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【4711】4711 オーデコロン(ウィルヘルム・ミューレンス)

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4711 オーデコロン

原名:4711 Original Eau de Cologne
種類:オーデコロン
ブランド:4711
調香師:ウィルヘルム・ミューレンス
発表年:1792年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/2,420円、100ml/3,630円、200ml/6,050円、400ml/8,470円
公式サイト:4711

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感想(9件)

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オーデコロンの起源は『王妃の水』からでした。

カトリーヌ・ド・メディシス

オーデコロンの起源は、現存する世界最古の薬局サンタ・マリア・ノヴェッラ(1221年)の「アックア・デッラ・レジーナ(王妃の水)」と言われています。

この香りは、現在も発売されている香りですが、カトリーヌ・ド・メディシスが、1533年にフランスのアンリ2世へ嫁いだ際に、特別に調合された香水でした。

とてもややこしいのですが、世界で最初のオーデコロンが発売されたのは、1709年にドイツ・ケルンからと言われています。それは1685年にイタリアのサンタ・マリア・マジョーレ近くの村で生まれたヨハン・マリア・ファリナ(1685-1766)により調香されました。

ヨハン・マリアの一家は、アルコールを蒸留する工房を営んでいました。18世紀はじめに、ドイツのケルンで叔父の工房を手伝うようになります。そして、1708年に23歳の時、出征中の兄ジョヴァンニに香水を作ったという手紙を送りました。「イタリアの春の朝、見事に咲いた水仙や雨上がりのオレンジフラワーを思わせる匂いが、さわやかな気分を運んでくれ、僕の感覚と想像力を刺激してくれます」という内容でした。

やがて1709年7月13日に兄は、帰還後、ケルンで世界最古の香水製造会社であるファリナ社を設立し、その香水を「オーデコロン」(=ケルンの水)と名づけ、製造するようになりました。

1714年からヨハン・マリアも会社に合流し、さらに1740年以降、ヨハン・マリアは、フランスの上流階級との取引の利便性のためジャン=マリー・ファリナと名乗るようになりました。

ロザリ

「オーデコロン」の最初の納品は、1716年に、わずか12本という小さなスタートだったのですが、1730年から1739年の間に、ロザリと名付けられた特徴的な細長いボトルが約3,700本納品されるほど増産されるようになりました。

ちなみに1760年に、フランスから逃亡したカサノヴァはケルンに滞在し、このコロンを初めて知り愛用するようになりました。さらにオーストリアのヨーゼフ二世は、妹のマリー・アントワネットに、このコロンを大量にプレゼントしたと言われています。

このコロンに関する最も有名な逸話は、ナポレオン・ボナパルトに関するものです。潔癖症のナポレオンは、戦場でブーツの中にまでこのロザリを忍ばせていたと言われています。

しかし、この最初のオーデコロン誕生には、アナザーストーリーがあるのです。

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オーデコロン誕生のアナザーストーリー

デュ・バリー夫人

オーデコロン誕生のアナザーストーリーは、ジョヴァンニ=パオロ・フェミニスという、イタリア人の薬剤師が、旅の途中に立ち寄ったサンタ・マリア・ノヴェッラ修道院で、「王妃の水」のレシピを修道尼より手に入れたことからはじまります。

彼はこのレシピに触発され、ドイツのケルンに移住した後、1695年(1725年とも)に、ワインから得られた純度の高いアルコールと、ネロリやベルガモット、セドラ、シトロン、ラベンダー、ローズマリーのオイルを数種類のハーブで香りづけした〝Aqua Admirabilis(すばらしい水)〟を生み出したのでした。

この水は、瞬く間にヨーロッパ中で評判になり、多忙になったジャン・パオロは一族(甥あるいは姪の息子)のヨハン・マリア・ファリナをドイツに呼び寄せました。1736年にヨハンは伯父の商売を引き継ぎ、肌にも身体にも良い飲むことの出来る万能薬としてこのコロンを発売し人気を博しました。そして、彼はジャン=マリー・ファリナと名乗るようになりました。

1734年に念願のプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世に献上を果たす。やがて七年戦争(1756-63)が起こり、ルイ15世のフランス軍がライン川のほとりケルンを占領したとき、兵士の間でこの〝すばらしい水〟は評判になり「オーデコロン=〝ケルンの水〟」という呼び名と共に、母国に持ち帰られていったのでした。

