マドンナ

マドンナ伝説9(4ページ)

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マドンナ略歴

  • 1958年8月16日 ミシガン州ベイシティで生まれる(6人兄妹の3番目であり長女)。
  • 1977年 ミシガン大学を中退し、35ドルを片手に、グレイハウンドバスでニューヨークへ。
  • 1982年 「エヴリバディ」で歌手デビューを果たす。
  • 1983年 デビュー・アルバム『バーニング・アップ』を発売。全米で500万枚、全世界で1000万枚を売り上げる。
マドンナ略歴続き




4thアルバム『ライク・ア・プレイヤー』(1989年3月リリース)つづき

色々な一面を見せることが出来る人=スーパースター。

「チェリッシュ」 1989年8月リリース。全米2位、全英3位

あたしが音楽を通じて伝えようとしてるメッセージがひとつあるとすれば、それは自分の人生を有意義に過ごして、っていうことよ。自分の夢を信じてほしいの。言ってる意味がわかる?自分自身を表現するのよ。

マドンナ

マドンナをずっと撮影し続けてきたフォトグラファー・ハーブ・リッツによる初監督作品。1989年7月22日、マリブのパラダイス・コーヴ・ビーチで撮影しました。夏の撮影であるにもかかわらず海水は冷たくマドンナの肌の色が痛々しい色になっていたので、白黒での撮影となりました。

一曲毎に全く違うイメージを見せるマドンナ。彼女に対して、現在のスターが敵わない点は、この一点につきます。それは《スーパースターとしてするべきことをする》マドンナの姿勢にあります。現在の日本のアイドル及び歌手が、どうしても絶対的なスターに成り得ないのは、根本的に操り人形に過ぎないので、そのイメージに縛られこそすれ、変幻自在に変わっていく姿をファンに見せることがないからです。「まだ40人以上集まって歌ってるの?」なんてマドンナに呆れられそうな・・・そんな気の抜けたコーラから生み出されるファッションなぞに何の価値もないのです。「一人で戦ってみなよ!」それがスターであり、ファッションアイコンに成り得る人が持ちえるカッコ良さなのです。

『ライク・ア・プレイヤー』のアルバムには、もう一つ重要な要素がつまっていました。それはプリンスとの共演でした。

プリンスってすごくいい匂いがするのよ!あたし人の匂いに敏感な性質なの。いい香りや香水って大好き。知り合ってからずっと、プリンスっていうとある香りが浮かんでくるの。ラヴェンダーの香りなんだけど、どうしてかしら。プンプン匂うのよ。きっと彼はそんなことない、って言うだろうけど。彼って秘密主義でしょ?それにすごくシャイなの。でも知り合いになったら彼って最高よ。独特の魅力とユーモアがあるわ。何よりも仕事してるときの彼って、すごく生き生きしてるの。

マドンナ




『チェリッシュ』ライブ・パフォーマンス


ブロンド・アンビション・ツアー、横浜、1990年4月27日。


ブロンド・アンビション・ツアー、フランス、ニース、1990年8月5日、ツアー最終日。

ミッキーマウスとマドンナ。

1987年の「フーズ・ザット・ガール・ツアー」で来日した時、東京のホテルで、ハーブ・リッツにより撮られたミニーマウスのカチューシャをつけた写真。シングル「ディア・ジェシー」のジャケットに使用された。



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