アパレルの終焉

Luxury

    高級品

    グジュアリー・ファッション・ブランドにおいて、最も相応しくないものは何でしょうか?10年前まではそうではありませんでした。しかし、今は、そこにいる販売員である場合が多くなりました。ラグジュアリーなものを購入しようとするお客様の気持ちを削ぐような販売員も増えてきています。ラグジュアリーを売るものがラグジュアリーでなくて、何がラグジュアリーでしょうか?多くのラグジュアリー・ファッション・ブランドの悪しき歴史。それは、給与の安さです。「良いものに触れ合うことによって購買意欲はそそられます」という上等文句を販売員自身に置き換えたとき、彼らもまた色々欲しくなってしかりです。

    しかし、彼らは、その購買意欲を制御して毎日生きることを運命ずけられています。その習慣が、やがて諦めにも似た虚無感へとつながっていきます。

    お客様の立場から見る、ラグジュアリー・ブランドの“健全性”を見抜くポイントとして以下の3点があげられます。

    1.ショップの豪華さに対して、販売員のスタイルが貧弱
    2.販売員が、ただゾンビのように徘徊している
    3.販売員が陳列されているラグジュアリーな商品に明らかに負けている




    の似通ったポイントである3点を見るだけで、プロでなくても、そのブランドの販売姿勢は見えてきます(ちなみに最近暗躍している、ファッション・マーケティング・ウォッチャーたちは、アナログ的な動きとして、各ブランドの販売スキルの高い販売員たちと独自のネットワークを構築し、その販売員たちがプライベートで購入するファッション傾向をリサーチしています。Vというブランドで働く女性はどういったブランドを好むのか?もしくはファストファッションを愛しているのか?出勤時の同僚のファッションはどういったものなのか?こういったデータは、ファッション・エディターがこれからこれが流行しますというトレンド情報とはまた違った興味深い事実を導きます)。

    ショップに、大きなスクリーンがあり、そこから延々とコレクションのランウェイが流されている場合。そこの販売員の待遇は、間違いなく低い待遇であると見て、間違いはありません。お客様に快適な空間を提供するということは、予想以上にお金がかかることです。多くのお客様が、実際は、水商売や、風俗業に従事しておりながら、この一瞬を優雅な気持ちで、ショッピングしている事実があっても、それを恥じる必要はありません。

    ファッションというのは、本質的に、虚構の上に成り立つものだからです。ラグジュアリー・ファッション・ブランドというものは、2016年現在、極端な言い方をするならば、80%の貧困層を土台に成り立つ、18世紀末のブルボン朝のようなものなのです。

    かし、なによりも問題なのは、支給された制服(セレクトショップで働く販売員が、より金銭的不自由さの中で生活しているのは、自前の服装を着て販売するという点にあります。)を着て、雑なヘアスタイルでゾンビのように徘徊する販売員たちの増えている現状は、わかりやすいほどにその内面の空虚さを漂わせています。希望に溢れている販売員は、姿勢が良く、お客様を見つめ、笑顔です。しかし、ゾンビ化した販売員は、ただぼんやりとしているだけです。もしくは、紐を引っ張られた人形のように、一瞬だけ「いらっしゃいませ」と言うだけです。そして、お客様は、その生気のない声を聞いたとたんに、そのラグジュアリーな空間が、葬儀場のような寒々しさに包まれる瞬間を見てしまうのです。

    何よりも販売員の外見が重要なのです。これは、美形であることが重要という意味ではありません。ルックスよりも、個性です。ファッションに関わる仕事に従事する場合に最も重要な要素は何か?それは、「さすが洗練されてるな」とお客様に感じさせる部分があるかどうかなのです。もしあなたが、ラグジュアリー・ファッション・ブランドで働く販売員ならば、休日に色々な同業のショップ巡りする事をおすすめします。ほぼ5人に2人洗練された販売員がいれば、そのブランドは次第点と言えるでしょう。現実は、1人いればいいくらいです。

    昔は、ラグジュアリー・ファッション・ブランドのショップも少なかったので、お客様とのコミュニケーションで商品は売れました。しかし、現在、お客様は、色々な場所で色々なものを見ています。それを「お客様から教えてもらうことも多いのです」と、その販売員が、同業他社の店舗に足を運ばないでまた聞きで知識を構成するのは愚の骨頂です。

    グジュアリー・ファッション・ブランドで働くものの務めは、休日に実際に他ブランドの販売の現場と、ファッション・アイテムと、そこに訪れるお客様を見ることによって、研ぎ澄まされます。これが初歩的な部分なのです。ただし、販売員がたとえその身分を隠して、他ブランドの販売員と接しようとも、深い部分で共感が生まれたとき、そのブランドの商品が欲しくなります。

    しかし、そこに自分の給与が伴っていなかったならば、それを購入することは出来ません。結局、お金がなければ、他ブランドを見て勉強するテンションも段違いに落ちることになり、もうそういうことをしないようになります。つまり、現在ラグジュアリー・ファッション・ブランドで働く、90%の販売員は、負のスパイラルにはまり込んでいます。そして、もちろん他のラグジュアリー・ブランドの商品の状況をほとんど把握していません。だから、彼らは、ファッション・スカウターを持つことが出来ないのです。

    そして、販売員としてプロ意識も育つことなく、お客様から教えてもらうという、愚かな姿勢に終始するようになり、やがて、この仕事に対する情熱さえも失っていき、ゾンビになっていくのです。今日本中の高級品はゾンビに包囲されようとしているのです。そして、このゾンビ達は、人間としての当然の権利。ラグジュアリー・ファッションを販売する当然の権利である、高給の保障がなされていないことによって、生み出されたゾンビなのです。



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