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『仁義の墓場』Vol.2|渡哲也と堕天使・芹明香

その他
その他和を知る女性目線の男磨き深作欣二
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渡哲也のトレンチコート・スタイル。

一月の寒いときに素足に雪駄を履いて、出番を待つあいだもじっと立ってるんです。「椅子はないのか、椅子は」とスタッフに言ったら「椅子は持ってくるなと渡さんから言われてますから」「何を言ってるんだ。病人なんだよ」(笑)終りのほうは点滴を打ちながらですよ。

深作欣二

渡哲也は、はじめての東映での撮影ということで、撮影中は、決して椅子に座らなかったと言われています。その頑なな姿勢が、結果的に、彼自身の健康を蝕んでいくのですが、健康と引き換えに、《ただただ破滅に向かって突き進んでいく》石川力夫という存在が、乗り移る結果を生み出したのでした。

そして、この作品の後に、1975年3月に念願の高倉健との『大脱獄』での競演、そして、『県警対組織暴力』での菅原文太との競演(結局、松方弘樹が演じることになる)する予定だったのですが、強制入院をするほどの体調の悪化により、これらの仕事は降板せざるを得なくなったのでした。

それにしても、決してメンズ・ファッション誌には取り上げられることのない実録ヤクザ映画から生まれたファッション・アイコンたち=菅原文太、松方弘樹、渡哲也の三人。彼らが最も輝いていた70年代のトレンチコート姿は、アラン・ドロンに匹敵するカッコよさがありました。

炎の中でトレンチコートを着るスチール写真。

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石川力夫 スタイル3

トレンチコート
  • グリーン・トレンチコート、エポレット
  • 太い赤と白のドットストライプのブラックスーツ、太いピークドラペル、ダブル
  • パイソンベルト
  • 白のピンドットのブラックシャツ
  • 白のダボシャツ
  • ブラウンの腹巻
  • ティアドロップ・サングラス
  • 黒のレザーシューズ

石川力夫の出所を迎える二人の仲間。そして、そっとトレンチコートが肩にかけられる。

トレンチコートとは、東映ヤクザにとって、兄貴としてのステイタス・ファッションでした。

そして、トレンチコートを肩がけにして佇む石川。

小花柄のシャツに黄色のカーディガン姿の地恵子に、みかんを投げる石川。

すごい襟のピンストライプ・シャツ。

深作欣二にとってトレンチコートとは、ヤクザのために作られたようなものでした。

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石川力夫にとっての堕天使=芹明香光臨

和製『シド・アンド・ナンシー』。釜ヶ崎の安宿で、老人が位牌に手を合わせている隣で、キマっている二人のシュールな絵。

芹明香には、セピア色がとても似合う。

演技するのではなく、本物の姿を見せつけた人。

石川力夫を死神にした女性に相応しいその存在感。

(芹明香が)ヨロヨロの最中に撮影したんだけど、いい気持ちになって寝そべってくれと言ったら、何ともええ格好して寝そべるんだよね。・・・彼女は、芝居自体も薬でさまよいながらという感じだったから。誰も彼女に素面の芝居を要求しなかったんじゃないかな。そこらへんが不埒ですよね。

深作欣二

組長に瀕死の重傷を負わせ、十年間の関東所払いを食らい、大阪に移った石川力夫が、シャブ中になるきっかけを作る女性として登場するのが<(秘)色情めす市場>の芹明香(1954-)です。「アレよりもナンボかええで」というセリフがここまで似合う女優はなかなかいない。

「200円。こっちと両方で400円。よっしゃわてが打ったるわ」。こうして石川力夫の死の扉は開かれたのでした。そして、翌年、現実において、芹明香は覚醒剤取締法で逮捕され、女優としてのキャリアは終焉を迎えてしまうのでした。

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石川力夫に地獄へと引き摺られていった女・地恵子

多岐川裕美は、1974年に『聖獣学園』でデビューしたばかりでした。

赤色の長襦袢の柄さえも、どこか儚い・・・

70年代の多岐川裕美の圧倒的なうつくしさ。

地恵子という女がいますね。彼女が自殺した日はわかっている。ところがその一週間前に籍が入ってるんです。誰が入れたんだと思うけれど、これもわからない。そのころ石川は保釈で出て、麻薬中毒だから、女のところへ行ったんでしょう。それで結婚して、入籍の一週間後に女は自殺しちゃった。

