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フレデリック・マル

【フレデリック マル】ポートレイト オブ ア レディー(ドミニク・ロピオン)

フレデリック・マル
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ポートレイト オブ ア レディー

【特別監修】Le Chercheur de Parfum様

原名:Portrait of a Lady
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ドミニク・ロピオン
発表年:2010年
対象性別:女性
価格:10ml/10,890円、30ml/27,720円、50ml/37,290円、100ml/53,130円
販売代理店ホームページ:ラトリエ デ パルファム

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ボトルの中に400本のトルコ産ローズを。

コンスタンティン・カカーニアスがこの香りをイメージして描いたイラスト。

©FREDERIC MALLE

大衆香水がよく使う手として、ローズの天然香料を使用していることを示すために、全体の0.01%にすぎない量だけ使用するという方法があります。そんな少量の天然香料が香りに影響を与えることはありませんが、現在、この業界で横行しているやり方です。そのような業界の常識から見れば、一本あたり400本のローズを使用しているこの香りは狂気の沙汰でしょう。

フレデリック・マル

2000年に創業したフレデリック・マルが、ブランド設立10周年を記念して発表した香りが、「ポートレイト オブ ア レディー」でした。それはマル自身が、「限りなく豪華で、貴族主義的でありながらも、ただ上辺だけでなく、奥行きもしっかりある新時代のオリエンタルの香りを生み出したかった」と言及するだけの意欲作でした。

そんな大切な香りの調香を任されたのは、マルが1988年にルール社に入社した時以来、ゆっくりと長い年月をかけて友情を築き上げてきた盟友ドミニク・ロピオンでした。

この香りは、2009年に発売された「ゼラニウム プール ムッシュー」(ドミニク・ロピオン)を女性向けに進化させた香りです。きっかけはマル自身が愛用している「ゼラニウム プール ムッシュー」のシャワージェルを使用していたときに、そのベースに使われている香り(サンダルウッド、ベンゾイン、シナモン、ムスク、インセンス、パチョリ)が非常に素晴らしいと思い、これを女性用に使えないかと考えたことからでした。

それは、2010年までに発売されたあらゆるフレデリック・マルの香りの中で最大のローズ・エッセンス(100mlのボトル一本あたり400本のローズを使用)とパチョリが配合された香りであり、絶妙なバランスを確認するために、何百回にも渡る試行錯誤を経て生み出された香りでした。

最大の悩みは、ここまで洗練された香りが受け入れられるかということでした。ルキノ・ヴィスコンティの映画のようであり、オペラのようでもある荘厳すぎる香りが、実生活で役に立つのか?滅多につける機会がない香りになってしまわないかという疑念でした。

そのため、ジーンズとスニーカーにも合わせることができる、21世紀の洗練された新しい女性像に合わせたラグジュアリー・アクセサリーとしての香りのイメージにぴったり合うものが試作品の中から選び出されたのでした。

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『ある婦人の肖像』の香り



この香りの名が示すように、もうひとつのインスパイアの源は、1881年のヘンリー・ジェイムズによる長編小説『ある婦人の肖像(ポートレイト オブ ア レディー)』でした。

夏目漱石がある種の賞賛とも受け取れる「非常に難渋な文章を書く男である」という言葉を残したヘンリー・ジェイムズのこの長編小説は、登場人物の心象描写の筆致の巧みさが、達人の領域に達しているため、何度も読み返さないと理解しづらい類の小説です。

それはひとりの女性の物語です。アメリカに生まれた、才気煥発な美しき女性イザベル・アーチャーは、イギリスの上流階級の中でも、旺盛なる独立心で、その生き方を貫いていました。しかし、イタリアにおいて、ただ一度だけその判断を誤ってしまうのでした。

そして、彼女は自分自身が一番そうなりたくないと考えていた男性に傅く、牢獄のような人生を生きることになってしまうのでした。そんな夫から逃れる機会があっても、自分の選んだ道をひたすら突き進むイザベルの凛とした生き様。この香りはイザベルの香りです。

