ジョルジオ・モロダーのシンセサイザーの似合う女
1980年代の香港ノワール映画の中でよく盗用されていた、ジョルジオ・モロダーの無機質なシンセサウンドと共に、この魂のない女=ただひたすら男たちを破滅させるためだけに存在したような究極のファム・ファタールは登場します。その名はエルヴィラ・ハンコック。
公開当時はほとんど話題にならなかったこの女性は、21世紀に入り、そのアイシーな存在感と共に、80年代クールビューティーの代名詞として、ファッション・シーンに大いなる影響を与えるようになりました。
当初、トニー・モンタナを演じたアル・パチーノも、監督のブライアン・デ・パルマも、ミシェル・ファイファー(1958-)の起用(当時は無名)に大反対を唱えていました。
パチーノは、グレン・クローズを望み、ジーナ・デイビス、キャリー・フィッシャー、シャロン・ストーンがこの役のオーディションに失敗し、ロザンナ・アークエット、メラリー・グリフィス(当時スティーヴン・バウアーと結婚していた)、キム・ベイシンガーはオファーを断っていたのでした。
ミシェルのエージェントは、プロデューサーにLAからNYまでオーディションを受けるための交通費の支給を要求したのですが、断られるほど、彼女は期待されていなかったのでした(『グリース2』という大失敗作の影響もあり)。そのためミシェルは自腹でオーディションに駆けつけたのでした。
このオーディションは、アル・パチーノが参加して行う、最後のレストランのシーンだったのですが、パチーノを出血させるほどの熱演で、見事エルヴィラ役を獲得したミシェルは、コカイン中毒者の役を演じるために大減量に励んだのでした。そして、撮影中もトマトスープとマルボロだけで生きていきました。
それ程、この作品における彼女の存在感は圧倒的であり、空虚なシンセサウンドが、ただ男にぶら下がり、コカインと身だしなみにばかり気を使う〝新たなる女性像〟の到来を告げるような効果を生み出していました。
アル・パチーノと仕事ができるのはとても楽しみだったのですが、彼に対しては恐怖心もありました。私とメアリー・エリザベス・マストラントニオ以外は、出演者はほとんどすべて男性でした。
そして、私の性格とはまったく異なる、冷淡で飄々とした女性を演じなければなりませんでした。
ミシェル・ファイファー
ディスコ・ドレスよ再び!
1970年代にアメリカで絶大な人気を誇ったファッション・デザイナー、ロイ・ホルストンがデザインしたような、小麦色の引き締まった美脚がスリットから覗くロングのディスコ・ドレスを着て、エルヴィラは私たちの前にはじめてその姿を現します。
ディスコ・ドレスは、70年代や80年代のファッションが見直される今、最高にクールなファッションとして再評価されています。それは1970年代に1930年代のファッションがリバイバルし、1980年代に1940年代のテーラードスーツや肩パッドがリバイバルしたのと同じことなのです。
このドレスは、1933年にジョージ・キューカー監督の『晩餐八時』でジーン・ハーロウのためにエイドリアンがデザインしたイブニング・ガウンのようでもあります。まさに〝気だるい女神の光臨〟なのです。
エルヴィラ・ハンコックのファッション1
ディスコ・ドレス
- スパゲッティストラップのエメラルドブルー・ロングドレス、太ももまでスリット入り、シルクのバイアスカットガウン、ラインストーンが施されたプランジング・ネックライン
- ハイヒールサンダル
「全く女というヤツは、服を着るのに人生の半分を費やす・・・」フランクが言い放つこの台詞は、実に恣意に満ちています。
エルヴィラ・ハンコックがはじめて姿を現すシーンは、まるで〝堕ちた天使〟が光臨するかのようです。目もくらむようなエメラルドブルーの背中の開いたシルクドレスは、スレンダーな肉体と一緒に動いているように一体化しています。
そして、スリットから見える、太ももから足首にかけての引き締まった美しい脚を誇示するように、彼女は闊歩するのです。
エルヴィラ・ハンコックの知られざる半生
エルヴィラ・ハンコックの過去について、オリバー・ストーンは、少しだけ脚本に書き残しています。メリーランド州ボルチモアで生まれ、実の母と義理の父に育てられたが、何らかの理由で若くして実父を探すためにマイアミに向かいました。
そして、バビロンクラブというクラブでウェイトレスとして働き、そこで麻薬王フランク・ロペスに出会い、やがてフランクは、ロペス・モータースの秘書として彼女を雇い、二人は結婚します。しかし、エルヴィラはコカインに溺れるようになるのです。そして、トニーが彼女の人生の前に現れるのです。
作品データ
作品名:スカーフェイス Scarface (1983)
監督:ブライアン・デ・パルマ
衣装:パトリシア・ノリス
出演者:アル・パチーノ/ミシェル・ファイファー/スティーヴン・バウアー/ポール・シェナー
- 【スカーフェイス】トニー・モンタナ帝国とアル・パチーノ
- 『スカーフェイス』Vol.1|アル・パチーノとアル・カポネ
- 『スカーフェイス』Vol.2|アル・パチーノとアロハシャツとチェーンソー
- 『スカーフェイス』Vol.3|トニー・モンタナと世界で最も薄い高級時計
- 『スカーフェイス』Vol.4|トニー・モンタナと『白と赤の美学』
- 『スカーフェイス』Vol.5|アル・パチーノ=トニー・モンタナ愛用香水
- 『スカーフェイス』Vol.6|アル・パチーノのトニー・モンタナ伝説
- 『スカーフェイス』Vol.7|ミシェル・ファイファーのショートボブ
- 『スカーフェイス』Vol.8|ミシェル・ファイファーのディスコ・ドレス
- 『スカーフェイス』Vol.9|ミシェル・ファイファーの元祖ウェイフルック