21世紀は、どうやら男性が化粧する時代。
ヴィスコンティはおそらく、政治的変質と性的変質のパラレリズムを狙ったのである。マルティンの性的変質とそのやるせない胸のときめきは、やがては彼が陥ることになる政治的変質の兆候であり、暗喩である。
・・・しかも性と政治とのこのような対応は、もう一つの、もっと怖ろしい逆説を秘めている。すなわち、この映画だけを見ても、圧倒的な病的政治学の力の下で、むしろ人間性は性的変質者によって代表されているものであり、幼女姦のマルティンも、男色の突撃隊も、その性的変質に於てはじめて真に人間的であるのに反して、どこから見ても変質のかけらもない金髪の人間獣アッシェンバッハ(このヘルムート・グリームという俳優は素晴らしい)の冷徹な「健全さ」が、もっとも悪魔的な機能を果して、ナチスの悪と美と「健康」を代表しているものである。真に怖ろしいものはこちらにあるのだ。
三島由紀夫『映画芸術』(1970年4月、割腹自決の7ヶ月前)
ドラァグ・クイーンから始まり、最終的にはナチスの軍服に到達する。
それは変態性を隠さずに楽しんでいた人間が、変態性をスタイリッシュな軍服によって隠すことによって、変質していく悪魔性の恐ろしさなのです。人はこうして組織的に破壊者になり得るのです。ナチスの軍服が、今はスタイリッシュなスーツへと変貌を遂げているのです。
しかし、何よりも新鮮な美しさに満ちているのは、眉毛の上にファンデーション。その上に細眉を描いているヘルムート眉です。
クロスジェンダー時代の到来にあたり、コスメ産業の思惑もあり、良い意味で、男性も化粧する時代がやってくる予感がします。今はまだ男性は、洗顔から美容化粧水の段階ですが、ファンデーションをし、アイシャドーをする時代がすぐそこまでやってきています。

ウィッグを取る!腋毛を見せる!

ヴィスコンティ映画の給仕たちはとにかくハンサムで制服がオシャレ。

給仕たちは全員蒼い制服を着た美青年。

ヴィスコンティの世界においての麻呂眉。

それにしても美しいアーチ型細眉。
1930年代の男のエレガンスの教科書

ダーク・ボガードのスーツの着こなしも素晴らしい。
彼は私のラフなセータを好んで買ってくれるが、フォーマルなファッションの彼を見てしまうと、この世のものとは思えない神々しさを感じるのである。
高田賢三(ヘルムート・バーガーは一番の顧客となり彼の友人となった)
この作品における、ヘルムート・バーガー(1944-2023)という俳優の存在は、冒頭の女装と、終盤のナチスの軍服のみが指摘されがちなのですが、中盤の彼の1930年代のスーツの着こなしにこそ、その稀有な存在感が集約されているのではないでしょうか。
特に、この念入りなカラーコーディネイトは圧巻であり、通常のルールを破るカラー及びパターンの組み合わせは、そのオールバックのヘアスタイルが伴ってこそ完結するという、メンズ・スタイルの掟のようなものを私たちに教えてくれます。
21世紀に入り、男たちは、一時の迷いで、ラグジュアリー・ストリートなるものに踊らされたのですが、2020年に入り、ファッションIQの高い男たちは、1930年代の影響を受けたグラマラスなエレガンスを求めるようになってきています。
この作品のヘルムート・バーガーが教えてくれること。それは、男性が、女性化する必要なぞ全くなく、「男性の特権」とも言うべきグラマラスさを磨き上げれば、美しくなるということ。以下の3種類のヘルムートのスタイルはまさにそのための教科書とも言えるのです。
マルティン・エッセンベックのファッション2
ロングコート×スポーツジャケット
- ベージュのカシミアのロングコート
- ダークグレーのフェドーラ帽
- キャメルレザーグローブ
- ブラウンのチェックのスポーツジャケット、絞られたウエスト
- ブラウンのスカーフ
- グレーのウールトラウザーと同色のジレ
- ブラウンの革靴
- 白のデタッチャブル・カラーのベージュにグレーストライプシャツ、白のカフスと襟
- 黄土色のネクタイ
- 白のポケットチーフ

ナチスの軍服の中でも負けないジャケパン・スタイル。

素晴らしいカラー・バランスです。

メルセデスベンツ 170V カブリオレから降りるマルティン。

上質なカシミアのロングコートにフラップポケット。

ダークグレーのフェドーラ帽が渋い。

コートは後ろからのシルエットが命です。

スポーツジャケットのチェック。

完全無欠のスーツの着こなし。

愛人に抱き着くマルティン。シャツのストライプの雰囲気がよく分かる写真。
マルティン・エッセンベックのファッション3
スーツスタイル
- カンカン帽、ダークネイビーのリボン
- ベージュのウールのスーツ、ピークドラペル、ベントレス、3ピース
- ラペルピン
- 白のデタッチャブル・カラーの水色のストライプシャツ
- マザーオブパールのカフリンクス
- ベージュに白ストライプのソックス
- ブラウンの革靴
- ベージュのアメーバ柄のネクタイ
- ベージュのポケットチーフ
- キャメルレザーグローブ
- ゴールド・チェーンブレスレット

