アンドロギュヌス

スモーキング革命。イヴ・サンローラン。1966年。(4ページ)

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女性が男性の服を着るということ

人が何かを愛するのは、そのなかに近づくことのできないものを求める場合だけだ。所有していないものしか人は愛さない。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて』~第五篇 囚われの女2

1966年、ローリング・ストーンズは、ベトナム戦争反対の歌〝Paint It Black(黒く塗れ!)〟を発表しました。私の中で、YSLの「スモーキング」と言うと、自然にこの曲が脳内再生されます。「赤なんていらない!色なんていらない!全てを黒く塗れ!」と歌うのですが、いえいえ、私は赤を含めてあらゆる色が大好きなんです。しかし、黒を着た女性に、男性は決して適わないことは知っています。だから、相手の男性を輝かせてあげたい女性が決して選んではいけない色。それが黒。「スモーキング」(これは黒だけが美しい)とは、明確に男性の隣には立たないという女性の意志の表れでした。

1966年、クリスチャン・ディオールのヘッド・デザイナー(1958~60)も勤めたことのあるイヴ・サンローランによる「スモーキング」が発表されました。65年にモンドリアン・ルックを発表し、絵画とファッションの融合を初めて実現していた彼にとって、この一年は、カトリーヌ・ドヌーブとの長い友情が始まった年でもありました。

1966年以降シーズン毎にサンローランは、「スモーキング」のDNAを進化させたパンツスタイルを発表することになります。そして、史上初めて既製服として、パンツスタイルの女性用スーツが販売されたのでした。60年代に入り、女性は求めていました。男性のように〝戦える服〟を。そして、何よりも重要なことは、女性が着た方が、タキシードは遥かに美しいものとなる事実でした。男性の服装を女性が着たことに意味があるのではなく、男性の服装を女性が着た方が美しいことに意味があったのです。



肌を露出せずに、女性の魅力を発散する

『モロッコ』1930年。マレーネ・ディートリッヒの男装姿。

1966/67秋冬シーズンにイヴ・サンローランが発表した「スモーキング」は、1930年のマレーネ・ディートリッヒ主演の映画『モロッコ』にインスパイアされたものでした。黒のシルクハットとワイドショルダーでありながら、ウエストラインに沿って絞られた黒のテーラードジャケット。白一色で統一したシャツとジレとボウタイとポケットチーフ。ゆったりとしたハイウエストなパンツ。男装してタバコを咥えながら歌を歌うマレーネの姿は、男性の服を着た女性の新たなる神秘的な魅力に包まれていました。女性客とキスをするマレーネを見て、世の女性は、本当の自分が何ものなのか分からなくなってしまう得も言えぬ不安を感じてしまうのでした。その背徳感をサンローランが蘇らせようと試みたのです。

女性が男性の服を着ることによって感じる不思議な感情は、倒錯的な感覚です。その感覚をサンローラン自身が何よりも理解していました。男装している女性の様子は、明らかに普段の彼女とは違い、服を着ている彼女自身が第二の人格を大いに楽しんでいるのです。スモーキング・スタイルにサンローランが求めたのは、ファッションが生み出す「変身願望」です。スカートを履いていると出来そうもなかったことも、出来る気にさせる服を彼は作りたかったのです。

MD

『モロッコ』マレーネ・ディートリッヒ、1930年

それはまさにこの『モロッコ』のワンシーンに濃縮されています。女性が女性にキスをする。それが嫌悪感ではなく美しさを感じさせるというファッションの持つ力の不思議さ。そして、「スモーキング」の成功が、サンローランの「布地が切れれば血の出るような服が作れるはずだ」という確信に繋がったのです。そう彼は〝生きたファッション〟をデザインしたのです。



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