ダン テ ブラ
原名:Dans tes Bras
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:モーリス・ルーセル
発表年:2008年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/6,820円、30ml/18,150円、50ml/23,650円、100ml/34,100円
「ムスク ラバジュール」以上にムスクを使用した香り
偉大なる香りは、たとえばゲランの「シャリマー」やピゲの「フラカ」などは、人の肌と溶け合う性質を持っています。私がこの香りに求めたのは、その性質でした。
フレデリック・マル
「ダン テ ブラ」とは、フランス語で「あなたの腕の中で」という意味です。ウッディ・フローラル・ムスクの香りは、フレデリック・マルの17番目の香りとして、2008年にモーリス・ルーセルにより、18ヶ月かけて調香されました。
2000年の「ムスク ラバジュール」の大成功以来の二度目の登場となります。
実際のところ、「ムスク ラバジュール」の成功の後、マルは早速、モーリスとの二作目を生み出したかったのですが、あまりにも大きな成功だったためそれを越える香りを生み出さないといけないというプレッシャーと、モーリスの直情径行型の性格に躊躇し、うまくやっていく自信が生まれませんでした。
そのため2006年にマルの拠点がニューヨークになるまでモーリス(彼の拠点はニューヨーク)とのプロジェクトは始動しませんでした。
私は「ムスク ラバジュール」よりもこの香りを生み出せたことに誇りを持っている。それはフレデリックと共同で作業できたからだ(ムスク ラバジュールはある程度モーリス自身が生み出していた香り)。
私は一人で調香するのが大嫌いだ。パフュームは赤ちゃんのようなもので、二人の人間が必要なんだ。
モーリス・ルーセル
着用者に忍耐を求める難解な香り
この香りはとても奇妙だ。ある種の人々にとってはとんでもない傑作であり、ある種の人々にとっては、何も香らない香りだ。ちなみに私の妻は後者です。この香りは、歴史上初めて、着用者に忍耐が求められる香りなのです。そして、間違いなく忍耐の先に、新しい世界が見えてくる香りです。
フレデリック・マル
「塩っぽさが浸透した、おいしそうな温かい肌」というイメージで創造されたこの香りには「ムスク ラバジュール」より遥かに多くのムスクが使用されています。それはムスクとアンバーとウッドで作り出された合成香料カシュメランという通常主役ではない香料を〝振動するムスク〟として大量に使用しています。
そして、〝塩味を含んだおいしい肌〟の効果を強くするために、(花の香りに新鮮味を与える)サリチル酸塩とたくさんのインセンスを加えています。そこに、少量のヘリオトロープとバニラを加えることにより、しなやかで柔らかい生肌の感触を生み出したのでした。
実は、モーリス・ルーセルは、2000年に「ヘルムート ラング」という香りで肌の香りを生み出していました。それは一晩過ごした後のシーツの匂いを作ってほしいというヘルムート・ラングの希望から生まれた香水でした。この香りは、その香りの延長線上にあると言ってもよいでしょう。
また、この香りには、モーリスの子供の頃の想い出も入っています。それは海が大好きで、母親によく海水浴に連れて行ってもらい、日焼け止めを塗った温かく塩っぽい母の腕の想い出です。
「ムスク ラバジュール」が情熱的な愛のカタチであるならば、こちらは、穏やかな抱擁です。静かな抱擁の中に存在する温かい肌の感触。より正確に言うと温かい腕ではなく、温かい心に包まれる香りなのです。
フレグランス市場において最も過小評価されている香りであり、間違いなくルラボの「ガイアック10」並みに評価されて良いスキンパルファムの傑作です。
〝I’ve got you under my skin〟な香り
カシュメランは、「ダン テ ブラ」の秘めたる部分を表す香料であり、女性のバストのような心地よい柔らかさを感じさせ、慰めを与えてくれるものです。
モーリス・ルーセル
自分自身の肌の中に、相手の温かい肌が浸透していくように、ベルガモットによって弾き出された(針葉樹の葉のような)グリーンなヴァイオレットが入り込んできます。そして、自分の中にあるアーシィーな湿り気のあるパチョリが磁気となり、ヴァイオレットに温かみが生み出され、(パウダリーではない形で)一体化してゆきます。ちなみに(カーネーションのように)スパイシーなクローブが常に鼻をニュートラルの位置に戻す役割を引き受けています。
やがて、心はすっかり満たされ、肌は色めき、温かいバニラ風味のヘリオトロープが、過剰摂取されたカシュメラン(IFF社のウッディ調ムスク)と合わさり、塩の香りをほのかに放ちます。
それはまるで、カリブやエーゲの海で、泳ぎ着かれた二人が、海面に隣接したヴィラのリクライニングに横たわるようです。太陽の下で、自然に身体が乾いてゆき、抱擁する瞬間に感じる塩気のようであり、そこには、間違いなく、静かな深い愛があります。
そして、知らぬ間に、ヘリオトロープに揺り動かされるようにヴァイオレットのパウダリーさが、サンダルウッドとムスクのクリーミーさと神秘的な交わりを肌の上で見せてゆきます。
ホワイトムスクに洗い立てのシャツのような役割ではなく、人肌から香るクリーンさの役割を持たせた香りです。それはシルクのスカーフではなくカシミアのマフラーのようです。
つまりは先のマルのインタビューにもあるように、この香りは一目惚れする恋愛ではなく、一緒にいて心が安らぐ恋愛の香りなのです。だからこそ、すぐに良さが分からない香りなのです。
ちなみにモーリス・ルーセルはこの香りに先立つ2006年にゲランで同じくヴァイオレットを主役にした「アンソレンス」を発表していました。この二つのヴァイオレットの香りが、まったく別の惑星のように感じるところがこの調香師の恐ろしいところなのです。
タニア・サンチェスは『世界香水ガイド』で、「ダン テ ブラ」を「サワー・ヘリオトロープ」と呼び、「モーリス・ルーセルの新作で、試香紙や布で試したかぎりでは、彼の「トカド」「ブロードウェイ ナイト」と同じ、甘酸っぱさとパウダリーなメタリックがタッグを組み、カシュメランの濡れたコンクリートの匂いをたっぷり注入した感じで、塗りたてのペンキの臭いに似た心地よさがある。でも肌につけると、それは若いプラムの素朴な香りに変わってしまう。酸味が強くて冴えない。」と3つ星(5段階評価)の評価をつけています。
香水データ
香水名:ダン テ ブラ
原名:Dans tes Bras
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:モーリス・ルーセル
発表年:2008年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/6,820円、30ml/18,150円、50ml/23,650円、100ml/34,100円
トップノート:ベルガモット、クローブ、ヴァイオレット、ジャスミン
ミドルノート:サンダルウッド、パチョリ、インセンス、カシュメラン
ラストノート:ヘリオトロープ、ホワイトムスク