ファーストコレクションで、〝スター・イズ・ボーン〟と!

モデル:アイヴィ・ ニコルソン。ビッグ・スリーブ・コート。ネイビー・ウール。ラッフル・カフス。 ガルボハット。『LIFE』 1952-53年AW。

モデル:アイヴィ・ ニコルソン。レース・プリーツ・ボールドレス。1952年SSショー。

ベッティーナ・グラツィアーニとアイヴィ・ ニコルソン。 1952年SS。

モデル:アイヴィ・ ニコルソン。ボールドレス。『LIFE』。1952年SS。

モデル:アイヴィ・ ニコルソン。スカートと7分丈スリーブと強調されたカフスのブラウス。1952年SS。
ユベール・ド・ジバンシィは、第二次世界大戦が終わり、地味な戦時中の服装から解き放たれた人々は、華やかな装いを求めているがしかし、従来のオートクチュールの価格帯では大衆には手が届かないと考えていました。貴族社会における装いという概念から、大衆がおしゃれを楽しむという概念に、ファッションは転換していくだろうと感じていたジバンシィは、クールシックというスタイルを自分のブランドの中心にすえることにしました。
そして生まれたのが、コットン素材の上品なシルエットのブラウスと軽量なスカートで構成される〝セパレーツ”です。タイトな予算の中で、男性用のワイシャツ地で作られたドレス。今まで、カジュアルさをオートクチュールに持ち込むデザイナーは、存在しませんでした。色と生地の欠落が、ユベールの世界的な成功につながりました。カラー・バリエーションがないので、逆に色々なアンサンブルを楽しめ、クールでシックだと、人々に感じさせるのです。
一方、ブランドのスパイスとして、妙なアクセサリーやハットを発表しました。クールシックの真髄は、堅苦しさとは相反する〝ヌケ〟の遊び心の絶妙なバランスにあるのです。ファーストコレクションに対して、ニューヨークタイムズ誌は「スター誕生」と書き、フィガロ誌は「ファッション界の〝アンファンテリブル(ジャン・コクトーの恐るべき子供たちより)〟」とユベールを評しました。ヴォーグ誌は、「信じられないほど素晴らしいコレクションだった」と絶賛しました。ベッティーナの活躍もあり、なんと初日に、2万ドルの売り上げを上げたのです。
ルネ・グリュオのファッション画の援護射撃

ルネ・グリュオによる『ベッティーナ・ブラウス』画。

ベッティーナをデッサンするルネ・グリュオ。
クリスチャン・ディオールが、ニュー・ルックを発表したのが、1947年2月でした、ディオールを創立した46年12月以来、クリスチャン・ディオール社の全てのポスターを手がけていたのが、ルネ・グリュオ(1909-2004)でした。内気で、社交的ではなかったクリスチャン・ディオールの大親友にして、バレンシアガやランバンとも親密な関係を築いていたルネが、ファースト・コレクションのファッション・イラストを描いてくれることになりました。
1950年代において、ファッション・イラストが、大衆に与える影響はとても強く、この2枚のイラストの存在が、速やかに人々にジバンシィは、ディオールと同格のファッション・ブランドなんだと印象付ける役割を果たしたのです。

モデル:ジジ。スリーブレス・スカート。スカート。アコーディオン・プリーツ・サッシュ。1952年SS。

モデル:ソフィー・マルガ。タウン・スーツ。白のオーガンジー・スカーフをレイヤードする。1952年SS。

モデル:ソフィー・マルガ。1952年SS。

モデル:ソフィー・マルガ。白のオーガンジー・ブラウス。ワイド・スリーブ。扇形のプリーツに覆われた深いデコルテ。1952年SS。

モデル:シェリー・ネルムス。オフショルダー、シャツ地にラッフル状に包まれたケープとチャコール・オーガンザ・ドレス。ウエストに飾りリボン。『ハーパース・バザー』1952年4月号。

モデル:アン・ガニング。スカイブルー・ブラウス。ボートネック。ひだ飾りのヘム付き白スカート。1952年SS。

モデル:デッラ・オーク。1952年SS。バレンシアガのミューズ。

トマト柄のコットン・ドレス。1952年SS。

ブラック・ウール・スーツ。カラーレス・ジャケット。ボタン周りにしろタブ生地。〝麗しのサブリナ〟のジャジー・スーツの原型。1952年SS。

広がったスリーブのシャツに、パンツ・ルック。1952年SS。

ベルト付きジャージーシース。1952年AW。