ペッシュ ミラージュ
原名:Pêche Mirage
種類:オード・パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:デルフィーヌ・ジェルク
発表年:2025年
対象性別:ユニセックス
価格:100ml/49,500円、200ml/70,290円
公式ホームページ:ゲラン
ピーチとレザーが揺らめく、香りの蜃気楼
香りは目に見えないけれど、感情や心の奥深くに眠る記憶を引き出します。シャルル・ペティヨンの作品はそれを可視化します。香りの軌跡の具現化でもあるのです。
デルフィーヌ・ジェルク
2005年、パリ・シャンゼリゼ通り68番地のゲラン本店のリニューアルオープンを記念して発売された「ラール エ ラ マティエール(芸術と貴重なる生の素材)」コレクション。
この〝世界で最も貴重な原料を使ってゲランのパッションを表現して欲しい〟というコンセプトにより生み出されるコレクションの最新作として、2025年1月2日に「ペッシュ ミラージュ」が発売されました。
ピーチとレザーが揺らめく、香りの蜃気楼として、ゲラン帝国の香料確保のため世界中を飛び回っている五代目専属調香師ティエリー・ワッサーの代わりに、新作の調香を担当するようになったデルフィーヌ・ジェルクにより調香されました。
全ての「ラール エ ラ マティエール」の香りは、ある貴重な1つの素材に絞り、それをいまだかつてない芸術的な側面から、新たな光を当て、素材の深みやコントラストを強調することにより生み出されています。今回は〝ピーチ〟です。
「ミツコ」で使用されたC-14と、本作で使用されたメルバトンについて
最もゲランの香りで興味深いのがミツコです。ミツコはフレグランスの進化に多大なる影響を与えた創造物です。当時シプレーが主流ではなかった時期にとても大胆で良くできた調香を行っています。
そのピーチ・ノートは今でも「ワオ~」としか言いようのない、まさに別の惑星からやって来たかのような香りです。それはとてつもなく大胆なチョイスとしか言いようがなく、私がゲランで成し遂げたい精神が凝縮されています。
ティエリー・ワッサー、2008年。
ゲラン帝国とピーチがはじめて遭遇したのは、三代目調香師ジャック・ゲランが、第一次世界大戦の塹壕戦から片目を失い生還して、最初に生み出した1919年の「ミツコ」からでした。
「ミツコ」によって、史上初めてフレグランスにピーチの香りが与えられました(ピーチの天然香料は存在しない)。それは合成香料アルデハイドC-14(γ-ウンデカラクトン、別名ピーチアルデハイド、1908年より商用可能になる)をジャスミンとブレンドすることによって生み出されたものです。
オークモスとアルデハイドC-14の〝最高なハーモニーとバランス〟を見つけ出すためにジャック・ゲランは、1年以上かけて数百回の数え切れないほどの試作が繰り返しました。
約100年の時を経て、ゲラン帝国は、新たなる合成分子《メルバトン》により、前代未聞のピーチの香り「ペッシュ ミラージュ」を誕生させました。
この香りに至るまで、ピーチ・アコードを使用したゲランの代表的な香りを年代順に羅列してゆきましょう。
- ミツコ(1919年、ジャック・ゲラン)
- シャンダローム(1962年、ジャン=ポール・ゲラン)
- ナエマ(1979年、ジャン=ポール・ゲラン、アン・マリー・サジェ)
- サムサラ(1989年、ジャン=ポール・ゲラン、アン・マリー・サジェ)
- シャンゼリゼ(1996年、オリヴィエ・クレスプ)
- ゲット アポン/アトラプ クール(1999年、2005年、マチルド・ローラン)
- ローズ バルバル(2005年、フランシス・クルジャン)
- シプレー ファタル(2008年、クリスティーヌ・ナジェル、オーレリアン・ギシャール)
- クルーエル ガーデニア(2008年、ランダ・ハンマーミ)
- アクア アレゴリア チェリー ブロッサム(2009年、ジャン=ポール・ゲラン)
- ルール ドゥ ニュイ(2012年、ティエリー・ワッサー)
- サンタル ロワイヤル(2014年、2024年、ティエリー・ワッサー)
- アクア アレゴリア ローザ ロッサ フォルテ(2022年、デルフィーヌ・ジェルク)
〝白い風船の侵略者〟シャルル・ペティヨン
ペッシュ ミラージュが彫刻であったなら、シャルル・ペティヨンの代表作「インベージョン(侵略)」の形をしているでしょう。
デルフィーヌ・ジェルク
『侵略=インベージョン』と名付けられたこのコレクションの風船はメタファーです。その目的は、私たちが毎日、あまり意識せずに暮らしている物事の見方を変えることです。私が変革し、復活させようとしているのは、物事の見方であり、それによって即物的な認識を超えて美的経験、つまり視覚的な感情を呼び起こすことを可能にすることです。
