初代ジェームズ・ボンド=ショーン・コネリー
この男を知らずしてメンズ・ファッションを語るなかれ!タキシードを着た殺し屋。スーツを着て戦うおしゃれ男子。崩れたネクタイを直す仕草。絶世の美女と絶景リゾートと高級車と秘密兵器と、世界征服を企む敵に囲まれ、刺激的な日々を送る〝リア充〟男。その人の名をジェームズ・ボンド(略してJB)と申します。
1960年代から70年代にかけて、スーツを着たことのない青少年に対しても憧れを抱かせる、〝大人になったらなりたい男〟として、JBは世界中の男たちの心の中に君臨することになりました。けれども世紀末に向かうにつれ、JBは、もう時代遅れだと言われるようになりました。
しかし、21世紀に入り、ダニエル・クレイグが『007 カジノ・ロワイヤル』で賛否両論の中、六代目ボンドに就任したことにより、再びボンドは、「男の教科書」の地位に返り咲くのでした。そして、ロンドン五輪の開会式に、エリザベス女王と歩くJBの姿を見たとき、世界中の男たちの心のライセンスとして、その存在は決定的なものになったのでした。
そして、人々は彼こそが、あの男以来のJBのご帰還だと確信したのでした。そう!あの男とは、初代ジェームズ・ボンド=ショーン・コネリー(1930-2020)。007は殺しの番号。彼こそが、タキシードと拳銃という奇跡の組み合わせを体現した最初の人でした。
ポップアートではじまるオープニング
この映画を成功させるためには、観客に分析を許さないスピードが必要だと考えた。
ピーター・ハント(編集担当)
まずはメイン・タイトルを見てみましょう。モーリス・ビンダーの手作り感満載の60年代ポップアートの真髄に遭遇することになります。高度なテクノロジーで作成された昨今のCG映像にはないセンスが光っています。それは、自然を見て落ち着く感覚に近いものとも言えます。
私たちは機械に囲まれ、いまでは手作り感覚のものの中に心の癒しを求めるようになりました。そして、この初代ボンドの、洗練さよりも野性味(とちょっぴり荒削りな)を感じさせるオールドファッションな男性像。
男性が求める女性像がそうであるように、女性が求める男性像も「手作り男子(ハンドメイド・メンズ)」なのです。「手作り男子」とは「オールド・ファッション」と同義語です。つまり、最先端を追いかけるよりも、「伝統のある良いものを愛する心を持ち、さりげなく(ぬかりなく)最先端も愛する」ジャームズ・ボンドのような男性なのです。
タキシードで初登場したジェームズ・ボンド
記念すべきジェームズ・ボンドの初登場シーンはタキシード・スタイルと共に、8分過ぎにやってきます。その時ボンドは、のちに定番となる〝My name is Bond, James Bond「ボンド、ジェームス・ボンド」〟という台詞を言い放つのでした。
ダニエル・クレイグの最新作に至るまで約60年間なぜボンドムービーが、男性に愛され続けているのか?という答えが、すでにこの作品の開始10分で凝縮されています。
その答えは、もっとも人殺しに相応しくないファッションで人を殺すその痺れる姿でした。この作品以降、ファッションと殺人は共犯関係をより深めることになるのでした。
ボンドムービーが青少年だけでなく、大人の男性も夢中にさせた理由は、〝真面目に秘密諜報部員に相応しいファッションを追求している〟ところにあります。
たとえばこのタキシードの場合、通常タキシードはノーベントなのですが、不意のアクションに備えて、サイドベンツの特別仕様にしているところです。よりフォーマルに近づけるため、センターベントにはしていないのです。
ジェームズ・ボンドのファッション1
タキシードを着たスパイ
- テーラー:アンソニー・シンクレア
- ミッドナイトブルー・ディナージャケット、シングル、サテン・ショールカラー、1つくるみボタン、ダブルベンツ
- ランバン(もしくはターンブル&アッサー)のホワイトドレスシャツ、スプレッドカラー、フロントプリーツ、マザーオブパールのボタン
- ブラックサテンのボウタイ
- 白のリネンのポケットチーフ
