三作目の「フラクタス」について
――― いよいよ最新作のお話をお伺いすることになります。三作目のプレタポルテ・コレクション「フラクタス」は〝もみじ〟の香りですね。この香りのキャッチコピーも素晴らしいです。「枯れゆく生命の、最後の輝き。秋が届ける、紅い香り」。もうこの一文を読んだだけで、是非嗅いで見たくなりました。
ありがとうございます。ダークメープルのグルマンと、スモーキーなウッディのアコードがとてもユニークだと思います。尖りすぎたかなと心配もありましたが、全くの杞憂でした。
――― ひとつ失礼な質問をさせてください。前二作品の反省を踏まえて、この香りにおいて生かされたことなどありますか?
俯瞰して香りを評価する、ということかもしれません。抽象化と具体化をいったりきたりすることが香水つくりには大切です。あとは尖ることを恐れないことでしょうか。香りは好き・嫌いが顕著にあります。全員が良いと思う香りは面白くありませんよね。と、思ってはいても挑戦的な香りを世に出すのはとても勇気がいることです。
――― 三作品が最も影響を受けた香水と調香師の名前をそれぞれ教えてください。
何かを真似してクリエーションすることはないのですが、あえてあげるのであれば、サクラマグナでは、ゲランのティエリー・ワッサーにバニラアブソリュートの使い方を教えてもらいました。ソルテッラは無意識のうちに、私の中に「テール ドゥ エルメス」のDNAが流れているのかもしれません。フラクタスはとあるメゾンが出すグルマンタイプが苦手なのですが、それよりも良いものを作ろうとした反骨精神にあるかもしれません。ブランド名はオフレコでお願いしますね(笑)
――― 三作品を含め、香水のスプレー等でこだわられた部分はございますか?
正直なところ、まだまだ改善の余地はあるなと思います。フランスの有名なボトル会社から仕入れているので、高い品質ではあると思うのですが、感動するような霧にはなっていません。ボトルも、スプレーも、キャップも含めて、超一流メゾンが使っているようなものを調達することは、日本企業にとってものすごくハードルが高いのです。ブランドが大きくなっていくにつれて、もっとよくしていけることの1つだと思います。
不可能を可能にするために挑戦する人
――― では最後に山根さん自身について質問させてください。現在30歳ということですが、その若さで、自分の香水ブランドを作り、香りを創造までしている人は世界中でもかなり少ないと思います。通常、調香師になるためには、化学、薬学、生物学を大学で学んだ上で、フランスだとイジプカに通うという流れだと思うのですが、山根さんの場合は、そういった流れを飛び越えて香りを作られたわけですか?
いいえ、私自身は、まだまだパフューマーとしても、同時に経営者としても駆け出しなのですが、大沢さとり先生の下で、最初は仕事をしながら通信教育で学びました。その時は、決して優秀な生徒だったわけではありませんでした。ですが、ある事をきっかけに先生と直接深く接するようになり、私自身の香りを作りたいという想いが強まったのだと思います。
――― 深い出会いとは?
それは、私がITに強かったこともあり、さとり先生のホームページなどのお手伝いをすることになり、先生の事務所にあるオルガンを嗅いだり、直接教えを受ける機会に恵まれたことでした。
先生を通じて、香りを作るということは、香料に対する知識はもちろん最重要なのですが、同じくらい文化・歴史・芸術、そして、日本文化(華道、茶道、香道)などの教養が重要だということを教えていただきました。
更に、香水の成り立ちにまで遡り、香水の歴史や過去の偉大な香水について知ることが如何に新しいクリエイションのために重要なことであるかを学びました。
加えて、当時コンパウンダーをしていた武宮との出会いも大きいです。私よりも年齢は若いのですが、彼は私よりも遥かに先生と一緒の時間を過ごし、そのクリエーションや考え方を身をもって学んでいると思います。彼自身の多彩なクリエイティビティにも驚くことが多いです。彼とタッグを組んでいるからこそ、リベルタパフュームは独創的な香りをお届けできていると思います。
――― さとり様の香りで一番好きな香りは何ですか?
個人的な趣向ではIris Hommeです。美しく繊細な香りたちにはじまり、イリスのふわりとした優しい余韻を肌に残してくれます。またブランド名を冠したSatoriも好きです。師を語ることはおこがましいと思いますが、先生だからこそ生み出すことができる香りだと思います。
――― 先生とはたまにお会いしますか?
はい、先日もフラクタスを持参してランチにいきました。
――― どういったことをお話されますか?
二人でお会いする時は、日々私がブランドを運営する中での悩みについてご相談に乗っていただくことが多いです。具体的な内容は私の特権なので秘密にさせてください(笑)他にも面白かった小説についてお話をしたり、最近あったあれこれなど、プライベートな話もたくさんします。
――― さて山根さんが香水に興味を持つようになったきっかけは?
学生時代、ハードロックのバンドをしていて、作詞・作曲をしていました。香水とは縁遠いと思っていましたが、興味を持つ以前に、母親がアロマセラピーとハーブの先生をしていました。レモングラスが味噌汁に入っているような日もありました(笑)
香水に興味を持った瞬間はよく覚えています。丁度15歳のとき、はじめてのデートの日、母親の鏡台に置いてあったランバンの「エクラドゥアルページュ」をつけました。そして、その日以来、彼女とデートする時は、かならずこの香水を身に纏うことになったのですが、ある日、もうこの香りはいいかと思い香水を身に纏わなかった日に、彼女に「今日はあなたの香りをつけてないの?」と聞かれた時に、ハッとしたことから香水に対する興味が生まれました。
――― はじめて自分のお金で購入した香水は何ですか?
