デクラレーション(デクララシオン)
原名:Declaration
種類:オード・トワレ
ブランド:カルティエ
調香師:ジャン=クロード・エレナ
発表年:1998年
対象性別:男性
価格:30ml/8,415円、50ml/11,880円、100ml/16,665円
公式ホームページ:カルティエ
エレナが、エルメスの調香師になる運命を定めた香り

ヴェロニク・ゴティエ ©Giorgio Armani
ジャン=クロード・エレナが男性用香水で行ったことは、「デクラレーション」にしろ「テール ドゥ エルメス」にしろ、注目に値すると思います。もっとも私は「デクラレーション」の方が好きですが…
フレデリック・マル
「デクラレーション(デクララシオン)」=「告白」。それは、男性から女性に対する告白を意味するのではなく、女性に断ることのできない条件をそっと差し示す、紳士的な男性の勝利〝宣言=デクラレーション〟の香り。恐らく、地球上のほとんどの女性が、(良くも悪くも)弱いであろう香りです。
この香りはエレナにとって、ひとつの運命的な出会いを生み出しました。ブルガリの最初のフレグランスを創造するためにジャン=クロード・エレナがしたこと。それは、マリアージュ・フレールの約100種類ものお茶を、一日かけてひたすら嗅いでゆくことでした。「だから、この香りは飲むことができるのです」。
1992年に「オ パフメ オーテヴェール」を生み出した後、マスター・パフューマーとして働いていたジボダン社の経営陣から、自由な創造を否定され、すっかりやる気を失っていたエレナは、ハーマン&ライマー(現シムライズ)と3年契約を結び、移籍しました。
しかし、ニューヨークでの新生活も思っていた通りには行かず、失意の下、パリに戻った時に、当時カルティエの香水部門の責任者(1994-2000)だったヴェロニク・ゴティエと初対面することになるのでした。
彼女こそが、後のエルメスの香水部門の責任者(2000-2008)であり、エレナを専属調香師にした人でした。
エレナのメンズ・フレグランスの隠れた傑作

©Cartier
私が考えるに、この香りが時代を超えて人々に愛されている理由は、流行に左右されないからです。タイムレスなフレグランスを創造したいと考えるのなら、まず市場で流行している香りを真似たり、追随したりすることを避けなければなりません。
ジャン=クロード・エレナ
柑橘系を主体としたウッディスパイシーの香り(=純然たるティーフレグランス)であるこの「デクラレーション」は、1998年にヴェロニク・ゴティエにエレナから手渡された(どこから発売するかも決まっていなかった)試作品からはじまりました。
そして、彼女は、消費者テストに基づいた香り作りを拒否するエレナの姿勢を完全に受け入れ、既に決まっていた香水名とボトルデザインだけを伝え、ほぼ自由な環境で数ヶ月かけて作り続けることを認めました。
ただし、最終的に消費者に対する覆面テストは行いました。しかし、当時クリーンでフレッシュな香りが流行しており、その流れに逆行するこの(ロシアの紅茶からインスパイアされた)香りは、他の調香師の試作品と共に行われたテストで選ばれることはありませんでした、であるにもかかわらず、ヴェロニクはエレナ・ヴァージョンで「デクラレーション」を商品化することを決断したのでした。
カルダモンをフレッシュな閃光のように煌かせた『男性に新しい光を与えた香り』の誕生です。それは、ブルガリの最初の香りのためにマリアージュ・フレールで嗅いだ、スモーキーなロシアの紅茶と烏龍茶からインスパイアされた香りでした。
1998年以降、数多くのメンズ・フレグランスに大きな影響を与えた香りです。つまり、この香りの前のメンズ・フレグランスは、よりスパイシーでアニマリックで、そして、この香りの後のメンズ・フレグランスは、より軽くソフトで、スパイスは少なめになり、よりフローラルになったのでした。
『モテ香水』という、香りを凡庸なものにしてしまう死神のような言葉をあっさりと駆逐する、女性の心を揺り動かすエレガントなメンズ・フレグランスを生み出していくきっかけとなったこの香りの創造により、エレナは〝調香界のドン・ファン〟の名を手にしたのでした。
エドモン・ルドニツカが1951年に創造した「オー ドゥ エルメス」の影響下で生み出されたこの香りは、2001年にフレデリック・マルの「コロン ビガラード」、2004年のエルメスの「ポワーブル サマルカンド」を経て、2006年の「テール ドゥ エルメス」に到達することになるのでした。
〝告白〟と〝宣言〟の間で揺れるビターオレンジとカルダモン