- ラウンデッド・スクエア・ゴールド・カフスリング
- ジョン・ロブのブラック・パテントレザー・プレーントゥオックスフォード
- ミッドナイトブルー・メルトン・チェスターフィールドコート、ブラックベルベット・カラー、3つボタン(同じくアンソニー・シンクレア)
- グリュエン プレシジョン 510
あえて小さめに作られたセット
この作品において、すべてのセットと家具は小さめに作られています。それは、ショーン・コネリーを更に大きく見せるためでした。
男性はやはり大きければ大きいほど女性にとって好ましいのです。しかし、何よりも重要なのは、ノージェンダーという言葉に振り回され、男らしさを失った男性は、気まぐれな女性の関心をひいたとしても、現実味のある女性との関係は築いていけないということです(男の娘ブームはどうなったのでしょうか?)。
結局、若い頃に女性が持ちがちな王子様願望に付き合っているうちに、男らしい男性を求める大多数の女性からの支持を失う結果となってしまうのです。
ひょろっとした男性は、がっちりした野性味溢れる男性の隣に立つと、実に貧相なものに見えてしまいます。これからの男性に求められるのは、マッチョな肉体でも、細すぎる中性的な肉体でもなく、ただ単にナチュラルに健康美溢れる肉体なのかもしれません。
ジェームズ・ボンドのファースト・スーツ
ジェームズ・ボンドがジャマイカのキングストンに到着した時、スーツ・スタイルを初お披露目することになります。熱帯のリゾート地に、真冬のロンドンにぴったりなダークグレーのフランネルスーツを着て現れるのでした。
フランネル素材は、熱帯には向いていないので、空港に到着してすぐにボンドはこのスーツから、ウール・モヘア混紡に着替えます。寒いイギリスから熱いジャマイカへの移動に伴う現実感を想像させるスーツのチョイスもまたボンドムービーを鑑賞する楽しみです。
あくまで、カジュアルなファッションで移動するのではなく、スーツスタイルで行動するボンド。ボンド・ファッションとは、男性のファンタジーなのです。そして、この瞬間、スーツは男の戦闘服になりました。ボンドムービーの最大の魅力のひとつが、スーツを着て、世界征服を企む悪党と戦うことになったのでした。
つまりジェームズ・ボンドの存在により、テーラードスーツが〝あらゆる男性のステイタス〟になった歴史的瞬間でした。
以後、4作品において、ボンドはグレーのフランネルスーツを着ました。そして、初代ジェームズ・ボンドを象徴するスタイルとなりました。
ちなみにキングストン空港で女性カメラマンとすれ違い、帽子を顔の前にかざすこのシーンが、ショーン・コネリーがジェームズ・ボンドになった最初の日でした。撮影は1962年1月16日に行われました。
ジェームズ・ボンドのファッション2
ダークグレースーツ
- テーラー:アンソニー・シンクレア
- ダークグレーフランネルスーツ、シングル、ノッチラペル、2つボタン、ダブルベンツ
- ライトブルー・コットン、ターンブル&アッサーのドレスシャツ
- ネイビーブルーのターンブル&アッサー・グレナディン・ネクタイ、ウィンザーノット
- 白のリネンのポケットチーフ
- ジョン・ロブのブラック・カーフレザー・プレーントゥ・3アイレットダービー
- ロックアンドコーのオリバーブラウン・フェルト帽
- ロレックスサブマリーナー6538
まだまだスーツを知らなかったコネリー
このスーツを着ているとき、2つボタンのスーツの2つ目のボタンまでショーン・コネリーが留めてしまうシーンが登場します。それはまだコネリーがこの作品までスーツをほとんど着たことがなかったためであり、低予算のために取り直しが出来なかったためでした。
このあと『007/ゴールドフィンガー』と『007/ダイヤモンドは永遠に』においても、ショーン・コネリーは同じ過ちを繰り返すことになりました。
作品データ
作品名:007/ドクター・ノオ Dr. No (1962)
監督:テレンス・ヤング
衣装:テッサ・プレンダー ガスト
出演者:ショーン・コネリー/ウルスラ・アンドレス/ジョセフ・ワイズマン/ユーニス・ゲイソン