ジャンヌ・モローが歩き、フランス映画とモダン・ジャズが出会う。
マイルス・デイヴィス(1926-1991)の登場です。この作品に欠かせない要素の一つ。それはモダン・ジャズの存在です。1955年に結成されたマイルス・デイヴィスのクインテットの一員として活躍したジョン・コルトレーン(サックス)とフィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラム)が麻薬中毒のため演奏が出来なくなり、不本意な来仏公演を終えたマイルスは、当時の恋人ジュリエット・グレコに癒しを求め、1957年秋から冬にかけてパリに長期滞在していました。
ルイ・マルはそんなマイルスに目をつけ作曲を依頼しました。映画のラッシュを見て即興で音を作ったという伝説は、実際のところ、マイルスが本作のラッシュを2回見た後(マイルスが最も印象に残ったのがリノ・ヴァンチュラの芝居だったとコメントしている)ホテルの自室に閉じこもり練り上げられたものでした。そして、3日後の1957年12月5日に午後11時から朝の5時まで、シャンパン持参で駆けつけてきたシャネルスーツに身を固めたジャンヌ・モローの見守る中、綿密に音合わせが繰り返され、完成したのでした。
私がそこでしたのは、飲み物を作って出すことだけでした。
ジャンヌ・モロー
ジャンヌ・モローの左眉が上がる時。
ジャンヌ・モロー・ルック1 シャネル・スーツ
- シャネルのダークカラーのスカートスーツ。ラペルは白
- スウェードハイヒールパンプス。スティレットヒール
ジャンヌ・モローがピエール・カルダンに出会う前、彼女はシャネルのスーツの崇拝者でした。いかにも上流婦人なスーツの着こなしで、公衆電話で愛人と愛を囁き合う姿から物語は始まります。情熱的でありながら、虚ろな視線の不思議さ。そして、左眉が上がる瞬間。この男が、夫がいる女に愛されている歓びに浸っていることが理解できます。こんな女に愛されたらなんでもしてしまいそうな危険な説得力がここには存在します。
ハイヒールの上で足が震える・・・
女性が歩くのを見るのが好きだった。ジャンヌが歩くのを見ると心がときめいた。歩くとき彼女の足はハイヒールの上でちょっぴり震える、それが緊張と不安定を伝えるのだ。
ルイス・ブニュエル
ぼくらはジャンヌの顔を化粧で隠すのではなく、彼女の持ち味を生かそうとした。長いことメイクアップ・アーティストたちに必要以上に顔を塗りたくられて、むりやり型にはめられてきた彼女が、突然生きた女になったんだ。夜のシャンゼリゼをショーウインドウの明かりだけに照らされて歩くシーンの彼女はとくに美しいと思う。あのシーンには、彼女の心が表れている。
ルイ・マル
夜のサン=ジェルマン=デ=プレを彷徨うジャンヌ・モロー。シャネル・スーツを雨晒しにして歌うように呟きながら、台詞はほとんど省略し、まだ来ぬ不倫相手を待つ焦燥感を、ただ歩くという行為と、そこに流れるマイルス・デイヴィスのジャズで表現するシーン。ジャンヌとマイルスが共犯関係になり得たからこそ成立した奇跡の空間がそこにあります。
時に岡田茉莉子を髣髴とさせる少女のような表情で、亡霊のように、車道を横断し、全速力の車の間から姿を表す時のジャンヌ・モローの足は間違いなくハイヒールの上でちょっぴり震えていました。