タバコをシックにふかす。ちなみにヴィスコンティは、1日に120本のタバコを吸うヘビースモーカーでした。

ラペルピン、カフリンクスなどの小物がダンディです。

そして、水色のストライプシャツもクールです。

全て茶系の中にシャツだけは水色のバランスが絶妙です。

バックシルエットも素敵です。

デタッチャブル・カラー。

ギュンターを演じたルノー・ヴェルレーの、このアンサンブルもとても美しい。
マルティン・エッセンベックのファッション4
悪魔のようなダークネイビースーツ
- ワイドピークドラペル、ダークネイビースーツ、ダブル、ベントレス、3ピース
- 白のデタッチャブル・カラーの白シャツ
- 白のポケットチーフ
- ゴールド柄ブラックタイ
- ゴールドのラペルピン
- ゴールド・チェーンブレスレット
- ブラックレザーシューズ

ナチス親衛隊の制服を着た悪魔の囁きに、苦悩するマルティン。「君は憎悪を持っている分強い、憎悪の正しい使い方を教えよう」

小粋な黄金のシガレットケース。

マルティンが悪魔になる瞬間に来ているダークスーツ。

すごくダンディです。

まるでイヴ・サンローランのようです。
人間性を麻痺させるナチスの制服

ナチス親衛隊の制服。ファッション性だけで見ると、誰もが着たくなるハイセンス・ファッションです。

すごい親衛隊の衣装です。
犯罪が起きていながら、実際には処罰がなされていない。そんな家族の物語を描いてみたかったのだ。現代史の中で、そのような事態は、いつ、どこで、どのように起こったか?それはナチズムのときだけだ。ナチズムの時代には殺人が行われた。大量虐殺であれ個人に対するものであれ、けっして処罰されることのない殺しが行われた。
ルキノ・ヴィスコンティ
悪を描く免罪符としてナチスの効用に隠れて、自分の悪の嗜慾をほしいままに追及することができるのである。まさにミイラ取りがミイラになるほど、ナチスの時代の「嫌悪に充ちた美」を再現しているのである。
三島由紀夫『映画芸術』(1970年4月、割腹自決の7ヶ月前)
誤解を恐れずに言うならば、ほとんどの日本人は、ナチスの制服にファッションセンスを感じます。
赤と黒が好きな国民と言われる日本人にとって、それは何か効し難い魔力のようなものです。ナチスは、広告とイベントをとても重視しました。そして、これらを有効的に生かすために、各種制服に力を入れました。ファッションの恐ろしさをナチスは知っていました。今まで何の取り柄もなかった人間に、何を与えれば、人間性が麻痺するかを知り尽くしていたのです。
それは新たなる貴族階級の始まりでした。暴力と差別を正当化するために、「選民テイスト」なスタイリッシュな制服が用意されました。そこに、ブーツの踵を鳴らすナチ式敬礼などの所作を加えてゆき、より悪の洗練はなされました。人一倍臆病な人間達だからこそ、過信した時には、もうどうにも止まりません。
ちなみにヴィスコンティは1930年代はじめにベルリンを訪れ、実際にナチスの軍服を見ていました。
マルティン・エッセンベックのファッション5
ナチス親衛隊スタイル
- ナチス親衛隊制服。階級は少尉
- 親衛隊ウールのロングコート
- 乗馬ブーツ
- 髑髏付きの制帽
- 赤のハーケンクロイツの腕章

ハーケンクロイツは、人々に眠る悪魔を呼び覚ます。

ヘルムート・バーガーは、女装し、ナチ式敬礼をしてスターになった。

念入りにナチ式敬礼をリハーサルするヴィスコンティ。
最後に『サンローラン』を見て下さい。

ルキノ・ヴィスコンティとシャーロット・ランプリングとヘルムート・バーガー。

ヘルムート・バーガーとダーク・ボガード。

ヴィスコンティに磨き上げられた優雅さ。
2014年の『サンローラン』において、老年のイヴ・サンローランを演じたのは、ヘルムート・バーガーです。その中で、本作(母ゾフィーの手首を捻り、屈服させるシーン)を見て涙を流すシーンがあります。ファッションは、点と点をつなぐ芸術です。まったく異質なものをつなぎ、新たな感動を生み出す作業です。芸術史上最も反逆精神を要求される分野です。
1933年に、マレーネ・ディートリッヒの女装をして踊っていた青年が、ナチス親衛隊の将校になり、21世紀に入り、イヴ・サンローランを演じる。しかし、忘れてはならないのが、彼は1864年から1886年のルートヴィヒ2世さえも演じたということだ。
ヘルムート・バーガーという俳優は、まさにアンドロギュヌスを体現した俳優でした。男性を美しいと思わせるアラン・ドロンに匹敵する人でした。この人は、ファッション・アイコンではなく、アンドロギュヌス・アイコンなのです。
さらに言うと、ナチスドイツの下で輝いた悪魔たちのように、ルキノ・ヴィスコンティの下で、傀儡政権のように操られたからこそ、彼の魅力は思う存分昇華したのかもしれません。中身のない美男子を、天才芸術家が、一切のコンプライアンスを度外視して、悪魔のような美しさを追求したのです。
作品データ
作品名:地獄に堕ちた勇者ども The Damned (1969)
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
衣装:ピエロ・トージ
出演者:ダーク・ボガード/イングリッド・チューリン/ヘルムート・バーガー/シャーロット・ランプリング