【連載記事③】メイドトゥオーダー香水はなぜ高価なのか?

©LOUIS VUITTON

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日本のルイ・ヴィトン・ブティックで働いている皆様にとって、そして恐らくジャパン本社にてルイ・ヴィトンのフレグランスMDもしくはトレーナーをされている方々にとって、今回の記事の内容は、ルイ・ヴィトンのメイドトゥオーダー香水「オート パフューマリー」に関する説明の全てが詰まった貴重な資料となることでしょう。
そしてこの記事は、ルイ・ヴィトンで自分だけのフレグランスを作りたいと考えている人々にとってもとても興味深い内容でしょう。この第三弾の記事は、ラグジュアリー・ブランドのメイドトゥオーダー香水はなぜ高額なのかを知る、歴史的な記事となるであろうことをここで宣言しておきます。
そしてこの記事を読んだ後、この価格帯が、高すぎると考える方はいなくなることでしょう。
さて、実際に、ルイ・ヴィトンのほぼすべての現役販売員の皆様が考えているであろう、「オートパフューマリー」の一番の疑問についての回答をこれから示していくことにします。それは、「なぜオーダー香水は1000万~2000万円するのか?」という疑問についてです。
なによりもこの回答を知ることが出来たのは、秋山さんご夫妻へのインタビューと約10時間にも渡る門外不出の動画を拝見させて頂いたおかげです。以下、その答えを箇条書きしてゆきます。
〝究極の香料〟について

ジャック・キャヴァリエ氏のカウンセリングがはじまり、ルイ・ヴィトンの本社トレーナーでもある光本さんが通訳を務めます。カミーユさんが助手を務めています。

ジャック・キャヴァリエ氏のカウンセリングで使用されたムエット。

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――― ジャックとカミーユがムエットにつけてくれた原料を嗅いだ瞬間、私は、その今まで感じたことのない香りの広がりに心の底からビックリしました。最高級のグレードの天然香料とは、それだけでひとつの香水だと感じました。(秋山さん)
ルイ・ヴィトンのブティックで販売されているフレグランスの全ては、主に専属の農園と契約した最高級のグレードの天然の素材(木や花や果物、スパイス類など)が使用されています。何よりも凄いのは、そのうちの一部の素材を、二酸化炭素抽出法により〝香料のトップオブトップ〟のレベルにまで高めている所にあります。
更に、専属調香師システムを採ることにより、一流のフレンチのシェフが、最高の食材の自然の味わいも生かしていくように、その〝最高峰の香料〟を魔法のようにブレンドしていく所にあります。ちなみに超一流の香料を、二流の調香師が使用すると、あらゆる意味において強い香水(荒馬を乗りこなせず、香料に引っ張られていくような香り)を量産する傾向が生まれます。
ルイ・ヴィトンの専属調香師であるジャック・キャヴァリエ氏のすなおで自然な感じのまま、シンプルに素肌で味わう贅沢を感じさせてくれる所にあります。〝激しい香り〟は、感性を麻痺させます。一方で〝やさしい香り〟は、五感を研ぎ澄ましてくれます。
しかし、これほど素晴らしいルイ・ヴィトンにおいて、ひとつだけ商品に入れることの出来ないレベルの香料が存在します。それは何かと申しますと、生産量が限られている、または不安定な最高級の中の最高級のグレードの天然素材は、あえて使用することが出来ないのです。
それは世界中のルイ・ヴィトンのブティックに流通させるフレグランスの生産量に必要な香料の確保が出来ないからです。メイドトゥオーダー香水の最も素晴らしい点は、一人の顧客様のためだけに作られているフレグランスなので、ジャック・キャヴァリエ氏も、約35年のキャリアを投影させ、香料が安定確保できるか等の心配をする必要なく、心置きなく究極のフレグランスを生み出すことに専念できる点にあります。
さらにもうひとつ、生産ラインに乗せるだけの香料は手に入るが、それを使用してしまうと、天文学的なコストがかかってしまう香料、そういったものもメイドトゥオーダー香水には使用することが出来るのです。
ルイ・ヴィトンとコラボする

