『007』が最も『007』らしかった時代の最高傑作。
シリーズ三作目の『007/ゴールドフィンガー』(1964)で、頂点に達したかのように見えたボンド・ムービーの快進撃は、実はこの後、映画の枠を越えて社会現象になるその過程のほんの序曲に過ぎませんでした。最初の二作品を監督したテレンス・ヤングが復帰した本作は、前三作品を超える空前の大ヒットを記録しました。
作品の1/4が水中で撮影されたというこの作品のオープニングは、グレーのスーツを着たジェームズ・ボンドが空を飛びはじまるのでした。
スーツにジェットパックを背負うボンドとダイビングスーツに水中銃を背負うボンド。この作品の強烈な二つのジェームズ・ボンド像が、ビジネスもヴァカンスも極限まで楽しむという「人生を楽しむ男」を象徴する存在へとボンドを昇華させたのでした。
空を飛んでも、水に潜っても、ボンドは常にイイ女を見逃さないアンテナを張り、微笑を忘れず、そしてユーモアのセンスも忘れないのです。
ジェームズ・ボンドの魅力の本質には、どこか植木等の『無責任男』を連想させるところにあります。彼に最も似合わない言葉は「一生懸命」であり、それが男のエレガンスとは、やせ我慢の美学でもあるということを教えてくれるのです。

このポスターイメージに尽きる!タキシードにジェットパッドを装着する007。もちろん髪の乱れは一切なしの無重力感。

そして、スペクターNo.2のラルゴを演じるアドルフォ・チェリ。白のタキシードに黒のアイパッチ。悪役はこれくらいコクなくちゃ!
史上初めてスーツを着て空を飛んだ男。

史上初めてスーツを着て空を飛んだ男。当初、ボンドをスタイリッシュに見せるためにヘルメットを着用しない予定でしたが、スタントマンが安全性を主張し、ヘルメットを着用して撮り直しすることになりました。

ヘルメットを着用せずに撮影された時の宣材写真。髪の乱れは一切なし。

こういうちょっと馬鹿げたアイデアも007の醍醐味です。実際のジェットパックは、1959年にアメリカ陸軍が実用化に失敗していました。

結果的にはヘルメットをかぶっている方が、カッコよく見えて良いです。

そして、東洋人の女スパイがいるアストンマーティンのもとへ着陸!

すごい絵です。1965年2月19日にパリ西部のアネ城で撮影されました(21秒以上飛行できない)。

『紳士の必需品!』これが日常生活で使用されるようになる時代が来るのだろうか?右はミツコさん。
ジェームズ・ボンドがオープニングで空を飛んだ瞬間、公開当時、世界中の男たちは、この男に一生ついていこうと決めたはずです。
それほど今見てもカッコ良く、現在アパレル及びファッション関係の仕事に従事する20代から40代の(リアルタイムでは見ていない)男性に対しても、影響を与えている「男のダンディズム」を体現するシーンです。
スーツを着るときは完璧にパリッと決め、ヴァカンスに出かけるときは、見るからにリラックスしたリゾートウェアを着ることを信条とすることによって、ファッションのふり幅が広がり、その感度が研ぎ澄まされていくのです。
ボンド・ムービーが現代に至るまで「メンズ・ファッション」を先導している理由は、スーツやタキシードだけでなく、リゾートウェアのお披露目の場としても機能しているからなのです。

1984年7月28日にロサンゼルスオリンピック開会式にて、ジェットパックが実演された。
前作とのスーツのスタイリングの違い

ダークグレーとスカイブルーの絶妙なバランス。

女装した敵と格闘するボンド。この女装が全然変装になってません!ちょっと『お熱いのがお好き』のジャック・レモンのようでした。

最初にボンドが履いているレザーシューズ。つま先からナイフが出て来そうです。
前作でカフスボタンとニットタイを着用していたジェームズ・ボンドは、テレンス・ヤングが復帰したことにより、洒落者だった彼自身が好んだカクテルカフスシャツとグレナディンタイの組み合わせを再登場させることとなりました。
しかし、この作品以降、コネリー=ボンドは、なぜかポケットチーフを決して使わなくなりました。
ジェームズ・ボンドのファッション1
ジェットパック・グレースーツ
- テーラー:アンソニー・シンクレア
- かなり厚手のミッドグレーフランネル素材、3ピーススーツ、シングル、2ボタン、スリムノッチラペル、ノーベント。ストレートカットの裾を持つ6ボタンベスト(ウエストコート)。サイドアジャスターのトラウザー
- ターンブル&アッサーのスカイブルー・ポプリンドレスシャツ
- ブラック・グレナディンタイ
- ブラックレザー・スリッポンローブーツ
- ブラウンのヘリンボーンのカーコート
- ロック・アンド・カンパニー・ハッターズのオリーブブラウンのフェルト帽

