華麗なる中年男のカジュアル・ダウンの教科書
中年男の魅力は、細部に宿ります。そういう意味においては、ピアース・ブロスナンの演じた先代のジェームズ・ボンドは、不必要なまでにスーツスタイルで徹底していたので野暮ったさを感じさせる瞬間がありました。
ダニエル=ボンドは、ファッションに細心の注意を払っているにもかかわらず、そういった雰囲気を見せないところが、若い女性にとって、中年男のゆとりを感じさせるのでしょう。
オンオフの切り替えこそが、ジェームズ・ボンドの魅力であり、そういう意味においては、歴代ボンドの中でも、ダニエル=ボンドはオフスタイルもずば抜けて決まっています(歴代ボンドは、オフスタイルになると急に拍子抜けする時が少なくなかった)。
そこに、魅力的な悪党、ウィットに富んだ脚本、色気のあるボンドガール、秘密兵器が組み合わされば鬼に金棒なのです。ボンドムービーに小賢しいリアリズムなぞ必要ありません。水資源を独占しようとする悪党など、わくわくしないのです。どこまでもアンチ・リアリズムでもう一度宇宙まで飛んでいって欲しいのです。

Y-3のウォータープルーフ・モーターサイクル・ジャケット。
21世紀のスティーブ・マックイーン

スティーブ・マックイーンを髣髴させるバイク・シーン。

バイクは、モンテッサ・コタ4RTです。
このシーンは、全てがスティーブ・マックイーンへのオマージュに満ち溢れています。チャッカブーツを履いて、スポーティーなブルゾンを着て、バイクに跨る姿。
この姿があったからこそ、ダニエル・クレイグは21世紀の「キング・オブ・クール」の地位を継承するに至ったのでした。
ジェームズ・ボンド・スタイル3
スティーブ・マックイーン・スタイル
- サンスペルのダークネイビーのリヴィエラ・ポロシャツ
- クリーム色のリーバイス306 STA-PREST(スタプレ)ジーンズ、スリムフィット、ジップフライ
- チャーチのダークブラウン・スウェードのライダーⅢ、ラバーソール
- プラダのブラック・サフィアーノ・レザーベルト
- Y-3のポリエステルのウォータープルーフ・モーターサイクル・ジャケット、ブラック
- オメガのシーマスター・プラネット・オーシャン・600mコーアクシャル・クロノメーター
- トム・フォードのサングラス、TF108アビエーター

ボンド・ムービーにリアル・ファイトを求めない。

サンスペルのポロシャツを着て、壮絶な肉弾戦をするボンド。その瞬間、『ボーン・アルティメイタム』を見ているのだろうかと考えてしまいました。

トップスがブラックかネイビーであるならば、パンツは白かクリームを持ってくるのが、ファッションの常套手段です。

Y-3とは、アディダスとヨウジヤマモトのコラボブランドです。

レイヤードの雰囲気が最高です。
『ドクター・ノオ』を愛したスパイ。

『007 リビング・デイライツ』(1987)以降、ショールカラーのタキシードを着なかったジェームズ・ボンド。

バットウイングのようなボウタイに注目!
ここで、ショーン・コネリーの『007/ドクター・ノオ』(1962)のタキシードに対するオマージュが現れます。これこそが、ダニエル・クレイグの果たしたかった野望その二(キング・オブ・クールに続く)だったのです。
全く同じファッションを、現代の最先端のシルエットで着こなすことにより、初代ジェームズ・ボンドであるショーン・コネリーから21世紀のジェームズ・ボンドの称号を継承したのでした。
ダニエル・クレイグという俳優は、トム・フォードというデザイナーのチョイスといい、後の作品におけるブルネロクチネリのチョイスといい、カジュアルなスタイルがスーツ・スタイル並みにカッコ良い所といい、クリスティアーノ・ロナウド並みの引き締まった肉体管理といい、自分のスタイルをどんどん創造していくセンスに長けた人です。
ジェームズ・ボンド・スタイル4
タキシード
- トム・フォードのミッドナイトブルーのタキシード、一つボタン、ショールカラー、サイドベンツ、モヘア・カシミヤ・トニック
- トム・フォードのフロントプリーツシャツ、ダブルカフス、スプレッド・カラー
- トム・フォードのバットウィング・スタイルの黒のボウタイ
- リネン・ポケット・ハンカチーフ
- チャーチのフィリップ、ブラックカーフレザー、カップトゥ・オックスフォード

ディテールが分かりやすい白黒写真。

このシルエットのカッコ良さこそ、トム・フォードの真骨頂です。
悪党たちのファッション・ブランドは何か?

カトラー・アンド・グロスの0425

アナトール・トーブマン

クロム・ハーツのネックレス。

グッチのホースビットローファー、ブラウン・スエード。
ドミニク・グリーンを演じたマチュー・アマルリックの衣装はヨウジヤマモト(Y-3)、部下のエルヴィスを演じたアナトール・トーブマンは、グッチを着て、ジュエリーはクロム・ハーツをつけています。
カルロス大佐に扮するフェルナンド・ギーエン・クエルボが付けているサングラスが、実に珍しいヴィンテージ・サングラスです。その名もボリス・ベッカー4804Cです。ボリス・ベッカーとは、有名なドイツのテニス・プレイヤーで、ポラロイド社が、1980年代に彼の名を冠したサングラスを4種類発売しました。
作品データ
作品名:007 慰めの報酬 Quantum of Solace(2008)
監督:マーク・フォースター
衣装:ルイーズ・フログリー
出演者:ダニエル・クレイグ/オルガ・キュリレンコ/ジェマ・アータートン/マチュー・アマルリック