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【ヴェルサイユ宮殿】M.A. シヤージュ ドゥ ラ レーヌ(フランシス・クルジャン)

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M.A. シヤージュ ドゥ ラ レーヌ

原名:M.A. Sillage de la Reine
種類:オード・パルファム
ブランド:ヴェルサイユ宮殿
調香師:フランシス・クルジャン
発表年:2005年
対象性別:女性
価格:日本未発売

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マリー・アントワネット王妃が愛用した香水「トリアノン」を再現。

©Château de Versailles

バカラ・ボトル

2005年1月6日に、ヴェルサイユ宮殿で歴史家のエリザベット・ド・フェドーの『マリー・アントワネットの調香師 ジャン・ルイ・ファージョンの秘められた生涯』の出版記念パーティが開催されました。この時、出席したゲスト達にある香水がプレゼントされました。

それはマリー・アントワネット王妃が実際に愛用した「トリアノン」の香りを再現した「M.A. シヤージュ ドゥ ラ レーヌ(王妃の後香)」という名の香水でした。

かつて王妃は、調香師のジャン・ルイ・ファージョンにプチ・トリアノンをイメージした香水の作成を依頼しました。200年以上の時が経ち、エリザベットは〝千の花束〟と名付けられたファージョンのレシピを発見しました。

そのレシピをもとにフランシス・クルジャンが、18ヶ月かけ30回以上の試作を経て、100%天然香料と18世紀の技法により「王妃の後香」は生み出されたのでした。あまりに好評だったため、同年内に、2500ドル前後でVIPに向けて再販されました。

そして2006年9月に、ヴェルサイユ宮殿の一角プチ・トリアノンに建てられたル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌ(王妃の村里)の一般公開に併せて、2種類のボトルで一般販売されることとなりました。バカラ・ボトルに入ったもの10本(8000ユーロ)と、ポルティユー・ボトルに入ったもの1000本(25ml)限定で350ユーロでした。

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王妃が愛した「トリアノン」はどんな香りがするのでしょうか?

ゴール・ドレスを着たマリー・アントワネット王妃、1783年、エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン

ル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌ(王妃の村里)

マリー・アントワネット王妃にとって、1774年に夫ルイ16世よりプレゼントされた離宮プチ・トリアノンとは、厳粛なしきたりから解放され、身をやすめる場所でした。だからこの離宮の庭は、野原風の自然式庭園でした。

1781年のある日の朝、王妃の調香師ジャン・ルイ・ファージョンは、トリアノンの散歩に招待しました。通常ファージョンは、王妃の身繕いの時間に、ごく短時間、謁見することが出来るくらいでしたのでとても異例のことでした。

そしてファージョンに「このプチ・トリアノンを香水瓶の中に詰めて欲しいのです。この場所をこよなく愛するが故に、どこへ行く時でも一緒に持ち歩きたいのです」と言い、特にバラを愛し、チューベローズによって特別な力が湧くとも付け加えたのでした。

以下、ファージョンが残したレシピに基づく「トリアノン」の香りについての解説です。エリザベット・ド・フェドー(田村愛訳)の『マリー・アントワネットの調香師 ジャン・ルイ・ファージョンの秘められた生涯』 からの引用となります。

ファージョンはトリアノン香水を音楽を奏でるかのように作りたいと考え、王妃が歌を歌ったり、クラヴサン(チェンバロ)やハーブでグルックの曲を弾いたり、新作オルフェを堪能する姿を思い浮かべてみた。調香師はこれらのハーモニーを想像で嗅いでみた。

核となるローズアブソリュート(純粋なバラ)の香りが立ち上がり、それは官能的で守護神のようでもある。そのまわりを高価なエッセンスでとり巻く、さらに高貴な世界を醸し出すのだ。白いオレンジの花びらは肉厚で香り高く、フレッシュな香りはそよ風に似た子供のキスのような幸福な気持ちを呼び込む・・・・・・とファージョンは想像した。

そこでこのレシピには、肌につけるとみずみずしさがはじけるオレンジフラワーのエッセンスを加え、ベースノートは酔いしれんばかりの豪華な香りにしようと。さらに落ち着きを与えるためにラベンダーの特徴を加え、シトロンの実、ベルガモットの精油を加えることで、表現の船を広げた。王妃はこれらの素材に十分精通しているので、きっと好まれるに違いない。

トッブノートはガルバナムというグラース産の蝋のような伸びやかな素材を少量使い、こうしてこの香水のトップノードとミドルノートの違いをグリーンノート(木や草の匂い)ではっきりとさせたのだ。これは木の枝を折るたびに匂う、あの力強い緑の香りにあたる。このトップノートで、王妃は厳格な礼儀作法で疲れきった精神、堅苦しい習慣の繰り返しから離れ、しばしの安らぎを得られるだろうと考えた。

そしてイリスの香りが、核の役割を果たす。イリスはギリシャ神話でゼウスの使者から名づけられ「奇跡の粉」とも呼ばれている。イリスの毅然とした香りが王妃には似つかわしい。イリスの香りの輪が王妃のまわりに広がるのだ。暖かい光線のように広がるその香りは唯一の香りであり力強く、限りなく慈悲に満ちた者にこそ似つかわしいのだ。

