和を知る

『仁義の墓場』2 日本の美23 (2ページ)

    作品名:仁義の墓場 (1975)
    監督:深作欣二
    衣装:長谷稔
    出演者:渡哲也/梅宮辰夫/多岐川裕美/田中邦衛/芹明香

    渡哲也のトレンチコート・スタイル。

    石川力夫の出所を迎える二人の仲間。そして、そっとトレンチコートが肩にかけられる。

    トレンチコートとは、東映ヤクザにとって、兄貴としてのステイタス・ファッションでした。

    そして、トレンチコートを肩がけにして佇む石川。

    小花柄のシャツに黄色のカーディガン姿の地恵子に、みかんを投げる石川。

    すごい襟のピンストライプ・シャツ。

    炎の中でトレンチコートを着るスチール写真。

    深作欣二にとってトレンチコートとは、ヤクザのために作られたようなものでした。

    石川力夫ルック3 トレンチコート
    • グリーン・トレンチコート、エポレット
    • 太い赤と白のドットストライプのブラックスーツ、太いピークドラペル、ダブル
    • パイソンベルト
    • 白のピンドットのブラックシャツ
    • 白のダボシャツ
    • ブラウンの腹巻
    • ティアドロップ・サングラス
    • 黒のレザーシューズ

    一月の寒いときに素足に雪駄を履いて、出番を待つあいだもじっと立ってるんです。「椅子はないのか、椅子は」とスタッフに言ったら「椅子は持ってくるなと渡さんから言われてますから」「何を言ってるんだ。病人なんだよ」(笑)終りのほうは点滴を打ちながらですよ。

    深作欣二

    渡哲也は、はじめての東映での撮影ということで、撮影中は、決して椅子に座らなかったと言われています。その頑なな姿勢が、結果的に、彼自身の健康を蝕んでいくのですが、健康と引き換えに、《ただただ破滅に向かって突き進んでいく》石川力夫という存在が、乗り移る結果を生み出したのでした。

    そして、この作品の後に、1975年3月に念願の高倉健との『大脱獄』での競演、そして、『県警対組織暴力』での菅原文太との競演(結局、松方弘樹が演じることになる)する予定だったのですが、強制入院をするほどの体調の悪化により、これらの仕事は降板せざるを得なくなったのでした。

    それにしても、決してメンズ・ファッション誌には取り上げられることのない実録ヤクザ映画から生まれたファッション・アイコンたち=菅原文太、松方弘樹、渡哲也の三人。彼らが最も輝いていた70年代のトレンチコート姿は、アラン・ドロンに匹敵するカッコよさがありました。

    石川力夫にとっての堕天使=芹明香光臨。

    和製『シド・アンド・ナンシー』。釜ヶ崎の安宿で、老人が位牌に手を合わせている隣で、キマっている二人のシュールな絵。

    芹明香には、セピア色がとても似合う。

    演技するのではなく、本物の姿を見せつけた人。

    石川力夫を死神にした女性に相応しいその存在感。

    これはどう見ても芝居じゃないでしょ?

    (芹明香が)ヨロヨロの最中に撮影したんだけど、いい気持ちになって寝そべってくれと言ったら、何ともええ格好して寝そべるんだよね。・・・彼女は、芝居自体も薬でさまよいながらという感じだったから。誰も彼女に素面の芝居を要求しなかったんじゃないかな。そこらへんが不埒ですよね。

    深作欣二

    組長に瀕死の重傷を負わせ、十年間の関東所払いを食らい、大阪に移った石川力夫が、シャブ中になるきっかけを作る女性として登場するのが<(秘)色情めす市場>の芹明香(1954-)です。「アレよりもナンボかええで」というセリフがここまで似合う女優はなかなかいない。

    「200円。こっちと両方で400円。よっしゃわてが打ったるわ」。こうして石川力夫の死の扉は開かれたのでした。そして、翌年、現実において、芹明香は覚醒剤取締法で逮捕され、女優としてのキャリアは終焉を迎えてしまうのでした。



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