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フレデリック・マル

【フレデリック マル】ノワール エピス(ミッシェル・ルドニツカ)

フレデリック・マル
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ノワール エピス

【特別監修】Le Chercheur de Parfum様

原名:Noir Epices
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ミッシェル・ルドニツカ
発表年:2000年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/7,920円、30ml/21,780円、50ml/27,720円、100ml/39,600円

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元々はジャンニ・ヴェルサーチェのための香り

ミッシェル・ルドニツカ

作家の処女作や画家にとっての最初の作品のように、調香師にとっての最初の作品もまた強力な個性とパワーを発します。それは長い年月を経て培われてきた理想を現実のものにするために、一切の妥協なしに生み出されたものだからなのです。

フレデリック・マル

私は、父親が1996年に亡くなった後、やっと本気で自分の人生を香水業界に捧げる気持ちになることが出来ました。

ミッシェル・ルドニツカ

「ブラック・スパイス(黒い香辛料)」という名のオリエンタル・スパイシーなこの香りは、エドモン・ルドニツカの息子であるミッシェル・ルドニツカ(1948-)により2000年に調香されました。

彼はフレグランスとは全く関連のない写真(特にフォトモンタージュ)とオーディオ・ビジュアルの分野で活躍していた人でした。しかし、7歳の頃から父の研究所の空気に慣れ親しみ、24歳から5年間調香についてトレーニングを受けていました。

それは父親の作った成分の分析や再構築のトレーニングであり、すべて完璧な正確性で父親を納得させなければならない厳しさでした(当時、クロマトグラフィーがなかったため非常に大変でした)。

元々は、ル パルファム ドゥ テレーズを、フレデリック・マルの最初のフレグランス(ナインクラシックス)のひとつとして発売する許可を、テレーズ&ミッシェル・ルドニツカから得た会話の中で、マルがミッシェルに、何かプライベートな香りを作っていますか?と尋ねたのがきっかけでした。

そして、ミッシェルは2年間、個人的に調香している香りがあることをマルに伝えたのでした。その香りは、1996年にアヴィニョン演劇祭で、「カンテサンス(四大元素「空気・火・水・土」に続く第五の元素=真髄・精髄のこと)」という嗅覚で感じるバレエを演出したときにミッシェルが作ったルーム・フレグランスから派生した香りでした。

その「火」をテーマにしたスパイスの香りを、ジャンニ・ヴェルサーチェのフレグランスとして再調香して発売する予定にとなったのですが、1997年7月15日にヴェルサーチェが殺害され、話は白紙となりました。

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「最もえたいの知れない香り」フレデリック・マル

コンスタンティン・カカーニアスがこの香りをイメージして描いたイラスト。

私のコレクションの中でも、最もえたいの知れない香りだ。高度なまでに知性的に洗練されていながら、そこには確実に獰猛な官能性が存在するのだ。

フレデリック・マル

この香りを嗅いだフレデリック・マルは、スパイスとエキゾチックなウッドの絶妙な融合に圧倒されました。それは調香のレベルの高さと言うよりは、たくさんの国々を旅し(ミッシェルはタヒチで8年間暮らしていた)、厳格に磨き上げられた審美眼により生み出された、洗練と官能と力強さの奇跡的なバランスが生み出した〝得体の知れない香り〟でした。

ただちにマルは商品化を決定し、ただ一点バニラを強化することだけ希望しました(重いオリエンタルにならないようにバニラを加えたことが、絶妙な色気とミステリアスを生み出している)。

この香りの主役は、ミッシェルが愛しているスパイスであるナツメグです。通常のスパイス系の香りの中でも飛びぬけた量のナツメグが使用されています。スパイスとフルーツ、フローラル、そして、ウッディとバニラの絶妙なバランスがこの香りの特徴です。それはオリエンタル過ぎないシプレ寄りの香りなのです。

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マーク・ロスコの絵画の影響を受けた香り


この香りは、ミッシェルが、マーク・ロスコの絵画(特に「No.3/No.13 (Magenta, Black, Green on Orange)」)からインスパイアされた「香りを抽象表現する」というテーマで生み出された香りです。

フレデリック・マル自身の子供時代(70年代)の想い出。それは、イブ・サンローランのオートクチュールにジーンズと大きなジュエリーをミックスしてグラマラスに決めた女性達に心ときめいていた、パリジャンワールドへの憧れの想い出。そして、そんな彼女たちから必ずオリエンタルの香水の香りがしていたのでした。

そんなグラマラス・ライフを体現するように、爽やかな甘いオレンジピールの中に、ハーバルな鋭いゼラニウムが注ぎ込まれていく感覚からこの香りははじまります。更に、注ぎ込まれる〝第三の要素〟であるアルデハイドが、この香りに洋酒のような官能的なムードを漂わせます。

