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キリアン

【キリアン】リエゾン ダンジェルーズ(カリス・ベッカー)

キリアン
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リエゾン ダンジェルーズ

【特別監修】Le Chercheur de Parfum様

原名:Liaisons Dangereuses
種類:オード・パルファム
ブランド:キリアン
調香師:カリス・ベッカー
発表年:2007年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/37,950円

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マリー・アントワネットの愛読書

どんな狡猾な男でも、女とくらべたら、せいぜい一番正直な女ととんとんというところです。

『危険な関係』コデルロス・ド・ラクロ

1789年5月5日にフランス革命が勃発しました。そして、10月5日から6日にかけてヴェルサイユ宮殿にパリ市民が殺到し、ルイ16世とマリー・アントワネットは、宮殿を追われ、テュイルリー宮殿で市民の監視を受け生活することになりました。

主人を亡くしたヴェルサイユ宮殿のマリー・アントワネットの蔵書の中から一際目を引いたのが、王家の紋章などの装飾により豪華に飾り立てられた一冊の題名が伏せられた書物でした。その本の名を「レ リエゾン ダンジェルーズ」と申します。

それは、コデルロス・ド・ラクロにより1782年に書かれた小説「危険な関係」(175通の手紙で構成される書簡体小説)の原題です。

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「私こそあなたの選んだ神となるのだ」

映画化における最高傑作の誉れ高い1988年版『危険な関係』。

秘密の関係は、ジャムのようなローズのエッセンスとジューシーなプラムのアコードによって、純粋さを持ちながら始まっていきます。

愛の営みがあったことを示しているかのようなブラックカラントの深い紫のアブソリュートが、暖かい地方で育てられた快楽主義者のアンブレットシードのエッセンスと絡み合い、それはまるで情熱的な夜を反映させています。

そして、バニラのアブソリュートとモスがその香りを、少しでも長く秘密を安全にさせようとする元の世界を忘れさせます。

公式サイトより

稀代のプレイボーイであるヴァルモン子爵と、裏切られた男に対する復讐に生きるメルトイユ侯爵夫人が、神への信仰心の厚いツールヴェル法院長夫人を落とせるかどうかという賭けを行うことからこの物語ははじまります。

一方、かつて裏切った男性の婚約者であり、純真な15歳の少女セシルもヴァルモンに誘惑するように巧みにそそのかすメルトイユ侯爵夫人。

甘い言葉、涙、恐喝、冷たい仕草、自殺の仄めかしといったあらゆる手管を駆使し、最終的に、二人の貞淑なる女性を悪徳の世界へと引きずりこむことに成功したヴァルモン子爵とメルトイユ侯爵夫人。

ツールヴェル法院長夫人が、ヴァルモンに身を任せた瞬間この男は、ぬけぬけと「私こそ夫人の選んだ神となるのだ」という感情に支配されていたほどでした。

キリアン・ヘネシーがマリー・アントワネットのためのローズの香りとして創造したのは、フランシス・クルジャンの「ア ラ ローズ」のようなアプローチではなく、高嶺の花のように美しく赤く咲き誇る薔薇の花を、いかにして惨めに朽ち果てさせるかということに悪徳の限りをつくした香りです。

〝滅びの美学〟を主題にしたローズの香りとも言えます。

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ローズとココナッツの危険な関係

女の最も美しい瞬間、それは誰しも口にはしてもめったに味わうことのないあの魂の陶酔を女が男におこさせる唯一の瞬間、それはわれわれ男が、女の恋は確信していてもそのしるしは得られないというその瞬間なのです。

『危険な関係』コデルロス・ド・ラクロ

キリアン・ヘネシーは2007年10月に「バイ・キリアン」(現在は「キリアン」)という名でブランド創業するにあたり、6作品からなるコレクション「ルーヴル ノワール —愛が描く甘い誘惑の世界—」を発表しました。このコレクションは、三つのテーマに分けられています。

リエゾン ダンジェルーズ(危険な関係)」には「typical me(私らしい)」という副題がついています。Parisian Orgies(パリジャンの乱痴気騒ぎ、ランボーの詩)のテーマで生み出された、あらゆる種の歓びを誘う誘惑の香水です。

かつてディオールで「ジャドール」を創造したカリス・ベッカーにより調香されました。

「危険な関係」は、ダマスクローズ(ツールヴェル法院長夫人)とゼラニウム(セシル)がシナモンにより温かな官能の予感を感じさせながらも、凛とした厳かなローズの香りを保つようにしてはじまります。さぁ、キリアン・ヘネシー公爵主催のローズ・ガーデンでのティーパーティーのはじまりです。

すぐに二人の主人公が登場します。ジューシーなピーチ、プラム、ブラックカラント(特にプラム!)といった同性だからこそ女性の持つ酸いも甘さも知り尽くしているメルトイユ侯爵夫人と、女性を落とす為なら、土下座、脅し、泣き落としなど全てを平然と、ココナッツのように甘くやってのけるヴァルモン子爵です。

それにしてもこのココナッツは、南国のビーチから来たプレイボーイではなく、フランスの貴族社会からやって来たグリーンクリーミーなディプティックの「フィロシコス」のようなココナッツなのです。

