マドンナ

マドンナ伝説8(4ページ)

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マドンナ略歴

  • 1958年8月16日 ミシガン州ベイシティで生まれる(6人兄妹の3番目であり長女)。
  • 1977年 ミシガン大学を中退し、35ドルを片手に、グレイハウンドバスでニューヨークへ。
  • 1982年 「エヴリバディ」で歌手デビューを果たす。
  • 1983年 デビュー・アルバム『バーニング・アップ』を発売。全米で500万枚、全世界で1000万枚を売り上げる。
マドンナ略歴続き




リミックスアルバム『ユー・キャン・ダンス』(1987年11月リリース)

マタドール・スタイルのマドンナ

「スポットライト」 1988年4月リリース。日本でのみ発売。

弱々しい感じの男や、若い男の子が好きなの。近所にはすごくキュートなプエルトリコ人の男の子が大勢いるのよ。もしあたしが彼らと出かけるのを見て『けしからん』って憤慨する連中がいても、別にかまわない。男の子は15,6歳がベストなのよ。自分の感情をさらけ出して泣いたりすることを怖がらない。滑らかな肌の男が好き。そういうすべすべの体を愛撫してあげたくなるの。ごつい男なんてお断りだわ。

マドンナ

三菱Hi-FiビデオのTVコマーシャルで使用され、日本でのみリリースされました。この時のマドンナの衣装が実にすばらしいです。筋肉質な肉体美を誇示しつつ歌うその姿は、意外な人々に絶対的な影響を与えていました。それは、世界中のドラッグクィーンとトランスセクシャルと呼ばれる「第三の性」の人々に対してです。

マドンナの肉体の脅威は、スーパーモデル体型ではなく、アンドロギュヌス体型であるところによります。そして、20世紀から21世紀にかけて生き残るシンガーに絶対共通項を見つけるとするならば、「第三の性」からの支持を得ているということでした。マドンナは、いよいよMTVの世界に対してパンドラの箱を開ける決意をしていました。この時代、世界は激変しつつありました。アメリカVSソ連の冷戦構造が崩壊する前夜の空気をマドンナは敏感に嗅ぎ取っていたのです。

彼女は、シンガーから、社会変革者の道へと歩み始めます。それはスーパースターとして輝き続けるために、必要なことだと彼女は考えました。マドンナは社会のタブーの扉を開くことにしたのでした。マドンナが見た未来。それは、政治家の影響力が、スーパースターに凌駕される時代でした。そして、21世紀に入り、それが現実になりました。最後に残された、彼女の野望は、恐らくアメリカ初の女性大統領なのでしょう。

マドンナの肩のラインの美しさ。

マタドールスタイル。

マタドールパンツ。トラックパンツに匹敵するパンツです。

マドンナ=ビスチェ。デコルテの美しい人。

躍動感を表現できる肉体改造を果たしたマドンナ。

マドンナ・スタイル15 マタドール・スタイル
  • マタドールハット
  • ビスチェ
  • ブラックマタドールパンツ(サブリナパンツ風)。
  • マタドールジャケット




臍だし赤のレザージャケットに派手なデニムパンツ。

ブラックレザー・ジャケットに同じデニムパンツ。

パテントレザートレンチコート。1990年6月。




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