すぐにソーピィーなゼラニウムの導火線に火がつけられ、病んだダークローズの香りへと昇華してゆきます。

しばらくして香りは急転回して、爽やかな風を感じることになります。鮮やかな手さばきでトランプがシャッフルされるようにスパイスがシャッフルされていくのです。(カーネーションのような)クローブを中心に、(軽妙な甘さの)ナツメグ、(砂糖のような)シナモン、ペッパーといったスパイスが実に手際よく、シャッフルされ、病み疲れたダークローズを呑み込んでゆきます。

やがて、クリーミーなサンダルウッドと大量のパチョリのウッディなベースが、贅沢なスパイスとオレンジピールを包み込んでいきます。そして、香りの奥には、大蛇がとぐろを巻くように、アルデハイドに巻きつかれたクローブの葉が独特な(ソーピィーな)閃光を放ち続けるのです。

この香りが、フレグランス上級者だけでなく、初心者にさえも受け入れられる理由は、優しい、ソーピィーなドライダウンにあります。

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永遠に色褪せない名香

使用されている香料が、お互いを生かしあうというフレグランスにおいては奇跡的なバランスを保つ香りであり、名香と呼ばれるミツコNo.5といった香りが持っている不文律を思い出させる香りです。

最初から〝最高だと感じさせる〟香りは、〝だんだん飽きてくる〟香りであり、昔の調香師は、〝最低を最高にする〟香りを生み出してきたということを教えてくれる香りです。

つまりは、人を虜にする香りとは、第一印象が良くない香りでなければならないという不文律です。

音楽で言うとこういうことでしょう。パフォーマンス能力も、見た目の良さも、曲調もキャッチーなダンスミュージック。最初からとてもノリやすいのですが、すぐに飽きてしまいます。一方で、不愉快とも言えるほどにかすれた声で歌うジャニス・ジョプリンの歌は、最初に感じる嫌悪感を飛び越えて、何度も聞きたくなってしまう味わい深さがあります。それは本物とそうでない(外見だけの)模造品の違いなのでしょうか?

この香りには、キャッチーさは全く存在しない変わりに、永遠に色褪せない何者かがとぐろを巻いて待ち構えているのです。

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ハーブと戯れるすばらしくエレガントな香り


私は、女優としてある役柄を演じるたびにひとつの香りを選び出し、それだけをずっと身に纏います。そうすると役柄にスムーズに入り込むことが出来るのです。

演じると言うことは、旅に出ることにとてもよく似ています。そして、マリー・ボナパルトを演じたとき私は「ノワール エピス」を選びました。この香りのシナモン、クローブ、ナツメグ、サンダルウッドの軌跡が、力強い彼女のキャラクターと私自身への架け橋になったのです。

カトリーヌ・ドヌーヴ

カトリーヌ・ドヌーヴ(1943-)は、2004年にTV映画『プリンセス・マリー』でマリー・ボナパルト(フランス初の女性精神分析学者であり、ジークムント・フロイトの最大の理解者であり、ギリシャ大公妃)を演じました。

そして、この時に彼女はこの香りを身に纏い、役柄に没頭する手助けとしたのでした。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「ノワール エピス」を「スパイシー・ウッディ」と呼び、「ハーブと戯れるというすばらしくエレガントな方法で施されながらも、多くの「天然」フレグランスと違って、そのままハーブに飲み込まれることがない。ウッディロージーな残香は、以後に発売され、たいへん惜しまれた「ノンブル ノワール」をかすかに思い起こさせる。」

「傑出していて、スタイリッシュであり、天然の輝きをもっていながら、そこには合成木材やウッディアンバーにありがちな強烈な刺激がまったくない。エドモンとテレーズ・ルドニツカ夫妻のご子息ミシェル(天分に恵まれた写真家でもある)が創った美しいフレグランスであり、フレデリック・マルの製品の中では私のお気に入りだ。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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ミッシェル・ルドニツカとジャン=クロード・エレナ


40歳にしてはじめて香りを調香したというミッシェル・ルドニツカなのですが、グラースで生まれ育ち、7歳の頃から父エドモンの研究所を遊び場として、香りに触れ合ってきたという所が、並ではありません。

そんなミッシェルには、とんでもない大親友がいます。その人の名をジャン=クロード・エレナと申します。ミッシェルが18歳のとき、エレナと彼の将来の妻スザンナと初めて対面しました。そして、1975年に再会し、エレナから原材料のイラストを描いてほしいという依頼を受け、交流がはじまりました。

1980年代には、エレナは頻繁に父エドモンのもとを訪問するようになり、香りの芸術性について語り合う師弟関係となりました。

そして、1990年代にハーマン・アンド・ライマー(現シムライズ)のためにミッシェルがエレナと働く機会を得、より深く交流するようになり、1994年のミッシェルの結婚式において、エレナに介添人を務めてもらう程の親友関係になったのでした。

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香水データ

香水名:ノワール エピス
原名:Noir Epices
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ミッシェル・ルドニツカ
発表年:2000年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/7,920円、30ml/21,780円、50ml/27,720円、100ml/39,600円


トップノート:オレンジ、ローズ、ゼラニウム
ミドルノート:ナツメグ、シナモン、ペッパー、クローブ
ラストノート:サンダルウッド、パチョリ、シダー、バニラ