女性諜報員の名はミツコ。一度見たら忘れられない風貌です。

紳士帽とコートを持つボンド。

最もスーツのディテールが分かる写真。

スーツの質感がよく分かる写真。

スタントマンのボブ・シモンズとの雑談のひと時。

ラペルはかなり細めです。
英国ポップス界のジェームズ・ボンド=トム・ジョーンズ
当初、ディオンヌ・ワーウィック(とシャーリー・バッシー)が歌う「Mr. Kiss-Kiss Bang-Bang」という曲が主題歌だったのですが、急遽、タイトル名の入った主題歌であるべきというユナイテッドアーティストの主張により、トム・ジョーンズが起用されることになりました。
ちなみに〝サンダーボール〟は、米兵が原子爆弾実験時に目撃したキノコ雲を指す軍事用語です。
ジョン・バリーにより急遽作詞作曲されたこの曲は、あまりに高いキーで作られていたため、トム・ジョーンズはレコーディング終了と同時に卒倒したと言われています。
とにかくパワフルかつ、脂汁が飛んできそうな、フェロモン全開の、まさにジェームズ・ボンドの主題歌に相応しい情熱的な曲です。
それにしても、主題歌の候補だったジョニー・キャッシュの曲はどう考えても西部劇の主題歌です。
ボンドムービーに重要な魅力的な悪党

アイパッチをつけた紳士ラルゴ。ボンドムービー史上、人気の高い悪党の一人は、肩掛けコート姿で登場します。
ボンドムービーに必要不可欠なのは、魅力的な悪党の存在です。ここでひとつ間違いを犯してしまいがちなのが、30代の見栄えの良い俳優を起用するということなのですが、そうすると貫禄が失われてしまいます。
ボンドムービーの悪党に最も必要な要素は、ボンドと対等に戦うことが出来るよりも、莫大な財力と鉄の精神で、「壮大なる悪」を徹底する組織力なのです。だからこそそれだけの組織を率いている説得力=貫禄が必要なのです。
本作で、世界的な犯罪組織スペクターのNo.2であるラルゴを演じたアドルフォ・チェリ(1922-1987)には、その貫禄がありました。ロマンスグレーと日焼けした肌になぜかアイパッチという外見は、ファッションセンスだけ見ても、歴代の悪党の中でずば抜けた存在でした。
エミリオ・ラルゴのファッション1
キャメルコート&ダークグレースーツ
- キャメルコート、3つボタン、ノッチラペル、シングルベント
- ダークグレーのスリーピーススーツ、ウールフランネル、ナローラペル、段返り3つボタン、ノーベント、コンチネンタル・スーツ
- クリーム色のドレスシャツ
- 白い水玉模様のブラックタイ
- ブラックレザーシューズ
- ダークグレーのソフト帽
- クリーム色のレザーグローブ
- ブラックレザーのドキュメントバッグ

肩掛けコート・スタイルで颯爽と登場するラルゴ。

ブラックレザーのドキュメントバッグも〝かなり出来るヤツ〟イメージを演出してくれています。

白い水玉模様のブラックタイもクールです。
男なら「ブロンド美女」にミンク・マッサージの優しさを。

当時の世界中の青少年たちが、いつか大人になったら、ブロンド美女にマッサージしてあげたいと、小さな野望を胸に秘めさせたシーン。
ミンク・グローブで女性をマッサージするジェームズ・ボンド(=JB)。男ならこうありたいと思わせる瞬間。ちなみに、この女性(モーリー・ピータース。老けて見えるが1942年生まれの当時20代前半)は、JBが療養中の療養所の女性看護士であり、JBが全身マッサージ機で殺されかけた時に、ピンチをチャンスに転じさせてセックスに持ち込んだのでした。
こういった展開の安易さが、男性にとっては(微笑ましく)魅力的に移り、ある種の女性にとっては嫌悪感に結びつくわけなのです。
そんな女性には、もちろんミンクのマッサージも効かないことでしょう。私はどうせならJBにミンク・マッサージを受けて喜ぶオンナでありたいと望みます。
作品データ
作品名:007/サンダーボール作戦 Thunderball(1965)
監督:テレンス・ヤング
衣装:ジョン・ブレイディ
出演者:ショーン・コネリー/クローディーヌ・オージェ/アドルフォ・チェリ/ルチアナ・パルッツィ/マルティーヌ・ベズウィック
- 【007/サンダーボール作戦】最初から最後まで空飛ぶジェームズ・ボンド
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.1|空を飛ぶショーン・コネリー
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.2|ショーン・コネリーとケン・アダム
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.3|ショーン・コネリーとダイビングウェットスーツ
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.4|ショーン・コネリーとラグジュアリー・リゾート
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.5|クローディーヌ・オージェという絶世の美女
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.6|クローディーヌ・オージェ=水中銃を持つ女
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.7|クローディーヌ・オージェとウェットスーツ
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.8|元祖・峰不二子 ルチアナ・パルッツィ
- 『007/サンダーボール作戦』Vol.9|ルチアナ・パルッツィとレーシングスーツ