それぞれの風船は独自の大きさを持ちながら、巨大でありながらも壊れやすい構成の一部となっています。この壊れやすさは、対照的な素材と風船の白さによって表現されています。これらのインスタレーションのすべてのディテールは、最終的には消えて、単なる単純な形になってしまいます。
シャルル・ペティヨン
デルフィーヌ・ジェルクとゲランにとってこの香りのインスピレーションの源となった、フランス人ビジュアルアーティスト、シャルル・ペティヨン(1973-)の世界。それはラテックスで作られた大きな白い風船を用いて創り出すオブジェが、子供らしいユーモアと無邪気さを思い起こさせながらも、その場所の美しさを強調してゆきます。
それらは驚くほど詩的な情景を生み出し、風船が部屋や回廊に入ってくる光の延長のようなものもあれば、窓や大きなドアを通って古い建物を横切るものもあります。最後に、これらの白い風船の塊が木の枝に置かれているか、はしごの端で空中に浮かんでいるのが見つかることがあります。
この解釈を、目に見えない香りの軌跡を具現化したものが〝ピーチの蜃気楼=ペッシュ ミラージュ〟です。それは夢と物語と魔法に満ちた美しくも神秘的な、ピーチのような風船が、ゆらめく、心に視覚的な感情を呼び覚ます香りなのです。
〝あなた自身が、みんながかぶりつきたくなるピーチになる〟香り
ピーチは、フランス人にとって〝pêche=ペッシュ〟と読みます。それは〝péché=ペシェ=(宗教上の)罪〟ととても似ており、どこか肉欲を呼び覚ます禁断の果実のイメージを感じさせます。
そんなピーチを主役や脇役に配して数々の印象的な香りを生み出してきたゲラン帝国が、『インベージョン=侵略』のメッセージをピーチに託し生み出したのが〝ピーチの蜃気楼〟なのです。
それは甘ったるいキャンディやシロップ、シャンプーのようではない、最初から最後まで、熟したピーチから滴り落ちる果蜜に身も心も溺れていく、贅沢な本物のピーチの香りです。
はじまりはピーチだけではないのが、ゲラン帝国が、侵略マシーンと化し、あなたの素肌に襲い掛かる意志の勝利と言えます。スパイシーなサフランと軋むように鋭いレザーが溶け込んだ、三重奏が、程よい苦みと共に、素肌を敏感に磨き上げてゆくのです。
この香りのピーチの素晴らしさは、フレッシュでジューシーな本物の果実の匂いが、心に流れる川に浮かんでやって来るピーチのように、素肌を透かして心にまで溶け込んでいくところにあります。まるで皮をすべて剥いた巨大なピーチに、裸になって飛び込んでいくような、解き放たれたい感情に突き動かされてゆきます。
サフランに鞣されたレザーは滑らかになり、禁じられた愛欲の衝撃を呼び覚まし、さらに酔わせるブラックカラントも加わり、とんでもなく人間の生々しい感情を目覚めさせるピーチの匂いをはじく盾のように、オスマンサスと結びつき、冷たい微笑みを与える役割を果たしています。
そして満ち広がる、ミルキーなサンダルウッドとアンバーが、ピーチとレザーのようなオスマンサスとひとまとめになり、グルマンのニュアンスが最後までしっとりと残る、夢のようなピーチの感触で満たしてくれるのです。
至純至高のピーチの匂い、つまり天然ではなく、理想のピーチの匂いを生み出していくために、いくつかの隠し味を加え、香りにボリュームと生命力を与えることに成功したこの香りは〝あなた自身が、みんながかぶりつきたくなるピーチになる〟香りとも言えます。
こんな香りを身に纏った、美少年や美少女が歩いてきたなら、どのような匂いがするのでしょうか?アダムとイブの禁断の果実を、21世紀に香水で蘇らせることに成功した香り、それが「ペッシュ ミラージュ」なのかもしれません。
トム・フォードの「ビターピーチ」と対角線上に存在するピーチの香り。もしこの二つのピーチが共犯関係を結んだなら、世界を侵略することも可能でしょう。
さらに〝渋いピーチシプレ〟の「ミツコ」を加えたなら、素肌の上で、第三次世界大戦が勃発することでしょう。さらにさらにここで最後にあの偉大なるゲラン帝国の幻の精鋭部隊である「シプレーファタル」の存在を思い出すことでしょう。真の侵略者はこの香りだったのかもしれません。
香水データ
香水名:ペッシュ ミラージュ
原名:Pêche Mirage
種類:オード・パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:デルフィーヌ・ジェルク
発表年:2025年
対象性別:ユニセックス
価格:100ml/49,500円、200ml/70,290円
公式ホームページ:ゲラン
トップノート:ピーチ、ブラックカラント、サフラン
ミドルノート:オスマンサス
ラストノート:レザー、アンバー、サンダルウッド