ロレックスを捨てて、荒野を走る!
イエローゴールドのロレックスのGMTマスターを捨てる。まさに『イージー・ライダー』はこのシーンからはじまると言って良いでしょう。
ちなみにこのシーンで、監督のデニス・ホッパーはそのロレックスを投げ捨てろ!と囃し立てましたが、ピーター・フォンダの大切な私物のため「絶対にゴメンだ!」と断り、口論の末、ホッパーの私物であるタイメックスが使用されました。
1968年2月23日、ルイジアナ州ニューオリンズで、ピーター・フォンダの28歳の誕生日の日に、本作の撮影は開始されました。最初の撮影は、終盤の謝肉祭(マルディグラ)のシーンでした。
全ての映像は、マリファナというフィルターを通した幻想的なムードに包まれており、そんな素晴らしい映像美をさらに引き立たせていたのが、デニス・ホッパーが既存のロック・ミュージックからチョイスしたステッペンウルフ、ザ・バーズ、ザ・バンド、ジミ・ヘンドリックスらによる挿入歌の数々でした。
あの頃は国中の者がマリファナを吸うことに夢中になってたから、・・・ロック・ミュージックはまだ映画の中では誰も演奏したことはなかった。それでこれらすべてのことが『イージー・ライダー』とともに形になって現れ、観客はそこに彼ら自身の姿を、彼ら自身の文化を見いだし、何よりも「時代の現象」を見いだしたのさ。
デニス・ホッパー
はじめて時代の生の音を閉じ込めた作品だった。 デニス・ホッパー

ロレックスを捨てようとする冒頭のシーン。

イエローゴールドのロレックスのGMTマスター

地面に投げ捨てるシーンで、ホッパーの私物であるタイメックスにすり替えられました。
映画史上はじめて登場したカラフルなレザージャケット

チョッパーに座る姿勢を含め、食事の所作にも、育ちの良さが見えます。

ヘルメットとジャケットとバイクの星条旗のバランスが絶妙です。

デニス・ホッパーのチョッパーと比べて、ピーター・フォンダが乗るチョッパーの異様な長さがよく伝わる写真。

ピーター・フォンダは、70年代にこのレザージャケットをプライベートでも愛用していました。

最高にクールなサングラスともみあげのバランス。

違う角度から。
何よりもライダースジャケット(カフェレーサージャケット)です。
1971年に僅か8年の歴史を閉じたレーシング・ジャケット会社ABC LEATHERS。そのオーナーこそが、レザージャケットに革命をもたらした女性デザイナー、クラリス・アンバーグでした。
彼女はブラックやブラウンといった単色かつダークトーンが主流だったレザージャケットに「カラフルな色彩感覚」を付け加えた最初のデザイナーでした。
ピーター・フォンダは、自ら彼女に依頼して、二着のジャケットと一本のレザーパンツを作ってもらいました。そして実際に撮影が開始される1週間前からこのジャケットとパンツを履いてチョッパーでロサンゼルスを走り回り、使い込んだ風合いが出るようにしました。
このレザーのデザインがあればこそ、星条旗が配されたヘルメットとチョッパーが引き立ったのでした。
カラフルなレザージャケットの誕生により、それまでレザージャケットと言えば、ヒトラーのゲシュタポ、ヘルズ・エンジェルス、ブラックパンサー、パンクロッカーといった悪のユニフォームの印象から、シックで洗練されたワードローブへと変貌を遂げていくことになりました。
キャプテン・アメリカのファッション2
ライダースジャケット
- 星条旗入りのヘルメット
- カーフレザーのシングルライダースジャケット。赤白青の三色ストライプ入り、ポケットなし。ABC LEATHERSのクラリス・アンバーグのデザイン
- ネイビーのペイズリー柄のネッカチーフ、カウボーイ風
- ボヘミアン・パターン入りのオフホワイトのプルオーバーのメキシカンシャツ、立ち襟
- ABC LEATHERSのレザーパンツ
- ブラウンのスエードレザーのモーターサイクルブーツ
- バックル付きベルト
- レイバンのサングラス「オリンピアンⅠDX(ワンデラックス)」

