『パリの恋人』でエレガンスを体現したオードリー
カメラの前のオードリーの天賦の才能に私は打ちのめされた。私には彼女をそれ以上の高みに連れて行くことは出来ない。なぜなら、彼女はもうそこに達しているのだから。私が出来ることは彼女を記録することだけだ。彼女は完全で、それ以上の形容は不可能だから。
リチャード・アヴェドン
『パリの恋人』ほど、ファッション・モデルとしても、時代を超越していたオードリー・ヘプバーンの魅力を堪能できる作品はございません。
そして、ユベール・ド・ジバンシィがデザインしたエメラルドグリーンのイブニングドレスを着て、颯爽とオペラ座の階段を優雅に降りるシーンほど、ゾクッと背筋が震えるシーンはありません。その首の長さ。そして、何よりもぶれない身体の軸と、慎ましげにキリっとした表情。
ポーズを取り表現することと、表情で物語を創造することの違い。ファッション・フォトに「スタイル」を求めるか、「ストーリー」を求めるかの違い。オードリーのこの一連のシーンに横たわるのは、ニューヨークのブックストアーの店員が、数日後には、パリでファッション・モデルとして生きている奇妙さ。しかし、人生において、誰にでも大なり小なりこういう経験は起こることです。
数日前には、今ここにいることなど考えられない自分に対する驚きとでも言いましょうか?オードリー・ヘプバーンの作品がタイムレスなのは、そういった役割を多く演じている点にあり、セレブである以上に人間であるところが、画面の端々から滲み出ている点にあります。彼女が日本においても、女性にとっての永遠の憧れのアイコンである理由は、その「奥ゆかしさ」からあります。
『パリの恋人』の中のオードリーのファッション・モデル・ルックについては、『パリの恋人』2(オードリー・ヘプバーンとユベール・ド・ジバンシィについて)をご覧ください。
ジバンシィの仮縫いに10時間費やしたオードリー。
最後の写真は、『パリの恋人』の撮影現場での、ユベール・ド・ジバンシィ(当時29才)とオードリー・ヘプバーン(当時27才)です。何よりもユベールの高身長さと、50年代の20代の男性がやすやすと着こなすスーツのエレガントさに惚れ惚れとします。
このシーンでオードリーは、ジバンシィがデザインしたピンクローズのフローラル刺繍入りのグレーのローブデコルテドレスを着ています。
オードリーは、映画の中の衣装を選ぶ時も、プライベートで服を選ぶ時も、一日の大半を費やしたと言われています。それは普通の女優なら1時間くらいで終わらせる衣装の仮縫いにおいても、オードリーは10時間くらいをかけたという姿勢からも明確であり、彼女は問題の箇所を直しては再びフィッティングで確認して、何度か繰り返し、徹底的に完璧な「シンプルさ」を求めたと言われています。
「シンプル」という言葉の意味の奥深さを知ることから、芸術的感性の磨きは始まるとするならば、オードリーは20代にして早くも「シンプル」の奥に潜む輝きを探し出そうとしていたのです。あくまでも自分の物差しで、デザイナーであるジバンシィと意見交換し合えたからこそ、映画女優とファッション・デザイナーの長年の友情は保たれ、ファッションの歴史に大いなる影響を与えるに至ったのです。
『パリの恋人』の中のオードリー・ヘプバーンとユベール・ド・ジバンシィについては、『パリの恋人』3(オードリー・ヘプバーンとウェディングドレスについて)をご覧ください。
人類史上最も美しい女性の写真の一枚。
『パリの恋人』という作品を代表する写真を上げろと言われたならば間違いなくこの写真が上がることでしょう。
ルーブル美術館の階段を下りる。サモトラケのニケの彫像の後ろから現れるオードリー。勝利の女神を前に、両手を広げて掲げるオードリーは、動き出した彫像のようです。ジバンシィがデザインしたスリット入り赤のシフォンのストラップレスドレスを着ています。
「驚いたな。最高にきれいだ。待て、とまれ、とまれ!」と叫ぶシャッターチャンスを逃さないように焦るフレッド・アステアに対して、「早く撮りなさいよ。止まるのはいやよ。早く写真を!」と歓喜の声をあげるオードリー。この世で最も美しいものは動いている瞬間=生命の躍動感にあるとでも言わんばかりのスタイルを示す象徴的なシーンです。この瞬間、彼女は、ファッション業界の永遠の女神となったのでした。
『パリの恋人』の中のオードリー・ヘプバーンのレッドドレスについては、『パリの恋人』3(オードリー・ヘプバーンとウェディングドレスについて)をご覧ください。
そして、世界でも三本の指に入るウエディング・ドレスが現る。
シャンティリーレースを重ねたホワイトサテンの白のウエディングドレスを着たオードリーの美しさはこの世のものとは思えないレベルです。オードリーがシニヨンにするということは、オードリーが完全形態に変身するということなのです。もはやそこには複雑なファッション概念など必要ありません。ただ必要なのは、シンプルな美の概念のみです。
だからこそ、シンプル・ビューティーの創造を得意とするユベール・ド・ジバンシィとオードリーの相性は抜群だったのです。
オードリーのフィッティングをするユベール。この二人は間違いなく50年代の王子と王女だったのです。
『パリの恋人』の中のオードリー・ヘプバーンのウェディングドレスについては、『パリの恋人』3(オードリー・ヘプバーンとウェディングドレスについて)をご覧ください。
よく雑誌に登場するオードリードレス
ユベール・ド・ジバンシィがデザインしたこのストラップレスドレスは、本編においては僅かな登場となりますが、人々の印象としてのジバンシィを着たオードリーのイメージ・フォトの典型の一つとも言えます。バレリーナのような筋肉質な首からデコルテのラインを剥き出しにした、それでいて胸の谷間で女性美を示すわけではないというオードリーらしさが出ているドレスです。
この作品におけるオードリーの出演料は15万ドル。さらにパリの一流のホテルでの滞在費用と、撮影に使用したジバンシィの衣装を貰い受ける条件で出演となりました。ヘプバーンは本作において全て自身の肉声で歌っています。オードリー初のカラー作品である本作により、彼女は永遠のファッション・アイコンになりました。そして、ラルフ・ローレン、マイケル・コース、マーク・ジェイコブス、シンシア・ローリーをはじめとするアメリカのファッション・デザイナーが、ファッション業界に憧れるきっかけを作った記念碑的作品となったのでした。
『パリの恋人』の中のオードリー・ヘプバーンの17種類の衣装については、『パリの恋人』4(オードリー・ヘプバーンとフレッド・アステアについて)をご覧ください。