マジー ノワール
原名:Magie Noire
種類:パルファム
ブランド:ランコム
調香師:ジェラール・グーピー、ジャン=シャルル・ニール
発表年:1978年
対象性別:女性
価格:不明
深夜十二時。美貌の貴婦人の素肌を贄に、ミサが始まる。
悪魔が私たちを誘惑するのではない。私たちが悪魔を誘惑するのだ。
『急進主義者フィーリクス・ホルト』ジョージ エリオット
フランソワ・コティのために香水顧問として数々のコティの名香を手がけてきたアルマン・ブティジャンが、1935年3月に、フレグランス・ブランドとして創設したランコムの歴史は、5種のフレグランスから始まりました。そのブランド名の由来は、フランス中部のアンドル県にあるランコズム城の傍らに咲いていた野バラに由来します。
1964年にロレアル社に買収されるまでの間にランコムは、さらに15種のフレグランスを発売しました。そのうちのひとつである「マジー」は、1950年に発売されました。〝マジー〟とはフランス語で〝魔法、魔力、魅力〟という意味です。
ランコムの代表的な香水といえば、創業者の言葉である「私は幻想香水を尊ぶ」、そして「私自身の心にある魔法を忘れることはできない」という想いを込めて創作された「マジィ」(1950年)でしょう。その香りは、スズラン、ジャスミン、そして樹脂、静かで情熱的な甘さがフローラルを包み込むような、不思議で個性的な香りです。その後、1978年に「マジィ」よりさらに魅惑的な不思議さを持つ「マジィ ノワール」を発売しています。
『香水ブランド物語』平田幸子
ロレアル傘下に入り、本格的に世界進出を果たしていく過程で、1967年、世界初の携帯マスカラ「ランコマティック」を発売し大ヒットさせ、70年代から80年代にかけて、メイクアップとスキンケアの部門で世界の頂点に駆け上るのでした(1978年には日本上陸を果たす)。
1978年にジェラール・グーピーとジャン=シャルル・ニールの調香により誕生した「マジー ノワール」は、フランス語で〝黒い魔術〟の意味を持つ神秘的なグリーンシプレの香りです。〝東洋の神秘と魅力をすべてボトルに詰め込んだもの〟です。
ランコムは、この香りのために、悪魔を本当に召喚した。
1977年にイヴ・サンローランから「オピウム」という〝阿片〟と名付けられた香水が発売された翌年に発売された〝黒い魔術〟の香りは、1973年の『エクソシスト』、1974年の『悪魔のいけにえ』、1976年の『オーメン』、1978年の『ゾンビ』『ハロウィン』といった1970年代のオカルト&ホラー映画ブームの影響が強く感じられる世界観を投影しています。
そして、もうひとつは1970年のサンタナの名曲「ブラック・マジック・ウーマン」の影響も強く受けていることでしょう。
そんな〝黒い魔術〟は、とぐろを巻く蛇のように、妖しく艶やかにクリーミーなブラックカラントとラズベリーの、酸っぱく苦く辛く酔わせる濃厚さの中に、ベルガモット、ガルバナム、ヒヤシンスといった陰鬱としたグリーンの果実と葉と花が灼けつくようにしてはじまります。
この香りの特徴は、ただひとつ。甘さは一切存在せず、身に纏うと、肉体が滅んでいくと感じさせるほどに、悪臭ではなく、人体に良くない、魅惑の成分が含まれているように、背筋が震える感覚を覚えさせます。
そこに、ブラックサバス(黒い安息日)を予感させるフランキンセンスとミルラがすべりだします。最初から只者ならぬ、レザー調の暗黒のオーラが解き放たれていきます。
すぐにシベット、ムスク、カストリウムといったアニマリックな天然香料と共に、妖しく黒く光るブルガリアン・ローズを中心に水仙、アイリス、チューベローズ、イランイラン、ジャスミン、スズランの甘美なフローラルブーケと新緑と薬草の毒々しいハーモニーに満たされてゆきます。
花の蜜のようなハニーと漆黒のパチョリと豊潤なオークモス(オークモス=苔に対して、豊潤という言葉はなかなか使うことはない)が注ぎ込まれ、息をのむほど美しい蜃気楼のようにスモーキーで、パウダリーな花の舞に包み込まれてゆきます。
やがてサンダルウッド、シダーウッドといった温かくクリーミーな木とひとまとめになり、身悶えするほどに倒錯的なオリエンタルの余韻に包み込まれてゆきます。
ここまで、身に纏うたびに寿命が短くなるような香りはなかなかありません。半分は退廃的なグリーンシプレ、半分は官能的なオリエンタルであり、この2つの複雑さとコントラストに魅了されるか戦慄を覚えることでしょう。
悪魔、今宵、わが部屋へ、訪ね来たり
中世の錬金術の蒸留器と、黒いイブニングドレスのネックライン、または日食からインスピレーションを得たボトル・デザインは、ピエール・ディナンによるものです。1988年の『ワーキングガール』で登場します(この作品には「シャリマー」も登場する)。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「マジー ノワール」を「ドライ・ウッディ」と呼び、「相棒のタニア・サンチェスも認める、マジーノワールとロシャスの「ミステール」(ともに1978年発売)は、80年代に入って怒涛のように押し寄せてくるシロップ香に主役の座を奪われる前に世に送り出された。最後のスタイリッシュ系香水である。ドライでウッディなアルデヒド調シプレ。30年にわたる経費節減との戦いが、かえってマジーノワールを立派な男性用香水に仕立て上げた。だがこれで予算はますます削られる。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。
香水データ
香水名:マジー ノワール
原名:Magie Noire
種類:パルファム
ブランド:ランコム
調香師:ジェラール・グーピー、ジャン=シャルル・ニール
発表年:1978年
対象性別:女性
価格:不明
トップノート:ブラックカラント・バッド、ガルバナム、ブルガリアン・ローズ、ヒヤシンス、ラズベリー、ベルガモット
ミドルノート:ハニー、水仙、アイリス、チューベローズ、シダー、イランイラン、ジャスミン、スズラン
ラストノート:オークモス、ミルラ、フランキンセンス、シベット、パチョリ、アンバーグリス、サンダルウッド、ベチバー、ムスク