パフューム・トランクと秋山さん。
――― 私にとって、そして主人にとっても、ルイ・ヴィトンのオーダー香水を購入するという事は、自分たちだけの香水を作るという意味だけでなく、自分たちだけのルイ・ヴィトンとのつながりを作るという素敵な体験だと考えています。
香水を作ってもらうだけでなく、グラースの小高い丘にあるラグジュアリーなレストランやメゾン ルイ ヴィトン ヴァンドームの特別室からみたヴァンドーム広場など、すべての体験が、私たちのオーダー香水の中に永遠に色褪せずに封印され、その香りを身に纏うたびに思い出すことが出来る、まさに〝永遠のグラース、永遠のパリ、永遠のルイ・ヴィトン〟がそこに詰め込まれていると感じることが出来るとワクワクしております(秋山さん)
メイドトゥオーダー香水を購入するという事は、村上隆氏や草間彌生氏、ファレル・ウィリアムス氏といったアーティストがルイ・ヴィトンとのコラボレーションを行う感覚で、お客様がルイ・ヴィトンとコラボすることになります。
つまり、ルイ・ヴィトンの素晴らしい所は、ただフレグランスを専属調香師に調香させるのではなく、ルイ・ヴィトンの精神が詰め込まれた、ルイ・ヴィトンの香りの楽園とも言える〝レ フォンテーヌ パルフュメ(ルイ・ヴィトンのフレグランス・アトリエ)〟に赴き、隣接したVIP専用ヴィラに滞在し、自分の香りを生み出せる所にあるのです。
さらには、試作品が出来た後のことも考え、調香師とのコンサルテーションが終わった翌日、パリのヴァンドームにあるメゾン ルイ ヴィトン ヴァンドームやアニエールのヴィトン一族の邸宅兼工房への特別ツアーも受けることになるのです(このツアーを受けた経験のある人は、現役販売員の中でも数えるほど)。
この一連の流れの中に、ただ素敵な香りを生み出すのではなく〝あなたにとって、究極のルイ・ヴィトンを生み出して欲しい〟という思いが込められています。
ルイ・ヴィトンにとってメイドトゥオーダー香水とは、顧客様にとって、究極のルイ・ヴィトンを見つけ出す旅であり、新しい人生のステージに駆け上る旅になって欲しいという思いがあります。つまり、それはフレグランスとコト消費を結び付けた〝究極の香りの体験のカタチ〟と言えます。
調香師にとって遥かに難しい香水

