すずろ
原名:Suzuro
種類:オード・パルファム
ブランド:資生堂
調香師:不明
発表年:1976年
対象性別:女性
価格:30ml/51,700円
紫式部の『源氏物語』の〝すずろに悲し〟より。
彼女の美しさは化粧ではなく『気粧』の美しさである。
中村誠(資生堂アートディレクター)
資生堂という化粧品ブランドは、1872年に、現在東京銀座資生堂ビルがある銀座8丁目角に、「資生堂薬局」が福原有信氏により創業されたことからはじまります。明治維新の僅か4年後のことです。
そして、写真家でもある息子・福原信三氏により、1927年に株式会社資生堂となり、当時としては非常に珍しい彼自身のヨーロッパやアメリカでの経験を下に、芸術性とファッション性を美容の世界に融合させるという世界でも稀有なブランド戦略を行ったのでした。
1964年にアメリカとヨーロッパ向け香水として「ZEN(禅)」が発売され、世界に向けて『日本の美』を発信していく流れがはじまりました。一方、日本国内では、ハーフの日本人モデルがもてはやされるようになり、欧米の美しさに対する憧れがピークに達していました。
そんな時代の真っ只中である1973年に、日本人形のような山口小夜子様と専属モデル契約(1986年まで)を結ぶことになったのでした。つまりは、欧米かぶれする日本中の女性だけでなく、世界中の女性に対して、〝新たなる美の基準=日本女性の美〟という爆弾を投下したのでした。
専属モデルとして活躍している3年後の1976年に、小夜子様のお写真と〝恋がつもって咲かせたかほりは何色ですか〟というキャッチコピーと共に登場した香水が、資生堂の至純至高の精髄として生み出された高級香水「すずろ」です。
「すずろ」とは、〝そぞろ〟の古語からとられた香水名です。それは紫式部の『源氏物語』の中に現れる「いみじく泣くのを見給ふも、すずろに悲し」や、『紫式部日記』の中で清少納言との確執を想わせる「艶になりぬる人は、いとすごうすずろなるをりも、もののあはれにすすみ」といった、紫式部が、極めつけの一文で使用していた、彼女が愛した古語のひとつでした。
花々が万葉の和歌を詠むように香りを放ちます。
横須賀さんはつねに空間に漂う「気配」を求めていたように思います。山口小夜子という存在がふっと消えて、光と影のなかで余韻だけが残るような瞬間、その時にシャッターを切る音がしました。被写体の裏側にあるものを、ずっと追っていたのだろうと思います。
山口小夜子
〝銀波香る感性の極〟と銘打たれたこの香りは、切れ長のスモーキーアイを閉じている日本人形が傍にいる情景からはじまります。
ベチバーとパチョリ、モスがはんなりと清流の水のように肌の上にポタポタと落ちてゆきます。まるで墨汁をつけた毛筆を和紙に走らせるように、アーシィかつスパイシーな香りであなたの心が満たされたころ、ジューシーかつビターな柑橘の香りも加わり、「すずろ」は、〝安倍橘の苔生すまでに〟なるのです。
そして、どうやら日本人形の視線が生きていることにあなたは気づくのです。着物の衣摺れの音が遠くから聞こえてくるように、グリーンノートが、まろやかに注ぎ込まれ溶け込み、古の気品と懐かしさに包まれてゆくのです。
「この香りを調香した人は日本人なのではないでしょうか?」とふと考えてしまうほど、すべての香料が、フランス香水の香料と同じであっても、日本の香りがするのです。
やがて、花々が万葉の和歌を詠むように、和紙で折ったような繊細な花々が綻び開いてゆくことがわかります。緑色めくヒヤシンスと、軽やかに甘やかなローズとジャスミン、ハニーパウダリーなミモザの香りが、それぞれ決して出しゃばらず、邪魔をせず、しんしんと、華やかに香りを放つのです。
と同時に、はっきりと日本人形のスモーキーアイが開くのです。獣が鋭く咆哮する、ダークに酔わせるような黄水仙とソーピィーなアルデハイドの到来です。
さあ、花は散り、あなたの恋は積もり、生きた日本人形のグリーンフローラルシプレの幽玄さに、和の持つ恐れと慄きと憧憬を感じながら、すべては透き通るようなヒカリゴケのように、はかない閃光=ムスクと共に消えゆくのです。
ボトルと円筒の「すずろ」の文字は、町春草(まちしゅんそう、1922-1995)により書かれたものです。1985年にはフランス芸術文化勲章を受賞しており、世界に日本の書道を広めた方です。
香水データ
香水名:すずろ
原名:Suzuro
種類:オード・パルファム
ブランド:資生堂
調香師:不明
発表年:1976年
対象性別:女性
価格:30ml/51,700円
シングルノート:ヒヤシンス、アルデハイド、グリーンノート、ベチバー、黄水仙、ローズ、モス、シトラス、ベンゾイン、ジャスミン、ミモザ、ムスク、オレンジフラワー