撮影中、二人は絶えず口論していました。前人未到の何かを生み出すという事は大変な事なのです。

レザージャケット×レザーパンツがここまで似合う男もなかなかいない。

ベルトのバックルと、引っかけられたレザーの手袋。

ピーター・フォンダのシャツの柄がよく分かる写真。

撮影中に主役の二人は、本当にマリファナを吸っていたという(というか恐らく出演者全員)。

そのため映像から、半端ないナマの時代の空気を感じます。

伝説のイージーライダーシャツ。素晴らしいパターンです。

ルアナ・アンダース(1938-1995)は、生涯仏教徒でした。

何をするにしてもサングラスとマリファナを手放さない男。
史上初めてロック・ミュージックに物語を語らせた作品

売春宿シーンの撮影にて。真ん中が監督も兼任したデニス・ホッパー。

昔の映画雑誌に『イージー・ライダー』を紹介する時によく載っていた写真。女性はカレン・ブラック。
映画の歴史において史上初めて、ロック・ミュージックと自然光の映像とファッションが結びついた瞬間でした。当初、ピーター・フォンダは、映画の主題歌としてボブ・ディランの「イッツ・オールライト・マ」を使用したいと考えていました。しかし権利上の都合で使用できず、ディランにオリジナルの主題歌を依頼しました。
ディランはその依頼を受けなかったのですが、その代わりにナプキンに「The river flows, it flows to the sea / Wherever that river goes, that’s where I want to be / Flow, river, flow」という言葉を走り書きし、ザ・バーズのロジャー・マッギンを紹介してくれました。そして「イージー・ライダーのバラード」が誕生しました。
特別に作曲された映画音楽ではなく、既にリリース済みの楽曲を多用した画期的な映画として、劇中流れる曲の中で特に有名なのは、オープニングに流れるステッペンウルフの「ワイルドでいこう!(Born to Be Wild)」とザ・バンドの「ザ・ウェイト」でしょう。
まるでザ・バーズのデヴィッド・クロスビーのような…

公開当時、世界中は、激変したデニス・ホッパーの容姿に度肝を抜かれました。

ウエスタン・スタイルに独特なシェイプのサングラスの組み合わせ。

ザ・バーズのデヴィッド・クロスビー、1969年
星条旗に包まれたキャプテン・アメリカ=ワイアットの隣に、いつでもいる男ビリーを演じるデニス・ホッパーのファッションは、西部開拓史時代に好まれていたバックスキンを多用したウエスタン・スタイルです。
これこそが、ヒッピー・ファッションのひとつの頂点であり、そのテイストは、本作の挿入歌としても流れているアメリカのロックバンド、ザ・バーズのデヴィッド・クロスビーのスタイルをアレンジしたものでした。
ビリーのファッション2
ザ・バーズ・スタイル
- ブッシュハット、二本のバンド付き、時々このバンドをバンダナとして使用
- スクエア・シェイプのサングラス
- フリンジつきの鹿革のバックスキン・ジャケット
- ブラウンのスエードグローブ
- バックスキンで仕立てたシャツ
- 白の牙つきインディアン・ジュエリーや、ベル・ネックレスなど三連に組み合わせている
- ブラウンの鹿革のバックスキン・フレアパンツ
- 幅広のブラックレザーベルト
- ブラウンのスエードレザーカウボーイブーツ

ブッシュハットは、軍人がライフルを肩に担げるようにするため、つばの片側が帽子の頭頂部に固定出来るようにスナップボタンが付いています。

後ろから見てもフリンジがぎっしりです。

当初、カレン・ブラックの役は、ラナ・ウッドにオファーされたが断られました。

60年代ヒッピーを象徴するキャラクター。

二人のファッションがよく分かる写真。ビリーのネックレスは三連になっています。
本物のヒッピーファッションの教科書

ニール・ヤングの元妻のサイケデリックなバンダナ。
本作の魅力の一つとして、ヒッピー・コミューンにおけるヒッピー・ファッションを見る楽しみがあります(当時5歳のピーターの愛娘ブリジット・フォンダもエキストラとして出演していました)。
特にルーク・アスキューのファッションは、それをそのまま真似ると日本人には厳しいものがありますが、男女問わずスタイリングの中にいくつか引用していくと、ファッション感度の高さを演出してくれるヒントがたくさんあります。
ヒッピーのヒッチハイカーのサイケなカッコ良さ
サイケデリック・ルック
- 演者:ルーク・アスキュー
- ペイズリー柄のシルクのヘッドスカーフ
- ブラウン・スエードのミリタリージャケット。左腕に灯台のワッペン
- 白のプルオーバーシャツ
- サイケデリックなストライプパンツ
- ブラウン・スエードのフリンジ付きロングブーツ
- キャメル色のスエードのショルダーバッグ

絶妙な配色のサイケデリック柄のパンツ。

更に、サイケデリック柄のスカーフをバンダナとして使用。

そして、ミリタリー・ジャケットに上記のスカーフを合わせる。

ブラウン・スエードのミリタリージャケット

東洋人には決まらないスタイル。それがヒッピー・スタイルです。
作品データ
作品名:イージー・ライダー Easy Rider(1969)
監督:デニス・ホッパー
衣装:記載なし
出演者:ピーター・フォンダ/デニス・ホッパー/ジャック・ニコルソン/カレン・ブラック