深作欣二

あとで聞いたら、地恵子という女は最初、梅宮辰夫がやった兄貴分の女だったというんです。あの兄貴分と石川力夫は愚連隊時代につるんでいたわけで、そのころ兄貴分の女だったのを、石川力夫が博奕で取っちゃって、ずっとそのまま。映画でそういう話になっていないのは当然で、封切が終わってから浅草あたりのやくざに初めて聞いた(笑)。最後に出てくる墓は本物ですけれど、その墓に女と兄貴分の名前が一緒に刻まれているのは別の意味もあるということになりますよね。

深作欣二

多岐川裕美(1951-)が演じた地恵子の存在の不気味さ。彼女自身の意志をあまり感じさせず、石川の人形のような女として生き、最後は全てに絶望して自殺する救いようのなさが、石川力夫が、破滅へのカウントダウンを切って行く十分な説得力を生み出しています。

この作品の特異な所は、「理屈をつけたらこういう話はおしまいなんだから。」という深作欣二の一言に集約されているのです。

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石川力夫にとってのもう一人の堕天使=田中邦衛

実は石川力夫よりも相当やばくて、しぶとそうなのがこの男・小崎勝次。

あの田中邦衛の人物っていうのも、また訳がわからないんです。あれは裁判調書を見たら、石川力夫が兄貴分を殺したときは一人なんだけれど、その前に揉めたときは二人いるんです。「誰なんだ、これは」(笑)。それで「石川が動き回ったのはどこなのか調べに行ってくれ」と言ったら「撮影のスケジュールからして、もうそんなことをしている時間がない」(笑)。大阪で知り合ったことは調書にでてくるんですけれど、そのほかは何も分からないんです。前橋のほうにいた男で、どこに服役したのかわからず、行方不明。それじゃしょうがないと。何か異様ですよね。

深作欣二

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「俺は風船玉みたいな男なんだ」

これぞ東映スタイル。角刈りとグラサンの美学。

角刈りは、パンチパーマより遥かに美意識に秀でたヘアスタイルでした。

物語の中盤以降は、ゴルゴ13ばりに、ほとんど話さなくなる石川力夫。

最初から最後まで一貫して身に着けているのが、サングラスと蛇柄のベルトだ!

墓石の水鉢の水を使ってシャブを打つ死神・力夫。

凄まじい形相で、襲われる力夫。ジャケットの裏地が真っ赤だということが分かる瞬間。

そして、風船は飛んでいきました!

私も手放しでこの映画のファンだ。が、それを言うのは非常にくやしい。こんな破滅的な人間像は認めたくないのだ。しかし、映画史に残る傑作であるのは間違いない。・・・もう一度言う。嫉妬を覚えるほど、大好きな映画だ。

高田宏治(『極道の妻たち』シリーズの脚本家)

石川力夫は1956年2月2日に、服役中の府中刑務所屋上から飛び降り自殺しました。独居房の壁には、辞世の句として「大笑い三十年の馬鹿騒ぎ」と描かれていました(これは深作の創作ではなく真実だった)。このシーンで飛び降りた力夫が、地面に衝突した瞬間にドバッと血の池が飛び散るのが妙な様式美に満ちています。

しかし、この作品における何よりも有名なシーンは、地恵子の骨壺の骨を齧るシーンです。このシーンの力夫は、もはやこの世の生き物ではない餓鬼のような形相です。そんなこの男の狂気は、彼自身の墓石に集約されているのです。

彼の墓石には、自分自身の名前と、1949年10月8日に殺した兄貴分の今井幸三郎の名が記されています。そして、墓石の違う面一面に『仁義』と刻まれているのですが、それよりも異様なのは、さらに別の一面に刻まれている石川力夫の命日なのです。なんと彼自身も石川と同じ日に死亡したことになっているのです。つまり、石川力夫は、シャブ中毒の反動で兄貴分を殺してしまい、もはや自分自身も死んだものだと考えていたのです。

最愛の人々を不幸に追いやってしまう死神・石川力夫。この作品が21世紀の今でも愛されている理由は、渡哲也という役者と、深作欣二という監督の人間的な大きさによる部分が多いでしょう。それが21世紀にリメイクされた『新・仁義の墓場』(2002)との明確な違いです。自滅していく男の哀愁を描く姿勢と、ただふざけた姿勢で映画を自滅させていく姿勢の違いです。

作品データ

作品名:仁義の墓場 (1975)
監督:深作欣二
衣装:長谷稔
出演者:渡哲也/梅宮辰夫/多岐川裕美/田中邦衛/芹明香

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