「あなたは私の人生を台無しにした」クリスティーナ・リッチ
ヴィンセント・ギャロ(1961-)は、のちに、『バッファロー’66』を作るために関わってくれた協力者、共同脚本してくれた人から、撮影者、さらには共演者のほとんどすべてを罵倒し、否定しました(アンジェリカ・ヒューストンを「悪夢のような存在だった」と言い、クリスティーナ・リッチに対して、彼が髪をブロンドに染めた行為に対して「あなたは私の人生を台無しにした」と吐き捨てたと罵倒していた)。
そしてまるで自分ひとりの力によってこの偉大なる作品が誕生したかのようにふるまっていました。常に目が充血しているイメージ。そんなハリウッドで最も多くの敵を作った男。
ヴィンセント・ギャロのすごい所は、アメリカ映画界の異端児として、ヒール的とも言える役割を徹頭徹尾全うしている所にあります。
そんな彼は映画と同じくニューヨーク州バッファローに生まれました。両親は共に美容師でしたが、ギャンブル好きな父は、ギャロが幼い時に、仕事をせずにギャンブルに狂ってしまうようになりました。母は美容院を経営していたのですが、ギャンブル狂の父のため、生活は極貧で、ギャロは12歳の時から学校に行きながら、一日10時間平均で働いて家計を支えました。
「すべてが狂い始めたのは、私が12歳の時だった。まっすぐなブロンドの髪から、脂ぎった茶色の巻き毛へ。美しいオール・アメリカンな赤ちゃん顔から、今の私の顔へと変わった。まるでドラキュラと昆虫が融合したような顔だ。自分がどう見えるかは分かっている」。
この頃には、バッファローの有力なマフィアのギャングのために、自動車窃盗や強盗を働き、生計を立てていました。「お金を数えること。1ドル札1万枚を32秒で数えることができる。これは記録だ。僕は史上最高の現金数えの達人だ」。
不思議なことにギャロは、生涯において小説を1冊も読んだことがないと言い切ります。16歳で学校と家を出て、ゲイストリップクラブのゴーゴーダンサーや52丁目で男娼をしていたとも言っていますが、どこまで本当か分からないのもギャロの魅力です。
プロのバイクレーサーとしても活動し、1981年には、ギャング同士の抗争中に脚を撃たれます。しかし1983年に、21歳で、独学で描いていた絵により、マンハッタンで初の個展を開き、最も成功したアメリカ人画家の一人となり、ジャン=ミシェル・バスキアと音楽活動をしたりするようにもなります(伝説のアンニーナ・ノセイ・ギャラリーでも展示会を行った)。
1990年代には、『レザボア・ドッグス』のミスター・ピンク役や『ブギーナイツ』の役を断り、『アリゾナ・ドリーム』のような型破りな作品に出ることを好んでいました。
革命を起こした後、仲間を全員粛清するような感覚で生み出された作品。


俳優としての私の最大の功績は、エミール・クストリッツァ監督の『アリゾナ・ドリーム』 からカットされたシーン、つまり皆さんが決して目にすることのないシーンの数々です。そして、それは私がよく考える、辛いことなのです。
ヴィンセント・ギャロ
「私は、最も過激な形の芸術は、完全に目的を持たずに制作されるものだと信じている」
この姿勢で生み出されたのが『バッファロー’66』でした。だからこそ、この作品に協力した人々は、一体自分たちは「何に参加しているのだろうか?」という気持ちが湧きあがらずにはおれず、そしてギャロと相いれなくなってしまうのでした。
つまりこの作品の恐ろしいところは、革命を起こした後、仲間を全員粛清するような感覚で生み出された作品だったということなのです。
ビリー・ブラウンのファッション2
ライダースジャケット
- シングルのレザーライダースジャケット
- グレー×黒のボーダーシャツ。ノースリーブ
- グレースリムフィットパンツ、ベルトなし
- 赤のジップアップブーツ

ブラック・カーフレザーのライダース姿のビリー・ブラウン。

ディテールがよく分かる写真。

実家からボーリング場に向かう時に、アウターはチェンジされていました。

大人の男になるということ=リアルレザーのライダースを身に纏える男になること。

ビリー・ゲット・ユア・ガン!





ライダースの袖のしわの入り方がとても美しい。奥に見えるのは、ロザンナ・アークエット。
私がこれまで何百万回も一緒に仕事をしてきた中で、最も才能のある人はパトリシア・アークエットです。彼女は本当に美しくて、気さくで、自由で、クールです。もし今後40年間、パトリシア・アークエットとテレビシリーズをやらなければならないとしたら、それは誰にとっても人生で最も幸せな40年間になるでしょう。
ヴィンセント・ギャロ
ファスト・ファッションは21歳まで。