©Cartier
私は「デクラレーション」からメンズ・フレグランスの過去との決別は始まったと考えています。それまでは「ドラッカー ノワール」「クールウォーター」のようなフゼアが一般的でした。
そんな中、「デクラレーション」は瞬く間に革新的なものとして認知され、ウッディでスパイシーなノートの道を切り開いたのです。私たちの成功は、単純明快で、大衆に理解しやすく、大衆はそれに敏感に反応し、受け止めてくれた。覚えておいてほしいのは、香水を成功させるのは一般の人々であって、調香師ではないということだ。
ジャン=クロード・エレナ
スプレーの一吹きが、ヴァイオリンの美しい旋律を生み出すように、ビターオレンジを中心にベルガモット、マンダリンオレンジのピリっと酸味弾けるシトラスと、アルテミシアのハーブ、そして、クミン、キャラウェイ、コリアンダーのスパイスが見事に調和した、光りつつ舞い立つような調べからこの香りははじまります。
デクラレーションとは、ひとつの言葉の中に存在する、〝告白〟と〝宣言〟という、ふたつの全く違う意味をテーマにした香りです。
それは天に向かって突き進む〝宣言〟でありながら、肌に舞い落ちる〝告白〟でもあるのです。そんなクミンの温かさとカルダモンの冷たさ。それらがひとつになった瞬間、新しい世界が目覚めてゆくのです。
この〝奇跡のスパイス〟をメインに据えた実に流麗なビターオレンジとハーブ、スパイスの三重奏が奏でられる中、シダーウッド(イソEスーパー)がバーチと混じりあい、温かいドライな風を吹かせてゆきます。
やがて、スモーキーなラプサンスーチョンが注ぎ込まれ、ベチバーが台頭する中、ビターオレンジ×クミン×カルダモンはより優雅に肌の上で舞うようにしとやかに香りを放ってゆくのです。
さらに五感に漲る自信が開花するように、男の色香漂うジャスミンが花を開花させてゆくのです。そこに魔法の粉のようなアイリスが振り撒かれ、すべての生命力を蘇らせてゆくのです。アイリスとは、パウダリーなフローラルノートを生み出すだけでなく、香りに命を吹き込む役割も果たすことが出来るのです。
最後に、ドライダウンに従い、ビターオレンジ×クミン×カルダモンを主体とした香りに、アンバー、オークモスの余韻が、女性のほうからデクラレーションせずにはおれない残香を解き放ってゆくのです。
かくして、男性の愛のデクラレーション=宣言は、女性の愛のデクラレーション=告白をもって、肌の上で、ふたつがひとつになるように甘く溶け込むように消えゆくのです。
ボトルデザインは、カルティエのウォッチワインダーからインスパイアされたデザインです。斜め上からボトルを見るとハートが浮き出るようにデザインされています。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「デクラレーション」を「フレッシュ・スパイシー」と呼び、「1976年の「ファースト」と1988年の「ルンバ」はどちらも重たげだった。その後1990年にロシャスのために作られたグローブは格調高く、廃盤になってしまったが、すでにここで新たな細身の作風の兆候が表れている」
「8年後に出たデクラレーションは、エレナの手法が確立されてから初めて世に出たものである。「クールウォーター」以降、もっとも模倣された香水だろう」
「現代の男性向けはほとんど、どこかしらこの影響を受けていて、ときにカルダモンとジュニパーをとても強めて使われたりするが、ほとんどはオリジナルのもっている感じを表現しようとしているものが多い。これは香水において、ワインに例えればサンセールのようなもの。爽やかで抽象的、さっぱりとしていて、幸福感にあふれている。優れた品」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。
元祖お茶の香り「オ パフメ オーテヴェール」との比較

