タチアナ・ロマノヴァを作った男=T・ヤング
「口が大きすぎない?」「私にはぴったりだ」こういったセリフもボンドムービーの重要なスパイスです。
ダニエラ・ビアンキという女優は、ほぼ全ての演技を監督のテレンス・ヤングの言うがままに行ったと言われています。彼女自身、女優業に全く野心のない21歳の大富豪の娘だったからでしょうか?そのリラックスしたムードが史上最高のボンドガールを生み出したとも言えます。
特に、ボンドと初遭遇するベッドシーンでのやり取りと、カメラアングルが圧巻です。そして、この空気が今のダニエル・クレイグのボンドムービーには足りないのかもしれません。ロマンティックな演出とでも申しましょうか?テレンス・ヤングという男は、只者ではない琴線を持った男性です。

ラブシーンのカメラの死角にはいつもテレンス・ヤングがいた。

ベッドルームに何故か黒のチョーカーをつけている美女が・・・
ボンドガール スタイル4
オフィス・ルック
- ピンクのワイドカッターシャツ
- ライトブラウンのスカート
- ピンクのレザーベルト
- ブラウンのローヒールパンプス

シャツインしてシャツと同じ色の太めのベルトで合わせる。

このベルトはスウィンギングロンドンの影響を受けています。

こうして観るとリアルバービーです。
ダニエラ・ビアンキのショートボブ
タチアナのうち巻きのショートボブのヘアスタイルは、現代においても全く違和感のないヘアスタイルです。
ヘアスタイルとファッションの永遠の関係性としてよく語られる真実は、素晴らしいヘアスタイルには、良質なファッション・アイテムに身を包む必然性が生まれるということです。その必然性があるからこそ、ヘアスタイルが決まっている女性は、全てが洗練されていくということなのです。
省みれば、少し前に大流行した盛りヘア文化(今はキャバ嬢でさえもしない)が、生み出したものは何だったのでしょうか?
それは一種のまやかしのスタイリングの始まりでした。やがて、盛りヘアは、ファストファッションでオシャレに盛ろうとする盛りファッション文化へと移行し、ガウチョやワイドパンツや、果ては、「トレンドはオーバーサイズです」などという盛りという名の、サイズ感を崩壊させ、チープな素材で崩れたサイズ感を正当化しようとするファスト・ファッション販売戦略に流されていく、「流されやすい盛りガール」達を増殖させることになるのでした。
そして、2020年、盛り盛り文化が、乾燥タピオカという他愛もないものを盛り、SNSでも全てを盛らずにはいられない若者を増殖しているのです。
ボンドガール スタイル5
ネグリジェ
- 水色のネグリジェ、スパゲッティ・ストラップ
- 水色のヘッドリボン
サイドの髪をひげのようにする有名な「マドモアゼル・ムスタッシュ」シーン。この時に、タチアナはウィッグを使いカトリーヌ・ドヌーヴのようなハーフアップ・スタイルにしています。彼女のボンドガールとしての輝きの核のシーンがここであり、いわゆる子宮的とも言えるシーンです。
クールなタチアナ、情熱的なタチアナ、そして、チャーミングなタチアナ。そこにオシャレに盛っているタチアナが存在することにより、女性だけでなく、男性にとっても、忘れられないボンドガールの誕生と相成る訳なのです。女性の魅力は万華鏡なのです。
ボンドガール スタイル6
タートルネック
- ライトブラウンのロングコート、ブラウンのファーが襟にトリム
- ブルーグレーのハイゲージのタートルネックのセーター
- ベージュのスカート
- ブラウンのローヒールパンプス
- ブラウンのベスト

この方、当時21歳なんですが、ファー慣れしています。

ファーの雰囲気が良く分かる写真。

少しメンズライクなコートです。

そして、その上から茶色のベストを着ています。
ボンドガール スタイル7
ザ・60年代ルック
- イエローノースリーブシャツ、ボートネック
- 黄緑のウールスーツ、ノーカラー
- 黄緑のハイヒールパンプス
本作においてコスチューム・デザインを担当したのが、後にミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』(1966年)とジャンヌ・モロー主演の『マドモアゼル』で伝説となったジョセリン・リカーズ(1924-2005)でした。

二人はヴェネツィアでは撮影を行いませんでした。
ミス・マネーペニーのおしゃれ
彼女が登場してこないとボンド・ムービーを見ている気分になりません。それは『男はつらいよ』におけるさくらであり、『仁義なき戦い』における山守組長なのです。
その人の名をマネーペニーと申します。演じるのは、ロイス・マクスウェル(1927-2007)です。彼女が左肩につけているエンゼルフィッシュのブローチがとてもオシャレです。
裏ボンドガール→ロッテ・レーニャ
腕時計のリューズを引っ張るとワイヤーが伸び、それが殺人兵器になるロバート・ショウと、靴に仕込みナイフを装着した女ローザ・クレップが登場します。この悪役を演じる人こそ『三文オペラ』(1931)の名優ロッテ・レーニャ(1898-1981)なのです。彼女は20世紀の名作曲家クルト・ヴァイルの妻であり、その役柄と同じく激動の20世紀を生きた人でした。
ロッテは、第一次世界大戦後の不景気のドイツでのナチズムの台頭。そして、亡命という風に40代に至るまでは(夫と共に)経済的にも不安定な日々を生きてきた人でした。芸術のために身を捧げてきた彼女が、娯楽大作の悪役を演じるからこそ、面白みがありるのです(その点はロンドン王立演劇学校出身のシェイクスピア俳優ロバート・ショウも同じく)。
これがスーパーモデルのような美女だと、『バイオハザード』チックな子供だましな世界観に包まれることになります。007の魅力は、中年(ボンド)と高年(主に悪役)とそして、若年(ボンドガールと殺し屋)というクロス・ジェネレーションな世界観にあるのです。
伝説の鉄拳面接

この後、ロバート・ショウの腹にパンチを一発入れる。
ロッテの演じるローザ・クレップの永井豪のマンガに出てきそうな鬼婆ぶりが実に素晴らしく、衣装も一見地味に見えて、かなりモード色の強いものになっています。女性の美しさはありませんが、杉村春子先生のようなその風貌が、ボンドムービーの中で悪役を嬉々と演じているようでもあり、実に頼もしいのです。
ロバート・ショウへの腹への一発といい、最後のボンドへの腰の引けた蹴りといい、恐らく戦闘力はボンドムービー史上最弱だったのかもしれないのですが、『ロシアより愛をこめて』はこの人の存在があったからこそ、引き締まった作品になったのです。そして、彼女こそ21世紀のM=ジュディ・デンチと並ぶ裏ボンドガールの一人なのです。

左からダニエラ・ビアンキ、イアン・フレミング、ロイス・マクスウェル、ロッテ・レーニャ、ショーン・コネリー。
作品データ
作品名:007/ロシアより愛をこめて From Russia with Love (1963)
監督:テレンス・ヤング
衣装:ジョセリン・リカーズ
出演者:ショーン・コネリー/ダニエラ・ビアンキ/ロバート・ショウ/ロッテ・レーニャ