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マレーネ・ディートリッヒ

マレーネ・ディートリッヒ5 『嘆きの天使』1(3ページ)

マレーネ・ディートリッヒ
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100万ドルの美脚

マレーネ・ディートリッヒが神話になった瞬間。

この時、ラート教授の中で何かが弾けた!そして、今までの自分は死んでいたも同然であったことを知った!彼は堕ちたのではなく、登ろうとしたのだ!

20年代当時の娼婦御用達のズロース。

マレーネがベルリンのゲイボーイから引用したスタイルです。

トレードマークの極細の眉毛は、すでに完成されていた。

あくまでもクールビューティーではなく・・・

ローラ・ローラ・ルック2 アイコニック・ルック
  • トップハット
  • スパンコールが怪しく光る黒のタンクトップ
  • ひだつきの縁飾りのあるパンティ(ズロース)
  • シルクのガーターストッキングとサスペンダー
  • ハイヒールパンプス

(1987年に出版することになる自伝を書くにあたり、改めて本作を見たマレーネ)私は、気難しく、厚顔無恥、けれど思いやりも時々見せる役柄で、こんなすばらしい女優を目の当たりに見ようとは思いもしなかった。それは複雑な人物、つまり私自身ではない人物に生命を吹き込み、自然のままに無理なく演じている女優であった。どのようにしてスタンバーグがこの奇跡を成し遂げたのかわからない。

ローラの柄の悪さは他のすべての人の柄の悪さにぴったり合っていた。正直に言って、私自身、20年代の船乗り相手の女給を演じて大成功させた「女優」マレーネ・ディートリッヒに強い感銘を受けた。

マレーネ・ディートリッヒ

ファッション史上最も有名な映像である、ビア樽に腰をかけ、ガーターストッキングからのぞく太ももを露わにして、どこかぎこちなく「また恋してしまったの(Falling In Love Again)」を歌うローラ・ローラ。この瞬間(正確には1930年)、脚線美は、ファッションにおける一つの重要な要素になりました。

「スタンバーグが私に求めたのは低い声ではなく、鼻にかかった高い声だった」とマレーネが回想するこのシーンが素晴らしいのは、本作以後の出演作において、一分の隙もなく、女優ではなく、マレーネ・ディートリッヒという神話を演じることになる、マレーネが、唯一、女優しているところにあります。

「私は母国語であるドイツ語で演じることが、苦手だった」と言うマレーネにとって、この作品のこの不器用な雰囲気こそが、ただのクール・ビューティーではないマレーネの本質を示しているのです。プライベートの彼女ほど、これぞと思う男女に対して献身的な人はいなかったと言われています。そして、だからこそ、マレーネ・ディートリッヒは神話になりえたのでしょう。

エディット・ピアフの前に跪き、彼女のシューズを治すマレーネ。1952年ピアフの結婚式当日。

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マレーネが生涯手放さなかった「黒人人形」

童貞喪失した教授が抱きかかえていた黒人人形。

これはマレーネの私物でした。

実際、私は野心家ではなかった。だからこそ、その後始まるハリウッドでの何年かを切り抜けられたのであろう。私は常にやるべきことをやり、自分の置かれた境遇に満足していた。ドイツでの教育のおかげで、私は突如として名声を得ることができたのである。

その後も私はどんなに小さな優遇処置も求めずに、義務を果たした。それは己に課した自制の一つでもあった。私は人にどんなに小さな頼みごともしたことはなかった。・・・私は不幸と苦しみの中をくぐり抜け、そこから輝いて出てきたのである。

マレーネ・ディートリッヒ

マレーネは、ラート教授が、人生ではじめて女性のベッドルームで朝を迎える時に、抱きかかえている人形を、自ら所有していた〝黒人人形〟にしました。そして、それまで、彼女の自宅でほっぽりっぱなしだったこの人形は、マレーネが仕事で出かける時には、必ず持参するようになる守り神になるのでした。