ビター ピーチ
原名:Bitter Peach
種類:オード・パルファム
ブランド:トム・フォード
調香師:ジャン=マルク・シャイラン、ロラン・ル・ゲルネック
発表年:2020年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/17,600円、30ml/36,300円、50ml/53,350円
公式ホームページ:トム・フォード
熱い男のピーチから滴り落ちる蜜の味。
「トム フォード プライベート ブレンド」の新作として2020年10月23日に発売された「ビター ピーチ」は、ゲイ・スラングから付けられたその名の意味を忘れさせるほどに、世界中でベストセラーになっているトム・フォードの香りです。IFFのジャン=マルク・シャイランとロラン・ル・ゲルネックにより調香されました。
トム・フォードのリクエストは、「熟した甘ったるいピーチの香り」ではなく、「官能的な気持ちの高まりを誘うピーチの香り」の創造でした。
ちなみに〝ビターピーチ〟には、男性のピーチの部分から漂うビターな蜜の匂いという秘められた意味があります。つまりは、お尻の割れ目にかいた汗が発酵し、オスの本能を刺激するビターなフェロモン臭を解き放つということです。
かなり卑猥な香水名ですが、それは今にはじまったことではなく、トム・フォードというファッション・デザイナーがはじめてプロデュースした香水であるグッチの「エンヴィ」(1997)の時からオールヌードで女性をキャンペーン・フィルムに出演させたりしており、フレングランスに対するスキャンダラスなスタイルは、一貫しています。
そして、イヴ・サンローランの「M7」(2002)における下半身を露出した男性のキャンペーン写真もそうであったように、トム・フォードの〝香水とスキャンダラス〟の結び付け方が、目で見てすぐ分かるところから、今では、言葉遊びへと進んでいるところは、世界的な香水文化の成熟を示しているとも言えます。
静かなるピーチに、肉体が征服される悦び
ひと嗅ぎしてうっとりさせる香りでありながら、嗅いではいけないものを嗅いだ恐ろしさも同時に感じさせる香り、それが「ビター ピーチ」です。ひとことで表現すると〝あでやかに露もしたたるピーチの秘蜜〟の香りです。
まるでピーチの香りが肌の中に静かに浸透(浸食)してゆくこの香りは大きく分けて三パターンの香り立ちとなります。
10代から20代の女性の肌には、彼女たちの体臭に含まれるオスマンサスやピーチのような匂いであるラクトンC10とピーチやココナッツのような匂いのラクトンC11との間に、スキン・フュージョンを生み出し、〝決して齧り付いてはいけない禁断のピーチ〟を生み出してくれます。
一方、30代以上の女性の肌に対しては、若々しい匂いであるというピーチに対する拒絶反応を生まぬように、イソEスーパーにより筋肉増強されたサンダルウッドのクリーミーさが生み出す〝貪り尽くしたいクリーミーな食べ頃ピーチ〟を生み出してゆくのです。
最後に、男性の肌に対しては、かなり危険です。男性にとってのピーチを「ロスト チェリー」する〝ビターな甘さに新しい感覚が研ぎ澄まされるピーチ〟を生み出してゆくのです。
何よりもパチョリが、トム・フォードが愛するゲランの「ミツコ」を彷彿させる役割(=ピーチシプレ)を与え、すべての悪徳行為に対する免罪符の役割を果たしています(エロスは芸術だという免罪符)。
世界でもっとも静かなピーチのものがたり
この広告フォトのモデルとファッションは、トム・フォードの2020-21AWプレタポルテコレクションより引用されたものでした。このコレクションは、ロサンゼルスで、アカデミー賞の授賞式直前にハリウッドセレブが大挙する中で行われました。
つまりはこの香りの根底に流れている精神は、グラマラスなハリウッドライフを愛する心にあるのです。
ベルガモットやレモンにオープニングの座を譲ることなく、このハリウッドスターは、ペッシュ・ド・ヴィーニュ(ブドウ畑の桃=アルデハイドC14)の形を借りて登場します。シチリア産のブラッドオレンジのきらめくような照明を当てられながら、酸味の効いたピーチは柔らかい光に包まれてゆきます。
ピーチにかぶり付く、弾けるようなジューシーさ=果汁が滴る感覚を生み出さない、肌なじみが良い〝静かなるピーチ〟の登場です。カルダモンが、そのスリットの入ったドレスから白い足が見える瞬間のように、クールビューティーを演出してくれます。
すぐに、ラムとコニャック(とアプリコット)により、ピーチは酔わせるような魅惑の表情を見せはじめます。そして、苦いダバナとヘリオトロープにより〝捉えどころのない魔性の甘み〟が追加されてゆくのです。ここでピーチははじめて甘さを手にすることになるのです。そして、静かに熟成するのです。
トム・フォードという男の恐ろしさはこのミドルノートに集約されています。つまりは、この香りは、お酒が飲めない女性の肌に浸透させる〝ラムとコニャックの魔法の水〟なのです。トム・フォードのブランドの世界観とは、卑猥さを連想させる世界観を、極上のエレガンスで演出するところにあるのです。
このミドルノートが覚醒する瞬間、女性の肌は、ほのかにピンク色に輝き、同時に優しくも官能的な甘さを放つのです。そして、サンダルウッドとカシュメランによりピーチはよりクリーミーになり、トンカバニラによる甘くも蠱惑のクレーム・ド・ペッシュ・ド・ヴィーニュに浸され、身も心もピーチの征服されるのです。
通常、ピーチをトップノートに据えるということは、最初の5分に安っぽい見せ場を作り、残りの85分は、退屈な緩い内容が展開されるB級ムービーのような、分かりやすくて甘ったるいジューシーな香りとなってしまうのですが、そうならないところがトム・フォードのトム・フォードたる所以なのです。
もしあなたがこの香りに対してピーチの役割に納得がいかないなら、さぁ、キリアンの「フラワー オブ イモータリティ」へと進んでいきましょう。
もしくは、復活の水「ソレイユ ネージュ」とレイヤードしてみてください。ピーチがビターの殻を打ち破り、大自然を謳歌するような熟した本来の姿を取り戻してくれます。
香水データ
香水名:ビター ピーチ
原名:Bitter Peach
種類:オード・パルファム
ブランド:トム・フォード
調香師:ジャン=マルク・シャイラン、ロラン・ル・ゲルネック
発表年:2020年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/17,600円、30ml/36,300円、50ml/53,350円
公式ホームページ:トム・フォード
トップノート:ピーチ、シチリア産ブラッドオレンジ、カルダモン、ヘリオトロープ
ミドルノート:ダバナ、ラム、コニャック、ジャスミン
ラストノート:サンダルウッド、ラブダナム、インドネシア産パチョリ、ベチバー、ベンゾイン、トンカビーン、バニラ、カシュメラン、スティラックス