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イヴ・サンローラン

【イヴ サンローラン】パリ(ソフィア・グロスマン)

イヴ・サンローラン
©YSL Beauté
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パリ

原名:Paris
種類:オード・トワレ
ブランド:イヴ・サンローラン
調香師:ソフィア・グロスマン
発表年:1983年
対象性別:女性
価格:50ml/11,000円、125ml/18,480円

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パリの香り。それはピンク・ピンク・ピンク!

「パリ」の広告には必ずエッフェル塔がいます。1985年 ©YSL Beauté

1986年 ©YSL Beauté

イヴ・サンローラン(1936-2008)は、パリよりもモロッコのマラケッシュを愛していました。そんな彼が、サンローランのパフューム部門のクリエイティブ・ディレクターであるシャンタル・ルースと街の名を冠した香りを作ろうということになり、1983年に生み出されたのが「パリ」でした。

当初、イヴは、「マラケッシュ」という名で、モロッコ産ダマスクローズを使用した香りを望んでいました。しかし、シャンタルは、マーケティング的には「パリ」の方が良いと、イヴを説得したのでした。

元CAのシャンタル・ルース。

かくして、ロマンスの都パリを愛する全ての女性に捧げるために創り出された、パリという街の持つ光と陰の魅力をあらゆる花々で表現したこの香りのコンペティションが始まったのですが、どの香りも、イヴとシャンタルの望んだ香りではありませんでした。

イヴにとって、パリの精神と言えば〝ラヴィアンローズ〟であり、愛らしいピンクのローズを中心に「パリ」を作り上げてもらいたかったのです。

シャンタルは、イヴに「ローズの香りはフランスでは売れない」と警告しました。「アメリカでは、「ティーローズ」(1972)と呼ばれる香水が売れたことはあります。しかし、フランスでは「ナエマ」(1979)が大失敗しました」。しかし、イヴはローズを求めたのでした。

「パリ」に私が求めたのは、ノスタルジックなムードです。

イヴ・サンローラン

ついにIFFのチーフ・パフューマーであり、「カボシャール」(1959)「アラミス」(1965)などの名香を調香してきたベルナール・シャンの登場となるのですが、彼の試作品もまたイヴを納得させることは出来ませんでした。そんな状況をベルナールから聞き及んだ、ひとりの無名のニューヨークの調香師が、「私のパリ」を生み出してやろうと野心的に試作品を作り上げていたのでした。

この無名の調香師の名をソフィア・グロスマンと申します。

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ソフィア・グロスマンの下剋上

2005年 ©YSL Beauté

1995年 ©YSL Beauté

1989年 ©YSL Beauté

私はすべての花々を愛しています。なかでもローズはもっともパフュームに適した花だと思います。それはとてもフェミニンで、花びらの香りが豊かで、とても若々しい匂いがします。

私は調香師学校でトレーニングを受けていないので、通常のローズアコードの作り方は知りません。ですがひとつだけ心がけているのは、常に色々なローズを生み出そうと考えています。

私の調香したすべてのフレグランスにはローズアコードが含まれています。それは必ずしも必要ではないのですが、アクセントを生み出してくれます。そして、私はそれぞれのフレグランスに絶対に同じローズアコードは使用しないのです。

ソフィア・グロスマン

のちに「ローズの魔術師」と呼ばれるようになるソフィア・グロスマン(1945-)は、旧ソ連のベラルーシで生まれました。15歳のときに家族と共にポーランドに移住し、1965年にアメリカに渡り、66年からIFFに勤務するようになります。

この香りのインスピレーションの源は、この香りのもう一人の主人公であるヴァイオレットのクリーミーな側面を見事に引き出したゲランの「アプレロンデ」(1906)でした。このクリーミーなヴァイオレットをソフィアは巧みにローズとブレンドしたのでした。

彼女は、メイローズとブルガリアンローズをブレンドし、多面的な魅力を、砂糖漬けされたヴァイオレットによって極限まで引き出していくために、232種のノート(100種類以上の花々)をブレンドし、白ではなく、赤でもない、ピンクの薔薇の花束を連想させる香りを生み出したのでした。

そして、1967年に発見されたブルガリアンローズの香気成分であるダマスコンを史上初めてローズ・アブソリュートにブレンドしたゲランの「ナエマ」から影響を受けていたソフィアは、「ピンクがかったレッドローズはダマスコンによって生み出される」という言葉と共に投入したのでした。

さらにもうひとつ革新的な合成香料を隠し味として使用しているのですが、この香料については後述することにします。

この「パリ」の試作品をソフィアが決定した逸話が実に面白いです。80年代前半のニューヨークはとても危険な街でした。ある夜、ソフィアは、「パリ」の試作品のひとつを腕につけてニューヨークの夜道を歩いていました。すると突然、一人の酔っ払いの男が、すれ違い様に、踵を返して追いかけてきたのでした。

小太りのソフィアは必死に走って逃げたのですが、そんな彼女の背中に向かって酔っ払いが一言叫びました。「あなたを追いかけてるんじゃないんです!もう一度あなたのその花の香りを嗅ぎたいと思っただけなんです!」と。

こうして、ソフィアが決定した試作品が、見事、イヴとシャンタルにより「パリ」として選ばれたのでした。ソフィアとイヴ・サンローランは、生涯で一度も会うことはなかったのですが、この香りの成功により、彼女は、フレグランス界の女帝の地位へと駆け上がることになるのでした。