アイコニックなブルーのアイシャドウ。

このタップダンスのシーンの振り付けをリッチは自分自身で行いました。
映画でクリスティーナ・リッチを初めて見た瞬間、私は彼女に対して強烈で特別な感情を抱きました。その感情が原動力となり、彼女と共演するために自分の映画を撮りたいと思うようになったのです。今でも彼女の写真を見ると思わず笑みがこぼれますし、マスコミで彼女が私を批判しているのを見ると、私たちには何らかのつながりがあるのだと改めて実感し、そのことに感謝しています。
ヴィンセント・ギャロ、2018年。
レイラのファスト・ファッション・スタイルが、21世紀に到来する新しい時代の空気を示していて素晴らしいです。いいや、これは時代の空気ではなく普遍的なもの。
撮影当時、17歳だった彼女にとって、安くてポップなアイテムで個性を作ることは、ごくごく当たり前のことでした。
ファッションの恐ろしさとは、貧しさが若さの味方をし、豊かさが若さと敵対するところにあります。そして、貧しさが成熟と敵対し、豊かさが成熟の味方をするようになっていくのです。
21歳を越えても、ファスト・ファッションで身を固めていると、そのトレンド感溢れるセンスを毎シーズンごと捨てていく潔さがない限り、くたびれた生地に身体を支配されることになるのです。
レイラのファッション
ベビードールドレス
- 水色のベビードールスリップドレス、ベアトップ
- 長袖の白のカーディガン
- 水色のタイツ
- 水色のハンドバッグ
- シルバーのハイヒールストラップパンプス。スパンコール付き
- ラメ入りブルーのアイシャドウ

水色のハンドバッグがキュートです。

ギャロとリッチの撮影中のムードは最悪でした。
ギャロとリッチ、撮影中の二人の関係は最悪でした。

クリスティーナ・リッチとアンジェリカ・ヒューストンは、かつて・・・

『アダムス・ファミリー』(1991)『2』(1993)でした。

ええ、私は17歳でした。母なしで初めて撮影現場に行った映画でした。賢明な選択ではなかったですね。あんなに低予算の映画に出演したこともありませんでした。あの狂った男と一緒に仕事をしている間、ほとんど何が起きているのか、本当に理解できませんでした。あんな狂気じみた人に出会ったのははじめてだったので…… 彼は、ある時はとても親切にしてくれるのに、次の瞬間には私が何か恐ろしいことをしたと思い込んで、怒鳴り散らし始めるような人なの。そんな人と仲良くやっていくのは難しいわ。
クリスティーナ・リッチ
この作品におけるヴィンセント・ギャロとクリスティーナ・リッチの関係がとても興味深く、元々は、ギャロが『アダムス・ファミリー』(1991)と『恋する人魚たち』(1990)を見て、彼女と映画を撮りたいと思ったのですが、付き添いとして未成年のリッチに同行していた母親を一切撮影現場には入れることを拒否し、頻繁にリッチを怒鳴りつけてきたので、撮影中の二人の関係は最悪でした。
そのため「こんな嫌な奴と二度と仕事したくない」と感じていたと回想しています(一方で、ギャロは、彼女は太りすぎだ!と非難しました)。
彼女は完成した映画をあまり気に入っていないようだ。公開期間中、彼女は宣伝にほとんど力を入れてくれなかった。・・・クリスティーナの強力なサポートがなかったため、私は自力でこの映画への関心を集めざるを得なかった。私は時々根に持つタイプで、クリスティーナに対しても、おそらく大げさに捉えていた理由から、少しばかり恨みを抱いていた。
ヴィンセント・ギャロ、2018年。
元祖スーパーモデル=アンジェリカ・ヒューストン様

ギャロとアンジェリカの仲も撮影中最悪でした。

150万ドルの予算のうち、2万ドルはアンジェリカ・ヒューストンのウィッグ、そして25万ドルはギャランティーに費やされた。
アンジェリカ・ヒューストン(1951-)のプライドの高さにさすがのヴィンセント・ギャロも手こずりました。毎日何かしら問題が起き、たまりかねて、ある時彼女にギャロはこう言い放ちました。
「いいかい、ベイビー。君の名前は手に入れた。それだけで十分だ。君のかつらを太ったトラック運転手にかぶせて、後ろから撮ってやるよ」。そして修復不可能の仲違いをしてしまいました。
ジョン・カサヴェテスやジャン=リュック・ゴダールには全く興味がありません。彼らは私が特に好きな映画監督ではありません。カサヴェテスは優れた映画監督であることは間違いありませんが、個人的にはインスピレーションを与えてくれる存在ではありません。
ヴィンセント・ガロ

偉大なる父ジョン・ヒューストンと。1969年。

フォトグラファー・リチャード・アヴェドン、ビル・ブラスの黄金のガウン。ヴォーグ1972年9月号。

フォトグラファー・リチャード・アヴェドン。1970年。

ヴァレンティノ。フォトグラファー・ジャン・パオロ・バルビエリ。1972年。

イヴ・サンローランと。フォトグラファー・デヴィッド・ベイリー。1973年UKヴォーグ。

アラ・ギャラント。1976年。
作品データ
作品名:バッファロー’66 Buffalo ’66(1998)
監督:ヴィンセント・ギャロ
衣装:アレクシス・スコット
出演者:ヴィンセント・ギャロ/クリスティーナ・リッチ/ベン・ギャザラ/アンジェリカ・ヒューストン/ケヴィン・コリガン