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1000万人のための香水を作るより、一人のための香水を作る方がはるかに難しいというジャック・キャヴァリエ氏のインタビューを一部抜粋してみましょう。このインタビューを読んで頂ければ、調香師にとってメイドトゥオーダー香水を作ることがどういうことかという事がご理解頂けることと思います。
なぜなら、個人のパーソナリティというのは当然ながら非常に複雑なものだからです。そして私の仕事は、相手が気づいていないかもしれない、自分が求めている香りをデザインすることです。メイドトゥオーダー香水とは、あなたのパーソナリティの非常に秘められた部分、つまり、あなたの奥底にあるもの、あなたが表現したいものを明らかにすることなのです。
お客様への最初の質問は、「なぜ自分だけの香水を作りたいのですか?」です。様々な答えが返ってきますが、どれもとても個人的なものです。ですから、お客様と私との間には、当然ながら感情的な繋がりがなければなりません。
私の最初の仕事は、お客様が何を好むかよりも、何を好まないかを評価することです。彼らが何を好きかなんて気にしない。レストランでアレルギーの有無を聞かれるのと同じで、香水も同じだ。合わないものを排除します。それから、お客様と一緒に原材料を評価し、彼らの最も深い記憶に触れ、幼少期、好きなこと、嫌いなことを紐解きます。この最初の話し合いは約3時間かかります。
そして仕事が始まります。
大切なのは、その人自身であり、その人を幸せで特別な存在にすることです。例えば、オーストラリアからはるばるグラースに来られた女性がいました。なぜ自分だけの香水が欲しいのか尋ねると、彼女はこう答えました。「ええ、香水が大好きなんです。だから私だけのシグネチャーが欲しいんです。でもそれ以上に、私には二人の孫娘がいます。この香水を通して、彼女たちに私のことを思い出してもらいたいんです」。
だから、香水は単なるアクセサリーではない。ドレスでも、オートクチュールでもありません。それ以上のものです。それは本当に一生大切にできるものであり、あなたの個性の隠れた一面を露わにするものです。これは一種の心理療法であり、この繋がりはとても大切なのです。
記憶と伝統は香りと同義です。香水は単なる日用品だと主張するブランドや人々もいます。しかし、香水はデオドラントではありません。香水は感情そのものであり、そうした感情を感じるのは、幼少期、良い気分、悪い気分と繋がっているからです。
香りにおけるラグジュアリーの精神とは、脳のこの部分に働きかけ、非常にパーソナルで、特別な素材を使うことだと私は信じています。今日のお客様がラグジュアリーに求めているのは、体験です。彼らは一部である自分だけのものを求めており、私たちはまさにそれを提供しています。
通訳して下さるスタッフの存在
――― 通訳をして下さったルイ・ヴィトンの本社のトレーナーをしておられえる光本さんには3日間にわたり、本当に色々助けて頂きました。(秋山さん)
ゲランが日本でメイドトゥオーダー香水を販売できないのは、まさにこの頼れる超一流の通訳がいないからです。メイドトゥオーダー香水を作るにあたり、通訳は、ただの通訳ではなく、自身がブランドに属するトレーナークラスの商品知識が豊富な人でなければなりません。
光本さんは、日本でもカリスマ的存在であり、現場の販売員にとって雲の上の方です。そのようなルイ・ヴィトンのスーパースターの方が、つきっ切りで対応して下さるという所がすごい所なのです。
彼女の存在があったからこそ、秋山さんご夫妻は、ジャック・キャヴァリエ氏のコンサルテーションをしっかり受けることが出来たのです。
最初から最後までラグジュアリー体験出来る事の大切さ

一般開放されていない超高級ヴィラ。こちらに秋山さんご夫妻ご一行は宿泊されました。

アトリエの前の芝生の素晴らしさを堪能する秋山さん。
――― グラースから帰国し、半年後に、ルイ・ヴィトン表参道店からご連絡を頂きました。店舗内にあるVIPルームで、ジャックが私たちのために作ってくれた5つの試作品の説明をして下さるという事なのです。その説明を聞いて、5つの中からひとつを選んでいくのです。
VIPルームに付いて驚いたのは、やはりルイ・ヴィトンのラグジュアリーな空間と、同席して下さる通訳の方と、フレグランス・チームのマネージャーの男性の方の優雅な佇まいでした。
そして巨大なスクリーン越しに、ジャックが登場し、ひとつの香りを選びました。(秋山さん)
ルイ・ヴィトンだからこそ出来る事。グラースと東京をつなぐ舞台を顧客様に対して用意することが出来、ストレスを感じることなく、ラグジュアリーな感覚を持続しながら、メイドトゥーオーダー香水をお迎えする日を待つことが出来るのです。
ルイ・ヴィトンはトランクからはじまる〝旅〟のブランドです。だからこそ、長い旅から自分の下に辿り着く、生涯の宝物を待つことも、ルイ・ヴィトンの商品をお迎えする時のワンランク上の喜びなのです。お金をお支払いし、1年から2年待ってはじめて対面する商品を手にする喜び、これこそ、最高のコト消費体験なのです。
高級車を購入する金額でここまでの経験と、特上の商品を手にすることが出来るのですから、メイドトゥオーダー香水は、これから富裕層の間に、広く浸透していくステイタス・シンボルになっていくと予想されます。