1760年にこの水を手に入れたデュ・バリー夫人(のちにルイ15世の公妾となりフランス革命でギロチン台で処刑された)によりフランス宮廷に紹介されました。この当時の人々には入浴の習慣はなく、年に数回しか全身を洗うことがなかったため、不快な体臭を隠す役割を担うようになりました。

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1862年にロジェ・ガレへと引き継がれる。

©ROGER & GALLET

やがて、「オーデコロン」は三つの大きなブランドへと分かれてゆきます。ひとつは当然のことながら、本流であるファリナ社の「オーデコロン」です。

そして、もうひとつが、ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)が愛用したと言われる創業一族の血を引く調香師ジャン=マリー・ファリーナ(1785年生まれ)による「オーデコロン」です。このオーデコロンは、ケルンの親会社に対して、オリジナルとは違うオーデコロンを作るという条件で1806年に生み出した、ネロリを基調としたものでした。

さらに彼は、パリでたくさん誕生していた亜流の競争相手に対し法的な闘いを挑み、正当なオーデコロンは、ワインから抽出した最高級のアルコールを使い、1年間は熟成させているものだけだと主張したのでした。

ナポレオンは一日数本(月に60本)消費するほど、ファリナの「オーデコロン」と共にこのコロンを愛用していました(イタリア遠征の頃にオーデコロンを知り、エジプト遠征の頃には浴びるほど使うようになりました)。一方で、ヴィクトリア女王1819-1901)にも愛用されました。1本のオーデコロンが使用人の給料6カ月分に相当したと言われています。

やがてジャン=マリーの店が1808年にパリ・フォブール・サントノーレ通りにオープンしました(ファリナ社の分家的存在)。そしてこの調香処方は、1840年に老年になったジャン=マリーがレオンス・コラスに売り、1862年に、二人の義兄弟アルマン・ロジェとシャルル・ガレが引き継ぎ、ロジェ・ガレを創業してコロンを発売したのでした。

この頃までオーデコロンは、最上級に高価なものだったのですが、香水産業の発達により、オーデコロンは一般的な製品となってゆき、1853年の「オーインペリアル」と共に、ゲラン帝国が台頭することになるのでした。

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一般的に、世界初のオーデコロンと呼ばれている「4711」


さらにもうひとつの「オーデコロン」の遺伝子を引き継いだものとして上げられるのが「4711」です。一般的にこのコロンが、世界初のオーデコロンと呼ばれているのですが、それは真実ではありません。

すべてのはじまりは、1792年10月8日に30歳の銀行家の息子ウィルヘルム・ミューレンス(1762-1841)がケルンで結婚式を挙げたとき、修道士から祝福の印として、〝Aqua Admirabilis(すばらしい水)〟の処方が記載された羊皮紙を贈られたことからはじまります。

当初、ワインに混ぜる薬用ドリンクとしてとして発売されていました。そして自宅に小さな工場を建て、ミューレンス社を創業し、グロッケン通り4711番地(1794年にフランス軍占領下で付けられた番地)に店を開きました。

しかし、1810年にナポレオン・ボナパルトがすべての内服薬の成分の提出を求めたため、レシピを秘密にしておきたかったミューレンスンは、「本物のオーデコロン、4711」として、フレグランスとして売り出すことにしたのでした。さらにオーデコロンの正当性を生み出すために1832年にファリナの名を持つ人をパートナーにして正当化しました。

こちらはロジェガレのコロンと柑橘系の匂いは同じなのですが、すべて天然の植物素材だけで作られ、ラベンダー、ローズマリーなどを加え、ちょっぴり甘い爽快感を有している違いがあります。

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そして、世界を制するオーデコロンとなる。


ナポレオン・ボナポルトが失敗した世界制覇を図らずもオーデコロンによって果たすことになる「4711」は、1794年にフランス革命戦争の時に、ケルンに進駐したナポレオンの軍隊がパリに持ち帰り、ヴァイオレットの甘美さに飽き飽きしていた人々の心を捉え、瞬く間にヨーロッパ全土に大流行することになりました。

そしてヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテも愛したコロンとして有名になりました。やがて1875年にニューヨークに支店が出来るほどになり、1900年に現在のボトルデザインに変更されました。

ちなみに第一次世界大戦と第二次世界大戦においてこのコロンは衛生品としてドイツ軍の前線の兵士たちに配布されました。つまり、ナチスドイツ御用達のオーデコロンでもありました(特にUボートの乗組員のために「4711」は重宝され、船内の消臭力の役割も果たしました)。