ファージョンが実証したことは、イリスを使ってスミレの香りを再現できるという技だった。王妃の愛するバラに匹敵するスミレ、この香りが突如として精油の中から香り立つ。スミレは一風変わった花で、一見恥ずかしがって日陰を好み、どちらかといえば控えめだが、特徴のある香りの強さは羞恥心がある風貌と裏腹だ。ゆえにスミレは国家継承を約束された みずみずしく前向きな王女のイメージである。国王妃となった暁に、彼女の本当の姿を隠し、なんでも包み隠し得ることもまたスミレらしい姿なのだ。またスミレの香りは、かつての恋人フェルセン伯爵との恋も象徴していた。通常、消え去りし恋と呼ばれていたが、そのためにもスミレを使いたかったのだ。ただイリスとの関係だけではなく、スミレそのものの花びらを使って精油に仕上げていったのだ。

そして、ブチ・トリアノン宮の庭に光を与えるジョンキル(黄水仙)、それは荒っぽくて魅力的なのだが、それをわずかに加えることでこの処方に、豊かさと心の内側というメリハリをつけることができた。

次に三つの白い花。夜の女王「ジャスミン、ユリ、チューベローズを足していく。黙っていても この三つの花香ははつねに引き立ってしまう。いかにしてご機嫌損なわず控えめに生かすかがポイントだ。ファージョンはジャスミンの弓なりの枝ぶりや、陶器のように白いデリケートな花びらが お気に入りだった。この可憐で繊細な花びらとは裏腹に驚くべき力強い香りを備え、肌につけると フレッシュにはじけて、豪華さを醸し出すのだ。グラース産のジャスミンの香りは格別で、奥行きが広く、フランス王妃のようにすべてを与えずとも愛されることを知っている花なのだ。

ユリには悩ましい限りの官能美を託し、香水は一挙に放射線状に広がる。白い花びらは絹のような手触りで甘美なさわやかさと水分がたっぷり含まれ、すこし開きかけた葉っぱのほのかなグリーンノートが陰から支えている。王家の紋章でもあるユリは輝くような精神を表現している。しかしファージョンはこの天空にまで届くかのごときユリの残香は、このレシピ全体を台無しにする恐れがあると気づき、その扱いにはとりわけ注意するのだった。ユリは王家の象徴ではあるが、王妃の真の個性に合致しないので使いすぎないにこしたことはない。

すらりとした長い茎をもつチューベローズはグラ ースからその最高品質の白い花びらがたくさん納品された。花弁は肉厚で、なめらかな心地よさと同時にセクシーな香りを放つのだ。チューベローズには気がかりな点は無く、催淫効果があることをファージョンは知っていた。そこでほんの少量が適量だった。王妃は自然な花を愛していたものの、花の香りが突如として威力を放ち、心につきまとうのを恐れていた。それは蜜でありつつ毒にもなると。マリー・アントワネットにとって、チューベローズのブンとくる匂いは、魂の退廃へと誘いか けるだろうか?

調香師は香りの深さを強調しながら、少しずつ香料を加えて全体のバランスを調整した。バニラは暖かみと食欲を呼ぶ香りだ。柔らかくなめらかで、オーストリア生まれの王女時代のお菓子を彷彿とさせる――優しく食いしん坊だったマリーの幼少時を。ヒマラヤスギと白檀の香りはトリアノンの小道に植えられている木々。アンバーとムスクは庭園の長い小道を動物的にセクシーに演出してくれる。そして少量の安息香が全体を暖かく力強くまとめあげるのだ。

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ヴェルサイユ宮殿が主導になり生み出された『王妃の後香』

薔薇を持つマリー・アントワネット王妃、1783年、エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン

王妃が愛した香水「トリアノン」を再現したこの香りは、エリザベット・ド・フェドーの記述に忠実に、クルジャンのサヴォアフェールにより、200年以上の時を越え、現在に蘇えります。

装飾が一切施されていない天然のオレンジ・ブロッサムとローズを中心としたこの香りが、ベルガモットと共に弾けだした後、トンキン・ムスクとアンバーグリスの愛撫を受けながら、ジャスミンとチューベローズ、ユリとひとまとめに溶け込んでゆきます。

プチ・トリアノンの庭園のその後の悲劇的な道行きまで感じさせるほどに、花の生命を感じさせる生き生きとした、様々な花々の温かな息吹と、やがて枯れていく運命を予感させるアニマリックな香りを同時に感じさせます。

それはマリー・アントワネット王妃に早朝呼び出されたフランシス・クルジャンが「このプチ・トリアノンを香水瓶の中に詰めて欲しいのです。この場所をこよなく愛するが故に、どこへ行く時でも一緒に持ち歩きたいのです」と命ぜられたならという、彼自身の夢も少し含んだ香りであるとのことです。

18世紀の調香師のレシピを、21世紀の天才調香師が敬意をもって蘇らせたこの香りは、まさにマリー・アントワネットの絶頂期とギロチン台に向かう寸前をひとつに濃縮したような、疑いようのないまでに芸術的な〝千の花束〟の香りなのです。

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香水データ

香水名:M.A. シヤージュ ドゥ ラ レーヌ
原名:M.A. Sillage de la Reine
種類:オード・パルファム
ブランド:ヴェルサイユ宮殿
調香師:フランシス・クルジャン
発表年:2005年
対象性別:女性
価格:日本未発売


トップノート:オレンジ・ブロッサム、ローズ
ミドルノート:ジャスミン、チューベローズ
ラストノート:アンバーグリス、アトラスシダー、アイリス、サンダルウッド、トンキンムスク