究極のフレグランスガイド!各ブランドの聖典ページ一覧にすすむ

【ゲラン】リウ(ジャック・ゲラン)

ゲラン
ゲラン
この記事は約7分で読めます。

リウ

原名:Liu
種類:オード・パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:ジャック・ゲラン
発表年:1929年
対象性別:女性
価格:125ml/36,960円

スポンサーリンク

シャネルN°5に奪われた妻の愛を取り戻せ!

©GUERLAIN

©GUERLAIN

ジャック・ゲランにとって何よりも大切なものが、二つありました。それはゲランの三代目調香師としてのプライドと、最愛の妻リリ(1984-1965)の愛でした。そして、リリのために捧げた「ルール ブルー」(1912)は、見事に彼女の心を捉え、彼女の身体から一日中放たれる香りとなりました。

しかし、それから10年過ぎた頃に、彼女の身体から思わぬ香りが発せられるのをジャックの嗅覚が捉えてしまったのでした。その香りとは、シャネルが1921年に発表した「N°5(No.5)」の香りでした。

衝撃を受けたジャックは、妻がこの香りを愛用するようになった理由が、「ルール ブルー」ではじめて使用されたアルデハイドを愛するようになったためと知り、心を落ち着かせ、近いうちに愛する妻を奪ったこのフローラルアルデヒドの香りを凌駕する香りを作ってやろうと雪辱を誓ったのでした。そして、数年の日々が流れ、1925年に歴史的名香「シャリマー」が誕生しました。

しかし、妻のフローラルアルデヒドに対する愛は一向に覚めず、1927年には、コティから発売された「レーマン」も並行して愛するようになりました。かくして、ジャック・ゲランは、フローラルアルデヒドという土俵の上で、再び〝最愛の妻への香りのラブレター〟を創造する決意をしたのでした。

スポンサーリンク

不貞の夫に対する秘められた〝呪いの香り〟

1930年代後半のローズ・ケネディ

1960年の民主党全国大会にて。後ろには息子のジョン・F・ケネディ。

この香りの誕生秘話としてもうひとつの伝説があります。それはずっとシャネルのN°5(No.5)を愛用してきたローズ・ケネディ(1890-1995、JFKとロバート・ケネディの母)が、夫ジョセフ・P・ケネディがガブリエル・シャネルと浮気していることを知り、No.5の代わりとして、夫とシャネルに対するあてつけになるような香りを創ることをゲランに依頼したという伝説です。

彼女は、以後死ぬまでこの香りを身に纏うのですが、ジョンやロバート、他の娘たちに「何の香りを使用しているのか?」と尋ねても決して答えなかったと言われています(彼女の死後、始めてこの香りが「リウ」だった事が分かる)。

スポンサーリンク

プッチーニの未完の遺作「トゥーランドット」

1926年のミラノ・スカラ座初演のポスター。

ゲランの三代目調香師ジャック・ゲランが最も脂が乗っていた1920年代の最後の年1929年に発表した「リウ」は、ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)のオペラ『トゥーランドット』に登場する美しい女性ヒロインの名を冠した香りです。

『トゥーランドット』は、『トスカ』『蝶々夫人』『ラ・ボエーム』『マノン・レスコー』といった現在も人気のあるオペラ作品を作曲したプッチーニの未完の遺作(北京の紫禁城を舞台にした物語)として、1926年4月25日、ミラノ・スカラ座にて、アルトゥーロ・トスカニーニの指揮により初演されました。

トスカニーニは、フィナーレまで指揮をせず、プッチーニが最後に作曲したパートである、リウの自刃のシーンで、突然指揮を止め、聴衆に「マエストロはここまでで筆を絶ちました」と述べ舞台を降りたのでした。

スポンサーリンク

マリア・カラスのリウの香り


『トゥーランドット』にとても感動したジャックは、「美しいトゥーランドット姫に求婚する男は、彼女の出題する3つの謎を解かなければならない。解けない場合その男は斬首される」という物語の主人公である愛を信じない冷酷な姫よりも、彼女とは対照的に優しさを体現したような女奴隷の召使リウ(姫に求婚するダッタン国の王子カラフの奴隷であり、彼に対して叶わぬ恋心を抱いている)に強く惹きつけられたのでした。

特にジャックは、第一幕でリウが歌うアリア「お聞き下さい、王子様(Signore, ascolta)」 に惹きつけられました。身分違いの叶わぬ恋心を胸に秘め、愛する人に対する忠誠を誓い、彼の幸せを望み自らの命を絶つ、純粋なる情熱を表現したアリアを、香りにより表現しようと挑戦したのでした。

私にとって、この香りのイメージは、1954年に30代になったばかりのマリア・カラス(1923-1977)が歌うアリアです。

スポンサーリンク

報われない愛の香り=愛に殉ずる香り

©GUERLAIN

©GUERLAIN

圧倒的な魅力を誇る男性に妻を奪われてしまった初老の夫にとって、魅力的に女盛りを迎えた妻に対する愛を取り戻すことは至難の業です。だからこそ、ジャック・ゲランはNo.5のような「女盛りのフローラルアルデヒドの香り」ではなく、「静かに白く咲くフローラルアルデヒドの香り」に自分自身の心情<=香りのラブレター>を重ね合わせたのでした。

ラブレターのはじまりは、ベルガモットとネロリによりスポットライトを当てられた娘リウが、悲恋を歌う姿からはじまります。そこにソーピィーなアルデハイドにのせて天空へと昇華するようなパウダリーなアイリスが現れます。さぁ、舞台は整いました。

『トゥーランドット』の第一幕で効果的に使用されている中国民謡〝茉莉花〟=ジャスミンが強く香り立ちます。まるで涙を流すような湿った甘さに包まれたジャスミンをローズが優しく慰めています(No.5に存在するイランイランの甘さがこの香りには存在しない)。

やがて、ジャスミンアルデヒドの香りは、ウッディなバニラに導かれ、アイリスにより天に召されていくような心地よい〝開放感〟に包まれていくのです。愛に殉じる決意が、涙の花を咲かせる香りです。

1920年代のゲランのマーケティング戦略は、オリエンタリズムとアール・デコでした。そのためレイモン・ゲランによりデザインされたボトルのシルエットは、18世紀の中国の茶箱から引用されたブラック・クリスタル・ボトルでした。

この香りは、1990年代はじめに廃盤になり、1994年にオード・トワレで300本限定品として復活し、2005年には、ゲラン本店のリニューアルを記念し、ジャン=ポール・ゲランによりオード・パルファムとして再調香されました。

現在発売されているものは、ゲラン創業190周年を記念し、2018年10月1日より「パトリモワンヌ コレクション」のうちのひとつとして復刻された香りです。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「リウ」を「パウダリー・ジャスミン」と呼び、「ジャック・ゲランが手がけた香水の中ではもっとも退屈。2005年の復刻版も相変わらずあくびが出そうな代物だ。ハートノートはとても濃厚で適度なパウダー調のジャスミン。しとやかな残香。フェイスパウダーのような香りともいえる。」と3つ星(5段階評価)の評価をつけています。

スポンサーリンク

香水データ

香水名:リウ
原名:Liu
種類:オード・パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:ジャック・ゲラン
発表年:1929年
対象性別:女性
価格:125ml/36,960円



トップノート:アルデハイド、ネロリ、ベルガモット
ミドルノート:ローズマリー、ジャスミン、ローズ
ラストノート:アイリス、アンバー、バニラ、ウッディノート