アニエス・ベーを着るミスター・ホワイト

スーツをモードにするための提案。それはナロータイから始まること。

ナロータイが似合うスーツの条件は、ラペルが細いことです。

二人ともラペルが細いです。改めて見ると、ホワイトのスーツは、かなり若い男性向けの作りであることが分かります。

男のダンディズムを濃縮したかのような面構え。ホワイト役は最初からハーヴェイに決定していました。

黒のナロータイには、やはり白シャツが似合います。

ブラックスーツを着こなせた時、それは男として格上げされた時。
ミスター・ホワイト・ブラックスーツ
- アニエス・ベーのブラック・ウール・スーツ、シングル、スリム・ノッチ・ラペル、2ボタン、ノーベント
- ブラック・シルク・ナロータイ
- コットン・ドレスシャツ、胸ポケット付き、ワイド・スプレッド・カラー
- 黒のレザーベルト
- 黒のレザー・ブルーチャー(外羽根式)
- ゴールドのダイヤモンド・ピンキーリング
- ランバンのウェイファーラー風サングラス
ブラックスーツに身を包む6人の悪党。宝石店襲撃のために、お互いの素性を知らぬ筋金入りのプロの犯罪者達が集められ、それぞれにカラーをコードネームとして与えられるのです。そんなカラフルな名前を持つヤツラの服装が、ブラックスーツで統一されているところがまた面白いのです。
そんな彼らのブラックスーツはぱっと見た感じでは同じスーツに見えますが、それぞれが全く違うモノを着ています。更に、白いシャツもブラックタイもそれぞれが微妙に違うものです。実際の所、上下のセットアップのスーツを着ているのは、ホワイト(ハーヴェイ・カイテル)とブラウン(クエンティン・タランティーノ)だけです。
であるにもかかわらず、この5人のブラックスーツに統一感が生まれているように見えるのは、それぞれの体格に合わせたスタイリングがなされているからなのです。ここにファッションにおけるスタイリングの重要性が見えてきます。当時50代前半のハーヴェイは友人のアニエス・ベーから提供されたノーベントのジャケットを、シャープ過ぎないが、モード寄りの、20代の男性に似合うシルエットのものを見事に着こなしています。ちなみにアニエス・ベーはタランティーノの次回作『パルプ・フィクション』のジョン・トラボルタのスーツも手がけることになります。

ラコステのポロシャツ。こういうカジュアル・ファッションに身を包む男が、最も危険なヤツなのかもしれない。

『タクシー・ドライバー』のスポーツを髣髴とさせる、筋骨隆々の肉体が分かる白のクルーネックシャツ。

サングラスの似合う50代のオジサマの渋み。
10人中10人が惚れるミスター・ブロンド様

「焦ったぜ!あんた、リー・マーヴィンのファンだろ?」ブロンドがホワイトに言い放つセリフ。

本作で最も美味しい役柄を演じたのがミスター・ブロンドことマイケル・マドセンです。当初マドセン自身はピンク役を望んでいました。

ホルスター姿も決まりに決まっています。

白シャツはタイトではなく、80年代風のゆったりしたシルエットです。

スティーラーズ・ホイールの「スタック・イン・ザ・ミドル・ ウィズ・ユー」に合わせて踊りながら、拘束した警官の耳を削ぐブロンド。このシーンは、完全なアドリブです。ジェームズ・キャグニーを連想したという。

なぜ全員がブラック・スーツなのか?それは「匿名性」を生み出すという意味もありました。

これこそブラックスーツの完璧なスタイリング・サンプルです。

リー・マービンを知ってるか?
ミスター・ブロンド・ブラックスーツ
- サイドベンツのブラックジャケット、ノッチドラペル
- ブラック・ナロータイ
- C&R Clothiersのトラウザー
- 胸ポケット付きのホワイト・コットン・シャツ
- レイバンのウェイファーラー
- 少し高めのカウボーイ風ヒールブーツ
6人の中でブラックスーツが最も似合っているのは、ミスター・ブロンドを演じたマイケル・マドセン(1958-)であることに異論はないでしょう。マドセンは、北欧とアイルランドとネイティブ・インディアンの血がミックスされているのですが、イタリア男のような危険な色気に満ちています。彼は教えてくれます。ブラックスーツの美学とは省略の美学であるということを。
ちなみにブロンドの本名はヴィック・ベガと言い、『パルプ・フィクション』でジョン・トラボルタが演じたヴィンセント・ベガとは兄弟という設定なのです。

シルクのボーリングシャツ。典型的イタリアン・マフィア・スタイル。
「こいつオレをファックしようとしたんだ!」「犯ってやりたいが、とりこにしちまう」ミスター・ブロンドとナイスガイ・エディのこのやり取りこそ、ハーヴェイ・カイテルが最もお気に入りと挙げるシーンです。
ティム・ロスの出世作!

ハーヴェイ・カイテルの背中を見て、羽ばたいた男たちの挽歌。

かなりモードなタイト・シルエットのブラックスーツ。

サングラスはレイバンのクラブマスター。
ミスター・オレンジ・ブラックスーツ
- ブラック・ジャケット、ノッチド・ラペル
- ブラック・ジーンズ
- ブラック・ナロータイ
- 襟小さめのディオールオム風のホワイト・ドレスシャツ。左に胸ポケット
- ブラック・レザーブーツ
- レイバンのクラブマスター
ブラックスーツの魅力を、オシャレに鈍感な男たちにまで完膚なきまでに知らしめた所が、本作のファッション史における最大の功績です。ある種の映画のみが持ちうる力とは、ファッションに興味のなかった人たちに対して、ファッションの魅力を伝えることに出来るところにあります。本作のブラックスーツがまさにそれです。シンプルで分かりやすい提案だからこそそれだけストレートに入ってくるのです。ブラック・イズ・クールなんだという鉄則が。

「1986年のLAは〝マリファナ不況〟だったんだ」
毛沢東語録をかざす紅衛兵仕様の人民帽をかぶる黒人捜査官。こういう人を食ったファッションに身を包むキャラクターを登場させるのが、タランティーノ映画の醍醐味です。