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アラン・ドロン4 『太陽はひとりぼっち』3(2ページ)

アラン・ドロン
アラン・ドロン
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白黒映画が俳優を神格化させる

『太陽はひとりぼっち』の貴重なカラー写真。

ヴィットリアの胸の谷間をちらちら見るピエロがやけに童貞っぽくてかわいい。

真正面からの写真は、野暮ったく見えるアラン・ドロン。

モニカ・ヴィッティ170cm、アラン・ドロン177cm。

ミケランジェロ・アントニオーニと共に。

アラン・ドロン・スタイル3
  • ライトグレースーツ、シングル、ノッチドラペル
  • 白のシャツ、ストライプ
  • ダイアゴナル・チェックのネクタイ

私は『太陽はひとりぼっち』を二本の映画として作りたかったのです。彼女、娘の立場から見た一本と、彼、証券取引所の仲買人の青年の立場から見た一本です。しかし、プロデューサーは一本の映画しか作りたくなかったのです。私は男性の立場から見た映画を作るのが面白いと思いました。お金の世界のすべてが、本当にあったからです。そこに、偶然に開け放たれたままの扉の隙間から、感情が入ってきました。

ミケランジェロ・アントニオーニ

アラン・ドロンという俳優が、ただの美男子ではなく、今では神格化されている理由は、その白黒写真と映像が多く残るからです。そして、その白黒写真と映像が、彼の特性を生かす(引き出す)ために必然的に光と影のコントラストを考えた撮影をすることによって、実際以上の存在感を生み出すに至るわけなのです。アランの場合は、真正面からの絵は実に平凡なものに見えます。しかし、斜めから光と影のコントラストをつけた彼の表情は、現在の私達の心を容易に打つ、美しさと戦慄に満ち溢れているのです。

ここでファッションに関わる人達が心しなければならないことは、色のない世界から学ぶことはないという姿勢をです。白黒の世界は、色のない世界ではなく、色彩を自分自身の頭でイマジネート出来る時代。もしくは、光と影の世界なのです。今、白黒映画の感性が理解できないファッションが、深みの無いスタイルを生み出しています。そして、これらのファッションを〝ファッションの不毛〟と呼ぶのです。その筆頭が、ファスト・ファッションであり、ガチャベルトなのです。

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ブランド・ロゴを見せびらかすのは、〝流行〟ではない。

アントニオーニが描きたかったのは、「こうして一組の夫婦が生み出される」だった。

この二人は、お互いに約束をすっぽかすほどの相性のよさである。恐らく、息の合うカップル=夫婦になるのだろう。

こちらも貴重なカラー写真。

アラン・ドロン・スタイル4
  • ダークスーツ、シングル、ノッチドラペル
  • 白のシャツ
  • ライトグレーのネクタイ

魅力的なメンズ・ファッションには、その精神性が内包されています。それは明らかに〝男のグレードを下げる〟オフホワイトインダストリアル・ベルト的なコーディネートとは対極の位置に存在します。ブランドネームをひけらかすと言う行為は、ファッション弱者たちに対して、ファッション感度が高いと勘違いさせ、お金を使わせるための最も程度の低いブランド戦略(ブランドネーム入りシャツの粗利率を知ったなら、もう笑うしかないはずです)なのです。

結局のところ、つい最近まで、ミニマルやらノームコアに踊らされていた人々が、グッチやらガチャベルトを装着して、己のファッション弱者ぶりを(インスタやツイッターで)アピールしているのです。アラン・ドロンという存在は、そういう〝物真似猿(別名カンニング・モンキー)〟達とは対極の位置に立つ存在なのです。

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アラン・ドロンが最も美しかった時代。

1962年度カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞した。

1963年4月1日アラン・ドロン初来日。香川京子鰐淵晴子と共に。

本作は、1961年7月から10月にかけて撮影されました。『太陽がいっぱい』(1960)から『さらば友よ』(1968)までの時代をアラン・ドロンが最も美しかった時代と呼びます。それは白黒映画とカラー映画の狭間に生まれた映画スターとしての幸福なる季節だったともいえます。

美の神格化は、かくして始まるのです。色彩を失った、光と影が支配する非現実的な世界の中でこそ、映像の神話と、ファッション・アイコンの神話は生まれるのです。