ただし、名前から誕生した香りではなく、香りから誕生した名前の香りです。

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ドミニク・ロピオンという怪物

「ドヴィマ・ウィズ・エレファント」リチャード・アヴェドン、1955年。

彼(ドミニク・ロピオン)の調香は、すべてがユニークそのものだ!ささいなことを一切気にしない代わりに、スケールの大きな香料を使い、いかにその香料に、香り全体が食われていかないかだけを注意して調香していきます。

だからこそ彼の香りは常に力強く、明晰で、威風堂々とした構造なのです。彼こそが天才と呼ぶに相応しい調香師です。

ルカ・トゥリン

ドミニクは、キャリアのはじまりから、ユニークな方法で香りを生み出していました。想像の域を越えるほど大量な最もパワフルな天然香料を使用して、新しいアコードを生み出していました。その自由な環境が、彼にジバンシィの「イザティス」(1984)のような傑作を生み出させたのでした。

フレデリック・マル

フレデリック・マル自身が新たなるオリエンタルの香りに求めたのは〝ひとつの事象が持つ二面性を交錯させた(この場合はオリエンタルとシプレの世界)〟ような香りということでした。

そして、そのイメージとして、ドミニクに提示した写真が、リチャード・アヴェドンが1955年に、ディオールのために撮影した「ドヴィマ・ウィズ・エレファント」の写真でした(イヴ・サンローランがデザインしたドレスを着ている)。

新時代のオリエンタルを作るということは、ゲランの「シャリマー」(1925)からはじまりセルジュ・ルタンスの「フェミニテデュボワ」(1992)の先にある新しいものを創造するということです。

だからこそ、私はこのオリエンタルな香りは、上品かつ高貴なものにしたいと思いました。だからこそ「ゼラニウム プール ムッシュー」の貴族的なエッセンスを土台にしてこの香りを生み出したのでした。

ドミニク・ロピオン

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真のエレガンスとは、諦めの上に培われるもの

©FREDERIC MALLE

新しいオリエンタルの香りを作るために、21世紀の香水で大きな役割を果たしているヘディオン、イソEスーパー、カロンといった合成香料を使用する必要があるとは考えませんでした。

フレデリック・マル

ドミニク・ロピオンが、それまで調香した香りの中でも、類を見ないほどの量のローズを使用したというこの香りには、三種類のローズの天然香料が使用されています(アレルギー制限により、使うことが出来る限界量)。

二酸化炭素抽出法により抽出されたアブソリュートと、水蒸気抽出法で抽出されたローズオイル、そして、低濃度のメチルオイゲノールローズオイルです。

さらに「ゼラニウム プール ムッシュー」で使用していた(ラボラトリー・モニーク・レミーの)ロジノールという香料が希薄させた上で使用されています。この香料は、フェミニンなローズの香りを生み出すわけではないのですが、香りに凛とした存在感を生み出す役割を果たしています。

アルファベットやブランドロゴで飾り立てる必要がない、凛としたターキッシュローズが、類まれなる美しさを持つあの物語の主人公であるイザベルの佇まいを一瞬にして呼び起こすようにしてこの香りははじまります。

本当に美しい人です。そして、その凛とした佇まいは、彼女が「幕はもうとっくに上がっていたのに、私はまだ待っていたのだ」という経験を沢山繰り返した果てに生み出された闇を秘めた〝凛〟なのでした。

すぐにフルーティーなブラックカラント(カシス)とラズベリーが溶け込むように、闇を秘めた〝凛〟としたローズに、艶やかな唇と情熱的な眼差しが追加されます。

そして、シナモン、クローブ、アンバー(アンブロキサン)、ベンゾインがローズのより多面的な魅力を呼び覚ます一方で、フルーティな側面は減退していきます。

いよいよ〝闇の中に潜む獣の眠りを覚ませ!〟とばかりに、アーシィーかつチョコレートのようなパチョリがミドルノートで咆哮します。ローズを幻惑するパチョリ。それは、イザベルが夢中になるギルバート・オズモンドのようです。