オ パフメ オーテヴェール ©BVLGARI
「デクラレーション」を嗅いでいると、同じくエレナによって調香された、史上初めてのお茶の香り「オ パフメ オーテヴェール」を思い出さずにはいられないでしょう。以下、ルシェルシェパルファム様に考察して頂きました。最後の記事まで全て彼のお言葉となります。
「デクラレーション」の方がスモーキーさがあり、ベース(ラストノート)に使われている香りがよりメンズ向けですが、エレナの言うように性別を感じさせない香りです。
「オーテヴェール」はそもそも緑茶の香りではなく、ダージリンティーの香りです。どちらにもベルガモットが使われているので、これが双方をアールグレイのようなティーの香りに感じさせるのだと思います。ちなみに、ティーの香りを作る際によく使われるのは、ジャスミン・バイオレット(「デクラレーション」の場合はアイリス)・ベルガモットです。
「オーテヴェール」の肌なじみの良さは、ホワイトムスクによるものだと思います。一方、「デクラレーション」の肌なじみの良さは、キャラウェイ、コリアンダー、シナモン、カルダモン、クミンといったスパイスの複雑な調和により生み出されているように思えます。
「デクラレーション」の歴史的意義

©Cartier
メンズ・フレグランスにおける「デクラレーション」の歴史的な意義ですが、
- 1988年 クールウォーター(ダビドフ)
- 1992年 ロー ドゥ イッセイ(イッセイミヤケ)
- 1992年 パシャ(カルティエ)
- 1993年 オ パフメ オーテヴェール(ブルガリ)
- 1993年 エゴイスト プラチナム(シャネル)
- 1994年 シーケーワン(カルバンクライン)
- 1994年 ウルトラマリン(ジバンシィ)
- 1995年 ブルガリ プールオム(ブルガリ)
- 1996年 アクアディジオ(ジョルジオアルマーニ)
と連なる中で、フゼア系である「パシャ」はやはり見劣りし、当時あまり売れ行きが芳しくなかったのではないかと予想します。
明らかに、マリンノート・アクアノートがフゼアを追い越しつつある時代の中で、カルティエの新たなるメンズ・フレグランスの代表作を生み出すためにヴェロニク・ゴティエが考えたのは、流行に安易に乗っかかるのではなく、新しい香りを創造することでした。
だからこそ、かつて同じハイジュエリー・ブランドのヴァン・クリーフ&アーペルが、自分たちがハイジュエラーの中で最初の香水を生み出したという意味をこめて「ファースト」と名付けたのに対し、これからは我々(カルティエ)が香水においても主導を握る〝宣言〟をするという意味で「デクラレーション」と名付けたのではないでしょうか?
これだけアクアノートやマリンノートが流行り、根強いフゼアがある中で、高品質なベルガモットを主体に、スモーキーな面白さを出したエレナの「デクラレーション」は、ある意味流行りに対するアンチテーゼであり、流行りの合成香料に乗らない強い意志を感じます。
また、今「デクラレーション」を試すと、大きな驚きはないのですが、これはルカ・トゥリンの言うように、如何にこの後、他のティー・フレグランスに多大な影響を与えたということの裏返しなのだと思います。
後日譚:マチルド・ローランとの幻の競演

©Cartier
2010年にカルティエの専属調香師であるマチルド・ローランが、「デクララシオン コローニュ」を作るように言われた時、マチルドは〝あの香りは、ジャン=クロード・エレナしかフランカーを作る資格がない香りです〟とハッキリと断り、当時、エルメスの専属調香師だったエレナにその旨を手紙に書いて送ったのでした。
そして、〝あなたが一緒に調香してくれるか、私に許可を与えてくれない限り、私は絶対に作りたくないのです〟とも書いたのでした。エレナはその手紙を読みとても感動し、すぐにマチルドに電話し、「エルメスが許可を与えないかもしれないけど、私はキミと一緒に作りたい!」とエルメスに確認することになったのでした。
結果的に、エルメスとカルティエの調香師のコラボレーションは実現しなかったのですが、エレナの処方がカルティエになかったので、マチルドは一から全てを作り直したのでした。
香水データ
香水名:デクラレーション(デクララシオン)
原名:Declaration
種類:オード・トワレ
ブランド:カルティエ
調香師:ジャン=クロード・エレナ
発表年:1998年
対象性別:男性
価格:30ml/8,415円、50ml/11,880円、100ml/16,665円
公式ホームページ:カルティエ
トップノート:アルテミシア、キャラウェイ、コリアンダー、バーチ、マンダリン・オレンジ、ベルガモット、ネロリ、ビター・オレンジ
ミドルノート:アイリス、ジンジャー、シナモン、ペッパー、ジュニパー、オリスルート、ジャスミン、グアテマラ産カルダモン
ラストノート:レザー、アンバー、ティー、タヒチ産ベチバー、オークモス、シダー