原節子様が、最も輝く一本。色々な表情が美しすぎます
のりちゃんルック2
- 五分袖。スタンドカラー。フロント比翼ボタン。ドレープの美しいワンピーススーツ
- カルティエのベニュワールのような楕円形の腕時計
- 大きめのクラッチバッグ。コレがなかなか味のあるデザインです
- 厚底気味のフラットサンダル
のりちゃんが銀座を歩いていると、京都のおじさまとばったり出会います。邪魔にならないようにすっと脇に寄って立ち話をするのですが、こういう洗練された動きは、日本特有の動きだと思います。そんな動きが、そこらかしこに散りばめられています。『晩春』は、全編において、ある人には退屈に見え、別の人には目が離せないものにもなる。本当に人を選ぶ映画という次元を越えた、人の感性と教養を試す映画だと思います。
「こっちかい海?」「いやこっちだ」「ふう~ん。八幡様はこっちだね?」「いや、こっちだ」「東京はどっちだい」「東京はこっちだよ」「すると東はこっちだね」「いや東はこっちだよ」「ふうん。昔からかい」「ああそうだよ」「こりゃア頼朝公が幕府を開くわけですよ。要塞堅固の地だよ」
もうこの笠智衆さん(1904-1993)と三島雅夫さん(1906-1973)(私の観た映画では、変な悪役が多かった人です)の会話が絶妙です。終始、映画の中で交換される、「ちょいと」やら「よかないわよ」といった、魅力的な日本語の響きが、大自然の鳥のさえずりの様に、飛び交ってるのです。
「おい紀子!お茶!」「おい、タオル!」「紀子、シャボンがもうないぞ!」そして、着ていたスーツを脱ぎ散らかした挙句「帯!」の一言。そんなお父さんの世話をするのりちゃん。でも健気で古風な女性ではなく、モダンなのです。表情も豊かです。笑顔かと思うと、能面のようなオドロオドロしい表情になったり、でも全体的にあっけらかんとした雰囲気の中に、女性から見ても伝わる妖艶さがあります。この女の情念のスイッチの入り方が、四谷怪談のお岩さんのようで、退廃的な美を多分に含んでいます。別人のように表情が転換する人なのです原節子様は。
子供はやはり時代を映す鏡なのです
小津の作品ほど不思議な魅力にみちた日本映画は見たことがありません。日本的といえば、これほど日本的な映画もないでしょうが、それ以上に、私にとっても最も不思議なのは、その空間の感覚です。・・・二人の人物が向かい合って話しているようなシーンがしょっちゅうあって、カメラはさかんに切り返すわけですが、どうもこれがにせの切り返しというか・・・見る側としては、一人の人間の視線を追っていくと、実はそこには相手がいないのではないかという不安に襲われてしまう。カメラが切り返すたびに、そこにはもう対話の相手がいないのではないかという・・・
『トリュフォーそして映画』 山田宏一・蓮實重彦
「もうおこられちゃったい!」「泣いたんだろ」「泣きゃしないやい!あっち行けェ。紀子!ゴムノリ!」「なんだいブー!泣いたくせに!」「なにいくッつけちゃうぞ。あっち行けェゴムノリ!」「なんだいブー!」
小津さんの子供は生き生きしています。その生き生きというのは、ただ頑張って元気さと賢さを演じているという類のものではなく、ボ~っと、のらりくらりと、それでいて小生意気で、可愛らしい存在なのです。子供と絡むときの、女優さんの姿が実に魅力的なのが、小津さんの映画の特徴だと思います。この作品においても、ブ~ちゃんとノリちゃんの絡みが、実に素晴らしいのです。
あの子役と競演するときの俳優のあざとさを生み出さないということにおいても、小津さんの象徴でもある、逆構図の切り返しショットは効果を生んでいます。