オードリー・ヘプバーンを象徴するマイ・フェア・レディ・ドレス
『マイ・フェア・レディ』のハイライト・シーンであるアスコット競馬場のシーンは、あっと驚く変身を遂げたオードリー・ヘプバーン(1929-1993)扮するイライザが登場する最も重要なシーンです。
そこには、女性が華やかに変身するときのごく自然な、自信に満ちた、それでいて少しはにかんだ優雅さが、画面上を支配します。
(アスコット競馬場でのシーンを撮るときのこと)おおぜいの観戦客が集まるなか、オードリーがあの豪華な衣装と髪型でテスト撮影のために姿を現した。まさにオードリー・ヘプバーンここにあり、だ。
ファッション・リーダーという名声にこれほどふさわしいと思わせる瞬間はほかになく、彼女の魅力がこれほど象徴的に発揮されたことはなかったーオードリーは輝くように、あるいは少しはにかんだようにほほえみ、長いまつ毛を優雅に動かし、目を伏せ、まばたきをし、自分を魅力的に見せるあらゆるトリックを自信を持って使っていた。
彼女がカメラの前でくるりとまわると、200人ものエキストラがその様子をかたずを飲んで見守った。競馬観戦用のめがねごしに自分のほうをじっと見ている何人かの人々に気づいたとき、彼女は心底、愉快そうな表情を浮かべたよ。
セシル・ビートン
イライザ・ドゥーリトルのファッション9
マイ・フェア・レディ・ドレス
- ホワイト×ブラック・シルクドレス。白いシルク地にレースを重ねたタイトドレス、帽子と胸と裾に配置されたストライプのリボンがポイント
- マダム・ポーレットのヘッドドレス、唯一帽子に挿された真紅のポピーの花が全体のアクセントになる。〝カート・ホイール(車輪)〟のような格別大きいブリム
- ホワイト・レース・グローブ
- レネ・マンシーニの白サテンシューズ
- エレノア・アビーの日傘
レディ・ダイアン・クーパー
舞台劇では20人だった女性エキストラが映画では100人以上に膨れ上がり、より当時(1912年)のアスコット競馬場の雰囲気を再現するためにセシル・ビートン(1904-1980)は友人の上流社交界の女王、レディ・ダイアナ・クーパー(1892-1986)にアドバイスを求めます。
そして、彼女は、その時代にアスコットで着用されたドレスや帽子をトランク一杯送ってくれたのでした。セシルはその貴重なファッション・アーカイブを活用しようと意気込んでいました。
しかし、そのために集められたエキストラの女性たちを見て唖然としました。なんとそこには、カリフォルニアのビーチからやって来たような、ピチピチした健康的な小麦肌の美女たちが集結していたのでした。
60年代の小麦肌美女たちを、英国上流階級美女に変身させました。
そんな60年代の現代娘たちに、白と黒のアールヌーボーのドレスがマッチするはずがありません。そのためセシルはスケッチより帽子を大きくして、顔を半分以上を隠したのでした。
セシルは、1912年当時の花形のオートクチュール・デザイナー、ポール・ポワレやルシールに引けをとらないドレスをアスコット・シーンに投入しました。特にイライザのドレスの美しさは圧巻であり、そこには、ただ美しいだけではない、女性美を強調する挑発的なシルエットと、個性が宿っていました。
高い襟、長い袖、細く締めたウエスト、スカートの後ろのギャザーなどエドワード朝時代のドレスの特徴が再現されつつも、社交界デビューにおいて衝撃を与えるかのごとく、男性の下心をくすぐるテイストさえも内包させているのです。いわゆる〝隙のある絶世の美女〟という構図です。
このドレスのデザインが、上流階級の中に突然現れた、ストリート育ちの娘のある種の妖しさを見事に演出しています。そして、これこそが、20世紀後半から始まるストリート・ラグジュアリーの予言でもあったのです。
ラグジュアリー・ファッションの中に、突然現れた異質なストリート・ファッションが、ウイルスのようにラグジュアリーを食い潰していく様を・・・。
作品データ
作品名:マイ・フェア・レディ My Fair Lady (1964)
監督:ジョージ・キューカー
衣装:セシル・ビートン
出演者:オードリー・ヘプバーン/レックス・ハリソン/ウィルフリッド・ハイド=ホワイト