マーロン・ブランド

マーロン・ブランド1 『乱暴者』(3ページ)

    作品名:乱暴者(あばれもの) The Wild One (1953)
    監督:ラズロ・ベネディク
    衣装:クレジットなし
    出演者:マーロン・ブランド/メアリー・マーフィ/リー・マーヴィン



    21世紀のファッションに、今も影響を与え続けている作品。

    マーロン・ブランドという20世紀の映画スターが、21世紀のファッションに絶大なる影響を与えているという映画がファッションに与える影響の恐ろしさ。

    トライアンフ6Tサンダーバードは、ブランドの私物でした。

    ジェームズ・ディーンは、ブランドに憧れ、トライアンフTR5トロフィーを購入しました。

    1953年に公開されたこの作品が、ファッション・シーンに与えた影響力は、ココ・シャネルやクリスチャン・ディオール、イヴ・サンローランの数十年間の影響力にも匹敵するものがあります。それは、同じくマーロン・ブランド(1924ー2004)が主演した1951年の『欲望という名の電車』と併せて考えるとより分かりやすいです。

    両作品の中で、ブランドが見せたTシャツとジーンズ、そして、本作で見せた革ジャンというスタイルが、やがて世界中の若者のファッションとして定着していきます(更に21世紀においては、老若男女のファッションとして定着するに至ります)。なぜ一人の俳優のファッションが、これほどまでに大きな影響を与えるに至ったのでしょうか?それを理解するためには、当時のアメリカの社会情勢を知る必要があります。

    1950年代のアメリカは、第二次世界大戦が終わり、かつてない程の好景気に包まれていました。しかし、それと同時に、社会全体が生気に乏しく、画一化されていきました。その結果、ティーンエイジャーや戦争から帰還したばかりの20代の若者達は、やり場のない猛烈なエネルギーを注げる対象を追い求めていました。その一つが、モーターサイクルであり、ジャズ、ロックンロールだったのです。

    マーロン・ブランドのファッションや話し方、立ち振る舞い、そして、何よりも雄弁な無言は、そういった若者の本音を代弁していたわけなのです。だからこそ、ジェームズ・ディーンも彼を崇拝したように、世界中の若者達は、ブランド・スタイルに衝撃を受けたのです。



    1947年の「ホリスターの暴動」

    第二次世界大戦が終わり、若者達は理由なき反抗心を抱え込んでいました。

    『ライフ』誌に1947年7月21日号に掲載された写真(捏造された写真とも言われている)。この一枚によってバイカーのイメージは悪化した。

    本作は1947年7月4日から6日にかけて、カリフォルニア州の(人口4500人足らずの)小さな町ホリスター(サンフランシスコの南にある)に4000人以上のバイカーが集まり、酒を飲み、乱痴気騒ぎを起こした大混乱=「ホリスターの暴動」を題材に、1951年に「ハーパーズ・マガジン」にフランク・ルーニーが書いたショートストーリーを元に映画化されました。

    暴走族を題材にした初めてのアメリカ映画です。撮影は、ロサンゼルスのバーバンクのコロンビア・ピクチャーズの裏の空き地で24日間(1953年2月12日~3月17日)で撮影されました。公開当時は失敗に終わり、その暴力的な面ばかりが問題にされ、イギリスでは14年間上映禁止されることになり、ブランドを唖然とさせました。

    なぜ若者が欲求不満のためにしばしば暴力に訴えるようになるのかを示そうと、何か価値のあることをやろうとして始めた映画だったのに、だけど俺達が見せたのはただ暴力そのものだった。

    マーロン・ブランド

    ブランド自身はひどくこの映画を嫌いました。しかし、驚くべきことに、本作の影響で、やがて何千何万ものTシャツと革ジャンとリーバイスが売れるようになり、これらのファッションは反抗のシンボルとなり、『乱暴者』はマーロン・ブランドに伝説的な地位を与えたのでした。

    ちなみに、「ホリスターの暴動」の一年後の1948年3月17日にカリフォルニア州フォンタナ(ロサンゼルスの東)で、世界最狂の暴走族ヘルズ・エンジェルスが結成されました。のちに、日本でもモーターサイクルが購入できる裕福な家庭の子供達による「カミナリ族」が1955年ごろから誕生しました。



    ジョニーのライダース・ジャケット

    ショットのパーフェクト618ワンスター・カスタム・ライダース。

    この映画によって、ライダース・ジャケットは不良男子のシンボルとなった。

    やがて、ライダース・ジャケットは、女性が袖を通し、モード化するに至り、21世紀においては、オシャレな男女の必須アイテムとなる。

    いわくありげな沈黙、不機嫌そうな表情がブランドのトレードマークに。

    ジョニー・ステイブラー・スタイル
    • 労働者が被るようなスキッパーキャップ
    • ダブルのライダース、エポレット付き、ショットのパーフェクト618のエポレットにワンスターのスタッズをカスタマイズしたもの
    • クルーネックのシャツ
    • リーバイスのジーパン、501XX(ダブルエックス)、ロールアップ
    • クロスシームのついたレザーベルト
    • チペワのエンジニアブーツ
    • レザーグローブ
    • アビエイター・サングラス

    マーロン・ブランドは、ジョニー・ステイブラーを演じる役作りのために本物のバイカー達と時間を過ごしました。そして、ジャズ用語を取り入れたスラングや話し方、立ち振る舞いを吸収し、ドライビング・テクニックも磨き上げ(つまり一緒に暴走行為を行い)、全ての衣装を自らチョイスしました。

    そんなブランドが着ているライダース・ジャケットは、ショット社のパーフェクトシリーズの613ワンスターではなく、618にワンスターのスタッズをカスタマイズしたものでした。ワンスターには、トロジャンブコといったブランドやハーレーダビッドソン自前のジャケットとの差別化を図るためにエポレットに星形のスタッズが付いていました。後にラモーンズやジャン=ポール・ゴルチエが愛用するのもこの形です。

    ショット社とは、ロシア移民の息子だったアーヴィング・ショットとジャック・ショット兄弟が、1913年にニューヨーク・マンハッタンの地下室でレインコートを作りはじめたことからその歴史ははじまります。そして、衣料メーカーとしてはじめてカジュアルジャケットにタロンファスナーを取り入れた実績を買われ、1928年にハーレーダビッドソンの最大手販売代理店であるBECK社に、天候や不慮の転倒事故からライダーを保護するため、丈夫なジップアップのレザージャケットを生産してほしいとの注文を受けました。

    そして、アーヴィング・ショットは、世界で初めてフロントジッパーを採用したライダースジャケット〝パーフェクト〟をデザインしたのです(5ドル50セントで販売された)。

    当初はホースハイド製でベルト付き、左右非対称のフロント、ジップアップの袖口、襟の隠しスナップボタン、横方向ではなく縦方向の開口部が付いたDポケット、コインポケット、運転中に手を入れやすいサイドポケット、肩章が付き、カラーは茶色でした。しかし、人々を魅了したのは1940年代後半に発表された、ワンスターの肩章の付いた黒色のモデル(613ワンスター)でした。現在でもショット社のライダースはアメリカで生産されています。



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