なぜか常にモデル立ちの主人公「女A」
主人公「女A」を演じるデルフィーヌ・セイリグ(1932-1990)の動きは、後のファッション・ムービーやフォトに多大なる影響を与えました。そして、この動きの元は、撮影のエキストラとして参加していたディオールのファッション・モデルでした。
「アラン・レネという人は、キャスティングにすごく慎重な人でした。でもひとたびその役柄に俳優を雇うと、後は、ほとんど自由にさせてくれる人でした」と回想するデルフィーヌは、モデルから教わった動きをアレンジして、不思議な映像空間に相応しい独特な存在感を生み出すことに成功したのでした。
ちなみにこの作品のミステリアスな所は、女Aのファッションが回転木馬のように、ころころ変わるところにあります。あるファッションが次のカットではまったく別のファッションに変わり、25分くらい経って、突然最初のファッションに戻るという風にです。
女Aのファッション2
ジャガードドレス
- デザイナー:ココ・シャネル
- メタリック・ジャガードドレス、ノースリーブ
- 豪華なネックレスとブレスレット
- イヤリングはなし
- ブロケード・ヒールパンプス
女Aのファッション3
ジャガードスカートスーツ
- デザイナー:ココ・シャネル
- ジャガードスカートスーツ
- ネックレス
- イヤリングはなし
「黄泉の国への待合室」を描いた作品
永遠に色褪せない〝緊張感〟に包まれた作品、それが『去年マリエンバートで』です。
一歩間違えると凡庸さに支配されかねない危険な絵が最初から最後まで続きます。それはアート志向の作品が陥りやすい、狙い過ぎで、独りよがりな空気を生み出しかねない、登場人物たちが、監督の指示通りに、こっちを向いてあっちを向いて動いているだけだと鑑賞者に感じ取られかねない絵が延々と続いてゆくのです。真の芸術とは、この危険な山を登りきった作品のことを指します。
本作からは、揺るぎない意志の力が感じられます(それ故に眠気を誘発する)。どこまでも、登場人物全員が、その不思議な世界観で生きています。それは、白黒映像、意外に少ないカット割り、ヘアメイク、衣裳、音楽、カメラワーク、演者の演技力、舞台といった全ての要素が、パズルのピースのように効果的に組み合わさった結果生み出された真の芸術性の結晶とも言えます。
実に不思議なことなのですが、意志の疎通を描いた黄泉の国への待合室のような不思議な世界観=それぞれが違った方向を向いていたり、動かないその世界観を創造するために、出演者たちは強固な共犯関係を築き上げた上で撮影されているのです。
その結果として、生み出された世界観は、まさに同じ空間にいるが、各々がスマートフォンを見ているかのような現代の世界の縮図のようです。だからこそ、この作品を見て、「そこにいるのは、まさに私たちではないか?」と感じさせる〝不滅のパワー〟が存在しているのです。
現在のファッション・フォト&ムービーの多くが、この作品の世界観を参考にしたくなるのは、そのためなのです。
女Aのファッション4
ブラックシフォンドレス
- デザイナー:ココ・シャネル
- ブラックシフォンドレス
- 豪華に連なるダイヤモンドイヤリング
- バイカラーパンプス
実際に二人は去年マリエンバートで会っていたのだろうか?
名もなき男が、突然美しい人妻に、「去年マリエンバートであなたに会いました」と声をかけます。しかし、この女性は「私はあなたを知らない」とこたえます。本当は会ったことがあるのか?それとも本当に会ったことがないのか?知る由もありません(アラン・レネは、たぶん会ったことがあるのだろうと答えています。一方、脚本を担当したロブ=グリエは、会ってないだろうと答えています)。
しかし、最も重要なことは、彼女がこの男の繰り返し尋ねる同じ質問に対し、「確かに、昔彼と会っていた。そして、愛し合った」という答えを共有しあうようになるのです。この作品の素晴らしいところはこの一点にあります。それは「女はそれを待っている」という平凡な主題を、芸術の域にまで昇華させたところにあるのです。
女Aのファッション5
ホワイトシフォンドレス
- デザイナー:ココ・シャネル
- ホワイトシフォンドレス
- バイカラーパンプス
作品データ
作品名:去年マリエンバートで Last Year in Marienbad / L’Année dernière à Marienbad (1961)
監督:アラン・レネ
衣装:ココ・シャネル
出演者:デルフィーヌ・セイリグ/ジョルジュ・アルベルタッツィ/サッシャ・ピトエフ