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レールデュタン|あなたの素肌の上に、平和の使いが舞い降りる。

ニナ・リッチ
©Nina Ricci
ニナ・リッチ世界の名香聖典
この記事は約13分で読めます。

レールデュタン

原名:L’Air du Temps
種類:オード・パルファム
ブランド:ニナ・リッチ
調香師:フランシス・ファブロン
発表年:1948年
対象性別:女性
価格:100ml/14,900円

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あなたの素肌の上に、平和の使いが舞い降りる。

ドレスを作るためにマヌカンに布を纏わせているニナ・リッチ。1948年 ©Nina Ricci

ニナ・リッチにより<ミニュイ(真夜中)>と命名されたドレス ©Nina Ricci

香水の創造は、それが現実でものであれ、想像上のものであれ、愛の行為である。私はロマンチストだ。夢のない人生なんて想像できない。おそらく私がこのことをこれほど強く感じているからこそ、私の香水と世界中の多くの女性との間に、理解と忠誠の絆が生まれたのでしょう。

ロベール・リッチ

イタリア・トリノ生まれの女性ファッション・デザイナーであるマリア・ニナ・リッチ(1883-1970、父は靴職人)は、父亡き後、母と共に14歳の時にフランス・パリに移住して以来、27歳で未亡人になるも、30年以上、独学で縫製や裁断の技術を磨きあげていました。

広告業界で経験を積み、起業家精神あふれる息子のロベール・リッチ(1905-1988、23歳の時に出産した息子)が、27歳の時に、49歳の母親の右腕となり、1932年にフランス・パリのカプシーヌ通り20番地でニナ・リッチを創業しました。

ニナ・リッチは、スケッチを一切行わず、マドレーヌ・ヴィオネと同じようにマヌカンの体に布を直接かけながらドレープを寄せ、カットを施すその手法により「彫刻家」と称されました。ロマンティックで、フェミニンな丸みを帯びたラインと、裕福な中産階級に向けた「大衆的なハイファッション」を生み出し、そのオートクチュールはランバンやシャネルよりも3分の1も安価でした。そのため当時は、パリのモード界において異色の存在でした。

従業員40人から始めたメゾンは、1939年には450人へと飛躍的に拡大し、パリの他のどの主要ブランドよりも多くの女性たちに支持される存在となりました(マダム・リッチは、1959年に引退した)。

ニナ・リッチの世界進出にとって香水は不可欠だと考えていたロベールは、自身もかなりの香水愛好家だったこともあり、1941年に香水部門を設立しました。そして1946年にブランドにとって初めての香水「クール ジョワ」(調香師は『フラカ』のジェルメーヌ・セリエ)が、第二次世界大戦後の1946年に、勝利の喜び、自由、そして再び見つけた幸福を反映した、高貴で陽気な香りとして発売されました。

そして1948年に、第二次世界大戦後の平和の精神を凝縮した、カーネーション(オイゲノール)とバラの香りを基調として香水「レールデュタン」を発表し、オートクチュールだけでなく、フレグランス・ブランドとしての地位も獲得することに成功しました。

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暗い過去は消して、明るく、輝く未来へ誘うカーネーションの香り

©Nina Ricci

©Nina Ricci

撮影:デイヴィッド・ハミルトン 1978年 ©Nina Ricci

撮影:デイヴィッド・ハミルトン 1984年 ©Nina Ricci

香水は、何百もの素材を組み合わせることができる、生きている製品です。通常、完璧な構成を見つけるには、何年もかけて何百回もの実験を重ねる必要があります。時には運が味方し、すぐに正しい方向性を見つけられることもあります。「レールデュタン」はまさにそうで、最初のテストの段階で私はその香りに強く惹かれました。

ロベール・リッチ

フランス語で〝時の流れ、時代の潮流〟を意味するこの香りは、ルール・ベルトラン・デュポン社(現在はジボダン社と統合)の、フランシス・ファブロンにより、1947年10月23日に作られました。

ロベール・リッチが調香師に要求したポイントは〝香水のはじまり、ミドル、そして終わりがすべて等しく魅惑的である〟という奇跡を達成したいという事でした。

そのために調香師は、この当時、120種類から150種類の香料を使用して香水を作り出すのが一般的でしたが、わずか30種類の香料で生み出されています。この並外れたシンプルさが、複雑さと豊かさを与えるために天然素材に頼っていることが、歴史上最初のスパイシーフローラルのカテゴリーを生み出したフレグランスと言われる「レールデュタン」が時代を超えて愛されている理由です。

