うつくしい細眉。怪物のような美女。
スウェーデンという国が生み出した至宝の女優イングリッド・チューリン(1926-2004)。そのアイシー・ブロンド・ヘアと冷たい美貌を生かし“雪で覆われた火山”の女性を演じることを得意としてきた彼女は、間違いなくこの作品の怪物でした。
その圧倒的な存在感から、競演したダーク・ボガードが「彼女の芝居は、間違いなくオスカーに相応しかった」と宣言したほどでした。
肌は鮫肌というのだろうか。その逞しい腕はわれわれには脅威で、ヨーロッパ女の実力を見せる。彼女は恐るべき性欲の持ち主で、男だけでなく、巨大な鉄鋼会社全体をおのれの性器の中にねじ込みたい欲望を所有している。
飯島耕一『映画芸術』(1970年3月号)
それにしてもボディラインが逞しく美しい女性です。身長170cm。子供のころからストックホルムでバレエを学び、王立ドラマシアターで演技を学んだ本格派であり、イングマール・ベルイマン監督の映画作品(9作品に出演)で世界的に知られる存在となりました。
ある種、骨格の良い男性的な肉体美がアンドロギュヌス的であり、ヘルムート・バーガーの細眉の雰囲気と見事に同化していきます。
彼女ほど女性に対して、女性の美の本質を伝えてくれる女優はなかなかいないのではないでしょうか。カマキリ夫人ではないですが、男性はどうしても女性に食われたい願望があるもの。女性が求めるべきものは、力強い美であり、弱々しい美ではないということ。
可愛らしい女の子でずっといるということは、女ではなく、虫になってしまうも同然なこと。女は怪物である。それは生命を作ることが出来る創造主でもある。だからこそ、女性には逞しく美しくならないといけない存在理由があるのです。
個人的な目的を満たすためなら、善悪を問わず、どんなことでも厭わない。怒りと情欲に満ち、ハゲタカのような鋭い目で、どんなものにも群がり、引き裂き、貪り尽くす覚悟ができている〝怪物のような美女〟を、チューリン様は見事に演じ上げています。

『黙示録の四騎士』のイングリッド・チューリン様、1962年。
赤いライトに照らし出されるチューリン様

この眉毛。北欧美女には、細眉が似合う。
イングリッド・チューリンは、私たちが再現しようとしていた当時の美の基準とは正反対の人物でした。剃り上げた眉毛、小さなハート型の口、そしてショートヘアは、当時の上流階級の貴婦人には欠かせないものでした。イングリッドは礼儀正しく献身的な女性でしたが、そうした急激な変化を拒みました。
私は、ゆっくりと彼女を説得し、徐々に彼女を変え、良い結果を得ることができました。幸いなことに、映画ではウィッグや特殊メイクといったトリックを使って不要な眉を隠すことができました。イングリッドは、エレガントな衣装を、自然なスタイルで着こなしていました。
ピエロ・トージ
彼女の初めて登場するシーンが実に卑猥です。息子のマルティン(ヘルムート・バーガー)がマレーネ・ディートリッヒの女装をして唄う姿を恍惚とした表情で見守っているのです。
ベルリンで国会議事堂が燃やされたとのニュースにより、唄は中断され、部屋から出て行くゲストと共に、一人舞台に取り残された息子には一瞥もくれずに、愛人のフリードリッヒと共に去っていく、子に対する愛情よりも、女であることを選ぶ母親。
それにしても、家長の誕生日を祝う晩餐会の豪華さ。その調度品の配置の的確さ。本当の貴族だからこそ再現できる特権階級がこだわる様式美。ヴィスコンティは一言、その点についてこう語っています。
「貴族社会において召使いは生きる家具である。ここでは、かしづかれる者とかしづく者の2つに別れている。しかし、実際はかしづく者にかしづかれる者は生かされているのである」
ゾフィー・エッセンベックのファッション1
スパンコールドレス
- バルマン風のハイショルダーのダークネイビーのスパンコールボレロジャケット、長袖
- ロングVネックブラックドレス、ホルターネック、ビザンティン風
- ダイヤモンドイヤリング

プラチナ・ブロンドに30年代ウェービーボブが決まってます。

このスパンコールボレロがとても格好良い。

後ろから見るとよく分かるハイショルダーのスパンコールボレロ。

ボレロを脱ぐと、スパゲッティストラップ風ドレスが現れます。

後ろから見るとこのようなアールデコ調です。

鏡台には、ゲランの香水が並んでいます。

元バレエダンサーの逞しい肉体美を感じさせます。

手首のブレスレットがブシュロンのようで、とても豪華です。

表現する肉体とは彼女のことを言う。
ゾフィー・エッセンベックのファッション2
ナイトガウン
- 天女のようなシルクのナイトガウン

とても美しいシルエットのナイトガウン。

天女のようなバックシルエット。

座っているシルエットもとても美しいです。

マルティンの着ているナイトガウンも、派手でとてもカッコいい。

歩くとふんわりしている雰囲気も素敵です。
ゾフィー・エッセンベックのファッション3
ブラウス×スカート・スタイル
- 白のフロントプリーツ、ロングスリーブブラウス
- ダークブラウンスカート
- 一連パールネックレス

シャーロット・ランプリングとチューリン様。骨格の違いがよくわかります。

兎に角、煙草をよく吸う女性です。そして煙草が似合っています。

シンプルなブラウスにパールネックレス。

演技指導するルキノ・ヴィスコンティ。

とてもエレガントなブラウス。袖のクルミボタンがポイントです。
ゾフィー・エッセンベックのファッション4
フリルのついたショートガウン
- ライラック色のフリルショートガウン、3連ラッフルスリーブ
- シルバーのシルクのナイトガウン
- シルバーパンプス

1920年代風の扇子のようなラッフルスリーブ。

鏡台に置いてある調度品がとても興味深いです。

鏡台に並ぶゲランの香水たち。

撮影当時チューリンは40代前半でした。
ゾフィー・エッセンベックのファッション5
ミンクファー
- ペールピンクのナイトガウン、手首に大きなミンクファー

プードルのようなナイトガウン。

夜着として羽織るだけにしては豪華すぎる、いかにも上流階級なスタイルです。

ヴィスコンティ特有の迷路のような邸宅を歩き回るシーン。

不肖の息子を演じるヘルムート・バーガー。

ピエロ・トージのデザイン画。
ゾフィー・エッセンベックのファッション6
キャプリーヌ・スタイル
- キャプリーヌ、ダークブラウン
- シルバー×グレーワンピース、スリーブが大きくドレープ
- 左の胸元にダイヤのブローチ
- ダイヤパールイヤリング
- 3連パールのネックレス
- 黒手袋
- 黒のアンクルストラップハイヒールサンダル

チューリン様の魅力。それは不思議な目の輝きです。

シルバーとグレージュでまとめられたファッション。

イヤリングやネックレス、ブローチを見ているだけで楽しい映画です。

『華麗なるギャツビー』のようなキャプリーヌ。

撮影の合間に、ルキノ・ヴィスコンティとチューリン様がほっと一息している所。

三連のパールネックレス。

ピエロ・トージのデザイン画。
作品データ
作品名:地獄に堕ちた勇者ども The Damned (1969)
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
衣装:ピエロ・トージ
出演者:ダーク・ボガード/イングリッド・チューリン/ヘルムート・バーガー/シャーロット・ランプリング