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反則でしょ?と言いたくなるほどに素敵なローズ

ルーシー・ド・ラ・ファレーズ、1990年 ©YSL Beauté

ルーシー・ド・ラ・ファレーズ、1998年 ©YSL Beauté

ダニエラ・ウルツィ、ジャン=ポール・グード、1998年 ©YSL Beauté

トップノートから二種類のローズが弾けます。それはレモンにより爽快感を与えられたメイローズと、ベルガモットによってスパイシーでムスキーな側面を引き出されたブルガリアンローズです。そこにダマスコンが加えられ、ローズはきらめきと華やかさを同時に併せ持ちます。

やがてイオノンによりクリーミーな側面を強調したヴァイオレットと、パウダリーなアイリスが現れ、淡いピンクローズをより魅力的に花咲かせます。

この香りの恐ろしさは、この後からはじまります。ローズーヴァイオレットーアイリスの背景に、豪華絢爛たるジャスミン、ミモザ、百合、スズラン、イランイランなどが咲く誇るフランス庭園を作り上げているのです。

そして、ドライダウンは、サンダルウッドとムスクを、当時としてはかなり珍しい合成香料イソEスーパー(この香料が有名になったのはディオールの「ファーレンハイト」から)によって、ロマンチックなソーピーな温かみで包み込んでいきます。

生花になり過ぎず、盛りすぎず、可愛いくなりすぎず、反則でしょ?と言いたくなるほどに「イイ女」の香りを演出してくれるローズです。

イヴ・サンローランが所有する18世紀のムラーノ・グラスからインスパイアされたボトル・デザインは、(「ロー ドゥ イッセイ」も手がけた)アラン・ド・ムルグ(ピエール・ディナンの下で、「オピウム」のボトルを作った)によりデザインされました。

それは、イヴ自身が熱望した〝パリの街の灯り〟のように煌めくクリスタルボトルであり、〝若々しさ、幸福感、あふれんばかりの情熱〟を感じさせるようにダイアモンドカットが施されています。特に黒いキャップのトップにあるコーラルピンクが印象的です。

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イヴのオートクチュール・コレクション

©SAINT LAURENT

©SAINT LAURENT

ちなみにこの香りの発売と同時期にイヴ・サンローランは、1983/84秋冬のオートクチュールコレクション「パリ」を1983年7月26日に発表しました。この時に話題になったのが、ピンクのサテンリボンドレスでした。

イヴ・サンローラン1983-84FW、1983年7月26日。©SAINT LAURENT

タニア・サンチェスは『世界香水ガイド』で、「パリ」を「騒がしいローズ」と呼び、「ファッションや音楽に同様、80年代にはフレグランスも空前の誇張レベルに同調した。つまり、肩パッドは巨大で、ヘアスタイルは髪を逆立てて大きく、音楽はメッセージ性が乏しくて、そして、香水はとにかくきつかった。」

「今日に至るまで、香水は嫌いだとたくさんの人たちが思い込んでいるのは、「プワゾン」「オピウム」「ジョルジョ」「パリ」といった系統しか記憶にないせいだし、これらは各調香師のローズの絶頂期(もしくはどん底、どの角度から見るかによる)の作品だ。」

「このフレグランスについて語ると、フルーティで、パウダリーで、そして、ウッディが一度に香るすばらしい原料イオノンで構成されたローズだということ。紙にパリを吹き付けると、とても強烈で濃厚な、ワインのような香気を発散する。単一花香よりも巨大な花束の香りが漂う。どこかの花屋が一本の花を中心に、花弁をイメージして何本も束ねて作った、キャベツ大のフランケンシュタイン級ローズのブライダルブーケが目に浮かぶ。」

「一時間もすればようやく息もでき、甘くてウッディなノートに包まれる中、代替のきくピンクとグリーンがシルクのリボンのように長い光のすじを走らせているのが目に入る。つまり柔らかなパウダリーミモザと、鋭いフルーツ様のグリーンが漂う。」

「偉大なソフィア・グロスマンがこの構成を作り出すことで、とくにこの系統の分野に確かな終わりを刻む。終着点をこえ、もっとあざやかで、迫力があって、さらに複雑なローズを作り出すのは不可能なこと。ここから先は加えるのではなく、そぎ落とすことだけが新しいものをうみだす道。」

「この香水は、光り輝く優美なモンスター。この作品をデパートではじめて見かけ、たいして何も考えずにつけたときは、通りですれ違う人や会社のエレベーターでみんなが私から遠ざかっていった。それを目の当たりにして、私は自分が公共の場で重大なミスを犯してしまったと思った。買うべきだけれど、つけるなら自分の身が危険にさらされたとき。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:パリ
原名:Paris
種類:オード・トワレ
ブランド:イヴ・サンローラン
調香師:ソフィア・グロスマン
発表年:1983年
対象性別:女性
価格:50ml/11,000円、125ml/18,480円


トップノート:ミモザ、オレンジ・ブロッサム、グリーンノート、ローズ、カッシア、サンザシ、ヒヤシンス、ベルガモット、ナスタチウム、ゼラニウム
ミドルノート:リリー、ヴァイオレット、ニオイイリスの根茎、ジャスミン、イランイラン、スズラン、ライム・ブロッサム、ローズ
ラストノート:アイリス、サンダルウッド、アンバー、ムスク、オークモス、ヘリオトロープ、シダー