最もありふれたフローラル構成を、荘厳な重みと広がりを持つ真の香水に変えることができるのがサリチル酸ベンジルです。

ルカ・トゥリン

この香りの、〝鳩が大空に羽ばたく〟ような独特なやわらかく明るい輝きは、合成分子であるサリチル酸ベンジルを大量に用いるという画期的なアイデアにより、ジャスミン、ローズ、ガーデニアのフローラルブーケに、カーネーションのスパイシーさが魔法の粉のように溶け込み、香り全体に丸みを与えながら、ブーケが華やかに広がっていくのです。これは発売当時、とても新しい調香でした。

「レールデュタン」の特徴的な百合とサリチル酸ベンジルのアコードが、「フィジー」(1966)「チャーリー」(1973)「グッチNo.1」(1975)「アナイス アナイス」(1979)「ブルガリ プールファム」(1994)など、数々のスパイシーフローラルにインスピレーションを与えました。

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その鳩たちはまもなく世界中を飛び回ることになりました。

撮影:デイヴィッド・ハミルトン 1978年 ©Nina Ricci

©Nina Ricci

©Nina Ricci

「レールデュタン」のボトルデザインの変遷

女性たちは、これほどまでに洗練されたものをこれまで見たことがなかった!

エリザベット・ド・フェドー(『マリー・アントワネットの調香師』の作者)

現在、有名なクリスタルの雲の上を二羽の鳩が飛翔するキャップ・デザイン(世界の不安定さを象徴する渦巻きを基調とし、その上に、取り戻された平和と愛を祝うように抱き合いキスする2羽の鳩が飾られていた)に寄り添う、細身の女性の体の曲線で調和のとれた印象的なボトルは、当時、香水ボトルは、アンフォラ型のデザインが主流な中、かなり独創的なデザインでした。

それは1951年からロベール・リッチとマルク・ラリック(ルネ・ラリックの息子であり、1945年に父から事業を引き継いだ。ロベールと若い頃からの友人であり、以後、ニナ・リッチの香水のボトルだけを独占的に生産した)により、4回にわたるリニューアルを経て完成したものでした。鳩は、愛と美の女神アフロディーテに捧げられた聖鳥であり『愛と平和』のシンボルです。

一番最初のボトルデザインは、全く違った形で、スペイン人彫刻家フアン(ジョアン)・レブルによる、光線に囲まれた楕円形の太陽のボトルと、そのキャップには彫られた鳩が1羽いる、つまり一羽の鳩が乗った昇る太陽のデザインでした。

ボトルのデザインを変更した2年後には、米国市場にも進出したこともあり、世界一の売り上げを上げる香水になりました。まさに世界が第二次世界大戦から立ち直ろうとしていた時期に〝平和と愛〟を象徴する香りである「レールデュタン」は、その鳩たちはまもなく世界中を飛び回ることになりました。

しかし、一方で、冷戦時代の東欧ではブルジョワジーのプロパガンダとみなされ、ソ連圏では全面的に禁止され、共産党幹部の愛人だけが手に入れることが出来たという噂があったほど、鉄のカーテンの向こうでは、憧れの香りでした。

1970年代から1980年代にかけて、写真家のデイヴィッド・ハミルトンを起用し、花咲く乙女と飛び立つ鳩たちをソフトフォーカスで撮影した広告が「レールデュタン」にノスタルジックなイメージを与えてゆきました。

2000年に「20世紀最高の香水ボトル=Perfume Bottle of the Century」に選ばれました。

1948年に偉大な香りの芸術家フランシス・ファブロンによって生み出された「レールデュタン」は、時を経て、単なる大ヒット作(そして私の見解では、その成功は当然のこと)となっただけでなく、フローラル素材を用いた表現や「香りの軽やかさ」という概念に、この分野において計り知れない影響を与えました。

この作品は真昼のように明るく、戦前の堅実さと自己陶酔的な作風から脱却する動きがみられていた第二次世界大戦後の時代において、構造的にも美的にも重要な意味を持っていました。また、巧みに抽象化されており、ファブロンの傑作であり、より抽象表現主義的な「ランテルディ」(1957)を予見させるものでもあります。「レールデュタン」は、19世紀末の古典主義と自己陶酔的なロマン主義を超越し、私たちに楽天主義と遊び心への第一歩を示してくれたのです。

チャンドラー・バール

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歴史上最初のスパイシーフローラルの香り

撮影:デイヴィッド・ハミルトン 1985年 ©Nina Ricci

©Nina Ricci

©Nina Ricci

ジャン=バティスト・モンディーノ ©Nina Ricci

ジャン=バティスト・モンディーノ ©Nina Ricci

この香水の驚くべき点は、その非常に力強い香りの広がりです。濃度はわずか5%とそれほど高くないにもかかわらず、ニナ・リッチ社が決して妥協することのないアルコールへの浸漬期間(5週間)のおかげで、これほどの香りの広がりを実現しているのです。