丸の内で購入したサンタ・マリア・ノヴェッラの「トバッコ・トスカーノ」でした。
――― はじめて心を強く動かされた香りを教えてください。
結婚したばかりの頃、私は出張が多かったのですが、この頃に愛用していたのは、サンタ・マリア・ノヴェッラの「アクアディコロニア」でした。妻はこの残り香を嗅ぐとたとえそこに私がいなくても私の存在を感じることが出来ると言ってくれました。それまで香水を身嗜みとして捉え、いい匂いだな程度にしか捉えていなかったのですが、誰かにとっての「私の代名詞」として香りが記憶される、ということに幸せを感じました。
――― パフューマーになろうと思ったのはいつからだったか覚えていますか?そして、目指そうと考えたきっかけは?
外資系のコンサルタント会社に転職した時、一ヶ月間ニューヨークを旅行しました。この時にはもう私は香水愛好家だったので、このときルラボの本店を訪れたりしました。そこで働く人たちを目の当たりにして、自分もこの世界に飛び込みたいと強く感じました。そして帰国してからは、香水に関わる事を始めたいと考え、まずはアロマ検定を受けました。しかし「アロマと香水はまったく別物」であることを知り、そして本格的に調香師という存在に深く惹かれるようになったのでした。
――― 最初にお作りになった香りは?
私が最初に作った香りは、妻のための香りでした。実はリベルタパフュームの中にも存在している香りです。そして、あらゆる香りのクリエイティブ・ディレクターは妻だと言えるほど、彼女に実際に身に纏ってもらい、色々な意見をもらうようにしています(ルイ・ヴィトンの専属調香師ジャック・キャヴァリエも妻に身に纏ってもらいその意見を参考にするタイプの調香師で有名です)。
――― 調香のプロセスの中で一番楽しいと思う瞬間は?
本当の一歩目となる、処方のはじまりを考えるのが好きです。サクラマグナであれば、ジャスミンAbsとイリスAbsをメインにすると決めた瞬間。フラクタスであれば、メープルとグアイヤックウッドをメインにすると決めた瞬間です。ゼロからイチになる部分が好きなのかもしれません。
そしてこれは武宮とタッグを組むようになってからの意識変化もあります。私はゼロからイチを作ること、彼は私の意図を汲み取りながら具現化すること。今までは全て自分で考え、アコードを取る日々でしたが、お互いの強みを分担することによって、飛躍的に香りのクオリティが上がったと思います。
――― ある香りを嗅いだ瞬間、「自分がこの香りを作りたかった」と嫉妬するほどの気持ちを生み出した香りはございますか?
セリーヌの9つの香り全て。特に「ラ ポ ヌ」。全ての完成度が高く、ブランドの哲学を体現していますよね。いつかその域にまでたどりつきたいです。
またクルジャンの「バカラ ルージュ」もです。私が好きな香りではないのですが、バカラの赤を表現するためにローズを使わないというその感性にびっくりしました。香水の世界で赤を表現するということはそれだけ難しいことなのです。
――― ヴィンテージの香りはお好きですか?
はい。シャネルの「No.19」とダナの「タブー」です。とくにNo.19は、ガルバナムによって、シャネルのツイードジャケットを着た女性の色気を体現させており、女性の自由な精神を表現するためにグリーンを選ぶという創造者の自由な精神に唸らされました。「タブー」に関しては、不倫というテーマを身に纏わせる、何といいましょうか、自由な発想にびっくりしました。どちらも時代を動かしてきた名香です。
――― 尊敬する調香師のお名前を挙げてください。
さとり先生以外には、ジャン=クロード・エレナです。彼ほど素材感を大切にする調香師はいないのではないかと思います。だからこそ、彼は200くらいの香料で引き算して香りを生み出していけるのではないでしょうか。
――― とてもお洒落な方なので、三つくらい香りとは関係のない質問をしても良いですか?一つ目は、好きなファッション・ブランドは?二つ目は、好きな音楽は?三つ目は、好きな映画は?
テーラードスーツが好きです。Fintex of Londonの生地で仕立てたダブルのスーツは、ここぞという時の戦闘服です。普段はリラックスした着心地を好むので、オーラリーやアクネストゥディオズのようにゆるっと着れる服が多いです。
好きな音楽でいうと、生粋のメタルキッズだったのですが、いまはジャンル問わずに心のままに聞きます。クラシックもジャズもひととおり好きですが、最近は60年代のブルースが多いかもしれません。
好きな映画はゴッドファーザーとグレート・ギャツビー。男くさいのが好きなんですよね(笑)でも音楽と同じように、好みと関心はさまざまなジャンルに広がっているので、コメディも見ますし、ラブストーリーも見ます。
――― 今一番、好きな香料と、よくつけている香りを教えてください。
ネロリです。どこまでいってもシトラスの香りが好きなんです。もっぱらソルテッラを纏っていますね。私のシグネチャーフレグランスかもしれません。