残念ながら第二次世界大戦中の1943年に、アメリカ軍によるケルン無差別爆撃により、本社は破壊されました。しかし、戦後、「4711」は、カラーテレビ広告など巧みなPR戦略を駆使し、見事に〝世界最古のオーデコロン伝説〟を生み出すことに成功したのでした。

4711の香りの製造に重要なのは、純粋の高級アルコールによって、香りの調合がなされ、少なくとも3カ月間、600~2400ℓの大きなカシ樽に貯蔵され、熟成されるのを待ち、この香りの水が、熟成期間を経て、ある特殊な濾過器を通して大きな貯蔵タンクに移される特別な装置が実は、秘密のカギである。今日では、オートメーション化された操作による世界の国々へ大量に輸出される。

『世界の香水と化粧品物語』平田満男

真実がどうであろうとも「4711」は、その良心的な価格帯において、身だしなみに敏感な男性諸君にとって、出来るだけ若いうちに、最初に、飼い馴らしたいオーデコロンのひとつです。このコロンを最初に知っておくと、その10倍以上の価格がするラグジュアリー・ブランドから販売されているコロンの良し悪しが見えるようになるからです。

それを恋愛にたとえるなら、女性を学生時代の初恋から知るのと、プロフェッショナルの女性に対する背伸びした初恋から知る違いです。最初に〝天然の味〟を知ることはとても重要なのです。

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オーデコロンの元祖。そしてネロリの教科書。


摘みたての柑橘の果皮・果汁・葉・枝がひとまとめに全身にシトラスカクテルとして降り注ぐこの香りは、オーデコロンを浴びた瞬間に感じる、自分の記憶の中に強く残る柑橘の香りが蘇るようにしてはじまります。

最初の瞬間にすべてが凝縮されている香り、嵐のように現れ、すぐに去ってゆく香り。まさに古典的なオーデコロンの精神がこの香りにはあります。後に合成香料により強化人間の如く、強化されているコロンとは一線を画する香りです。

オーデコロンが、記憶を呼び覚ます水と呼ばれるのはそのためです。だからこのコロンも人によって、レモン、ベルガモット、オレンジのそれぞれの感じ方が違ってくるのです。オーデコロンは語るものではなく、感じるものなのです。

ピリっと辛くて、ちょっぴり甘く、苦いシトラスカクテルは、すぐにラベンダー、ローズマリーといったハーブの淡いきらめきの中で消えてゆくのです。まるで澄み渡る青空の下でゆるやかに流れる小川のせせらぎに身を預けるような解放感に満たされていくのです。

シトラスシャワーと小川のせせらぎ、そして、朝露が滴るハーブ、最後に太陽に抱擁されながら、爽やかなネロリの余韻と共に、去って行くのです。まさに去り際が、しつこくなく颯爽とした人のようです。

ネロリとは、ビター・オレンジ・フラワーを水蒸気蒸留して得られる精油です。そして、溶剤抽出して得られるのがオレンジ・ブロッサム・アブソリュートです。ネロリは、オレンジの花の香りよりも、オレンジそのものの香りがし、涼しげな香り立ちが特徴です。一方、アブソリュートの方は、ジャスミンやチューベローズを思わせる満開のオレンジ・フラワーの香りがします。この香りは、ネロリの教科書的な香りが堪能出来ます。ネロリが何かを知りたければ「4711」でしょう。

トルーマン・カポーティの小説『ティファニーで朝食を』の中で、主人公ホリー・ゴライトリーがこの香りを愛用している描写があります(映画『ティファニーで朝食を』の中には登場しない)。

ちなみに「4711」の日本の総代理店は、2007年12月17日より柳屋本店(創業:1615年)です(1962年、桃谷順天館→1994年、ウエラジャパン→2003年P&G)。

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香水データ

香水名:4711 オーデコロン
原名:4711 Original Eau de Cologne
種類:オーデコロン
ブランド:4711
調香師:ウィルヘルム・ミューレンス
発表年:1792年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/2,420円、100ml/3,630円、200ml/6,050円、400ml/8,470円
公式サイト:4711


トップノート:ベルガモット、レモン、オレンジ
ミドルノート:ラベンダー、ローズマリー
ラストノート:ネロリ、プチグレン

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