディオールの「ジャドール」やエスティ・ローダーの「プレジャーズ」を思わせるコスメティック・リリーの香りです。
1930年代の高級ライターをモチーフにしたエレガントなガラス・ボトルと黄金のストッパーも特徴的です。
香水データ
香水名:ベーゼ ヴォレ
原名:Baiser Vole
種類:オード・パルファム
ブランド:カルティエ
調香師:マチルド・ローラン
発表年:2011年
対象性別:女性
価格:50ml/16,830円、100ml/23,100円
公式ホームページ:カルティエ
トップノート:百合、柑橘類、ガルバナム
ミドルノート:百合
ラストノート:ジンジャー・リリー、グリーン・リーフ