ローズは、そんなパチョリに絡め採られながら、サンダルウッド、(ラボラトリー・モニーク・レミー製のアンバーグリスのようで、アニマリックな)ラブダナムによって、クリーミーな甘さの中で、囁くようなローズの吐息を耳元に吹きかけ魅惑してくれるのです。

パチョリによって、希望が打ち砕かれたローズが、真のエレガンスを知るという恐ろしいテーマが、香りに凝縮させています。ドミニク・ロピオンはまさに香りの哲学者です。なぜなら彼は「エレガンスとは、諦めの上に培われるもの」ということを知っているからです。

愛のある生活よりも、金銭的に安定した愛のない生活を選ぶことが、エレガンスの本質であるということを彼はよくご存知なのです。

しかし、それ以上に、この香りに関して面白い事実は、この香りの香料として、当初ローズは予定されていなかったということです。それは調香が開始され、思っていた香りが全く生まれずに閉塞感漂う中で、半年後にはじめて加えられることになり、奇跡を生み出したのでした(IFFの隣のピザ屋で昼食を二人で食べているときに、ラボラトリー・モニーク・レミーで新しく試された通常のステンレスではなく銅の容器で蒸留されたローズエッセンスが話題になり、活路は開かれた!)。

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マリア・カラスのアリアのような香り


この香りはオペラのようなものです。まるでマリア・カラスのアリアのようだ。

フレデリック・マル

フレデリック・マルの妻が最も愛している香りと、マル自身が告白しているのがこの香りです。つまりは、ドミニク・ロピオンから送られてきた最終ヴァージョンをマル夫人につけてもらい、7月の終わりの真夏の夜に、ニューヨークでディナーに出かけたところ、4人の人々からこの香りについて尋ねられたことが、香りの完成に対する確信につながったのでした。

私が最初に愛したローズの香水は、ゲランの「ナエマ」(1979)でした。それは当時、私の持っていたローズの香りの常識を打ち破った香りでした。そして、次に愛したローズの香りは、イヴ・サンローランの「パリ」(1983)です。それは20代前半の時恋愛していた女性がつけていたからです。

他には、クリニークの「アロマティック エリクシール」(1971)や、パフューマーズワークショップの「ティーローズ」です。

フレデリック・マル

ちなみにこの香りの最も重要な二つの要素は、「ナエマ」からヒントを得たものでした。それはフルーティローズノートを強調するためにダマスコンを使用しているということと、サンダルウッドを効果的に使用することにより香り全体がよりソフトかつスウイートになるということでした。

ドミニク・ロピオンのこの香りに対する印象は、「ルノワールが描いたヌードのようだ」です(マル自身は現代版アラビアンナイトとも)。そして、女性用でありながら、実際のところ、購入者の40%は男性であるとマル自身が告白しています。

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そして、もう一人のこの香りのミューズ




フレデリック・マル自身がもうひとりこの香りからイメージする人物として挙げたのは、ルキノ・ヴィスコンティの『家族の肖像』(1974)でシルヴァーナ・マンガーノが演じるビアンカ・ブルモンティ伯爵夫人でした。

この香りを連想させる澁澤龍彦のヴィスコンティ論を最後に引用しよう。「滅びゆく者の美しさ、その締念、その孤独、その愛を、綿密周到なドラマづくりによって歌いあげるのが、ヴィスコンティのもっとも得意とするところである。つまり彼はデカダンであるとともに耽美派なのだ。」

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香水データ

香水名:ポートレイト オブ ア レディー
原名:Portrait of a Lady
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ドミニク・ロピオン
発表年:2010年
対象性別:女性
価格:10ml/10,890円、30ml/27,720円、50ml/37,290円、100ml/53,130円
販売代理店ホームページ:ラトリエ デ パルファム


トップノート:クローブ、シナモン、ターキッシュローズ、ブラックカラント、ラズベリー
ミドルノート:サンダルウッド、パチョリ、インセンス
ラストノート:ムスク、アンバー、ベンゾイン