しかし、長期間の浸漬には相当なコストがかかります。今日、この手法を守っているブランドは稀ですが、香水がその丸みを帯びた深みを獲得するためには不可欠な工程なのです。

ジャン・ギシャール

〝個性的すぎず、主張しすぎないので、女性たちの生活の邪魔にならない〟と言われるこの香りは、さあ、長い夜が明けるとばかりに、アルデハイドの光のシャワーを浴びるベルガモットのファンファーレが鳴り、輝くピンクカーネーションが優艶な花の香気を解き放つ、太陽が煌めいていくクリーミーなシプレのサンシャワーを浴びる情景からはじまります。

スパイシーなオイゲノールとイソオイゲノールと組み合わせることで、クローブの色合いを持つカーネーションのような効果が得られます。

全世界が、暗い闇の中で夢や希望が打ち砕かれ、戦の中で疲れ果て、やがて、時は流れ、愛が流れた先に、再び、世界が立ち直ってゆく、背筋を伸ばし、歯を食いしばり、愛する人を失った心に、光が差し込んでいく、そんな〝あたらしい朝の光〟を想わせる、開放感に満ちたスパイシーフローラルの煌めきが、ジャスミンとローズとガーデニア、百合の惜しみない花々の、フレッシュグリーンに甘やかな喝采と共に、全身を優しく包み込んでゆきます。

やがてパウダリーなアイリスが、フローラルブーケに羽を与え、そこにモス、アンバー、サンダルウッドで濃厚に仕上げた、石鹸のようなシプレムスクが、今にも飛び立ちそうな躍動感を与えてゆきます。そして花々の花びらの舞が、宙に向かってではなく、素肌を透かして心に届いていくように、全身を颯爽とした幸福感と、しとやかな洗練されたエレガンスで満たしてゆきます。

かくして「明確なトップノート、ミドルノート、ベースノートで構成された構造を中心に調香された、香水製造の中期に属する香水の完璧な例である」と評された〝時の流れ〟は、まさに〝人々の荒みきった心に、ふたたび、温かい愛するよろこびを蘇らせ〟てくれるのです。この香りのうつくしさは、全身全霊で、人類の復活の日を体感できるところにあると言えます。

暗い過去は消して、明るく、輝く未来へと、素肌と心を向かわせてくれる、新しいロマンスの本質を完璧に捉えた香水、燃えるようにではなく、静かに控えめにいつも心に太陽を生み出してくれる香りです。涙を流したあとの微笑みのような香りとも言えます。

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『羊たちの沈黙』に現れる「レールデュタン」

©Nina Ricci

©Nina Ricci

©Nina Ricci

Sometimes you wear L’Air du Temps, but not today.(ときどき「レールデュタン」を付けるときもあるが、今日は違う。)

映画『羊たちの沈黙』の中で、クラリスが格子越しに初めて対面したハンニバル・レクターから言われる台詞。

クラウディア・カルディナーレイングリッド・バーグマンラナ・ターナーが愛用した香水であり、ダイアナ元妃も愛用しておられた香りです。

世界中で15秒に一本売れている(2008年)とも、5秒に一本とも、毎秒一本売れているとも、様々な文稿で言及されている香りです。ただ一つ確かなのは、ニナ・リッチというファッション・ブランドの女性が天使の翼を手にいれたような、常に控えめで、優美なロマンティックなムードを的確に反映しています。

ニナ・リッチの香水部門は、1998年にプーチに買収されました。

タニア・サンチェスは『世界香水ガイド』で、「リリーアンバー」と呼び、「「時代の空気」という名だけれど、この香水が登場した1948年において、この香調(スパイシ一で青臭い、フレッシュなアンバー系のブーケ)はとりたてて新しくない。でもシルクのような新鮮な質感のベンジルサリチレートは、後に続く50年代の香水に大きな影響を与えた」

「ベンジルサリチレートがアレルギーを起こすというので禁止されてから、フローラルには昔の面影はない。最近のレールデュタンはというと、顔をしかめてうーんと集中すれば、何とか塩気のあるアンバーを背景に百合がわかる程度。年とともにひどく質が落ちて、薄くなり骨格が透けて見え、後は何にもない」と2つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:レールデュタン
原名:L’Air du Temps
種類:オード・パルファム
ブランド:ニナ・リッチ
調香師:フランシス・ファブロン
発表年:1948年
対象性別:女性
価格:100ml/14,900円


トップノート:カーネーション、ネロリ、ピーチ、ベルガモット、ブラジリアン・ローズウッド
ミドルノート:百合、ガーデニア、グラース産ジャスミン、センティフォリアローズ、イランイラン、オーキッド
ラストノート:オークモス、ムスク、マイソールサンダルウッド、アイリス、アンバーグリス、ベチバー、シダー、ベンゾイン