さて、ローズとゼラニウムに、どんどん浸透していくフルーツとココナッツ。最初は凛としていたローズが、甘さに包まれ幸せの絶頂のようなジャミーに蕩けた表情になります。

しかし、甘き官能の香りに対する悪徳の報いは必ずやってくるのです。フルーツとココナッツに天罰が下され、ベチバー、ムスク、サンダルウッド、オークモス、バニラに侵食されゆくのです。さらには、幸せの絶頂にあったローズとゼラニウムも、そのドライダウンの中で、ローズは狂い、ゼラニウムは人肌から距離を置くように消えてゆくのです。

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香りとあなたの危険な共犯関係

最もこの香りのイメージに相応しいのは、2017年に舞台化された鈴木京香様と玉木宏様の『危険な関係』のヴィジュアルイメージ。

男などというものには、自分の手に入れた女の価値はわからないのです。

『危険な関係』コデルロス・ド・ラクロ

つまりは、見事なまでに甘さを抑えた熟成されたクリーミーローズなお酒のような香りとなるのです。さらにアルコールが蒸発するときの酔わせるような魅力も持ち合わせています。

そして、何よりも、この香りのローズは最初から最後まで絶対に摘み取られることなく、自然の状態に燃焼するところがとんでもなく美しいのです(最初から最後まであらゆる形で生きています)。

マリー・アントワネットは「レ リエゾン ダンジェルーズ」を読み何を考えたのでしょうか?何よりもこの世の春を謳歌していた女性が、悪徳の報いとでも言わんばかりに冷酷にギロチン台に追いやられてしまうその一生に対して、悲しみよりも先に、ロマンを感じてしまう現代人の悪徳の心に捧げられた「キリアンと私たちの危険な関係」。それがこの香り「リエゾン ダンジェルーズ」なのです。

キリアンは、この香りに「『氷のように焼く』冷たさ」(ボードレールの書評)を求めたのでした。

ローズとココナッツという、決してブレンドしてはいけないとされる「危険な関係」のマッチングによって、生み出された「禁じられた果実」の香りです。

キリアン=ベッカーの生み出すフルーティーな香りの素晴らしさは、フレグランスにおいて若者向けに作られてきたフルーティーというジャンルに対して、大人の男女への扉を開いたところにあります。

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ラストのドライダウンは、モダンジャズ

『マルコヴィッチ無双』この頃のジョン・マルコヴィッチに抗うことの出来る人類は存在しなかった。

ピュアローズが摘み取られる瞬間。

ただ一度の危険な関係が、どんな不幸をひきおこすことか、考えただけでも身の毛がよだつばかりでございます。このことをもっとよく考えましたならば、いかなる苦しみも避けられようではございませんか。どんな女でも、誘惑者の最初の一言で逃げ出すはずでございます。

『危険な関係』コデルロス・ド・ラクロ

『危険な関係』は何度も映像化されているのですが、1988年にハリウッドで映画化されたバージョンが最も素晴らしいものです。その理由は、ヴァルモン子爵を、この当時、無敵の存在感を誇っていたジョン・マルコヴィッチ(1953-、彼の無敵ぶりが堪能できる映画は『コン・エアー』)が演じているところにあります。

そして、メルトイユ侯爵夫人をグレン・クローズ、ツールヴェル法院長夫人をミシェル・ファイファーが好演しています。ちなみに同じく2007年にキリアンから発売された「クルーエル インテンションズ」は、『危険な関係』をアメリカのティーンエイジャーに置き換えた映画作品として、1999年に公開されたタイトルでした(リース・ウィザースプーンも出演)。

ブリジット・バルドー、カトリーヌ・ドヌーヴという美女をたらしこんだ稀代のドンファン・ロジェ・バディムが1959年に作った映画『危険な関係』のアート・ブレイキーのモダン・ジャズがよく合う香りです。

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ジャドールのローズ・バージョン

©KILIAN PARIS

男は自分で感じる幸福を幸福とし、女は相手に得させる幸福を幸福とします。男の快楽は欲望を満足させることですが、女の快楽はなによりもその欲望を起こさせることなのです。男にとっては、相手に気に入られることは成功への手段ですが、女にとっては成功そのものなのです。

なによりも恋愛の特徴であるあの独占欲というものは、男においては単に優先的な好みというだけのもので、せいぜいが快楽を増すために役立つのであって、その快楽は他に対象があっても弱まるだけで消えてなくなることはないのです。ところが女においては、それは底の底からの感情ですから、他のいっさいの欲望をほろぼしてしまうばかりか、本能的な欲望が生まれそうな時にも、かえって嫌悪や反感を感じさせるのです。女の感情は本能よりも強く、したがって本能には支配されないものなのですものね。

『危険な関係』コデルロス・ド・ラクロ

「リエゾン ダンジェルーズ」は、ホワイトムスクが50%、アンブレットシードが10%という合計60%がムスクにより構成されています。ここに1%のローズと4%のプラムが投入され、この香りの世界観は生み出されているのです。キリアンの香水の中でホワイトムスクを50%以上使っている香りは、後は「ローリング イン ラブ」だけです。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「リエゾン ダンジェルーズ」を「ローズ・ジャム」と呼び、「ローズの香りの元になるダマスコンから微量の水素原子を除去することは、ジャムの効果を生むために「調理」しているようなものだ。ローズのジャムはもっとも美味しい食物であり、それを食したときなどは、まるで人間が自然の花よりも優れているような気になることもある。」

「ちょうど半煮えくらいの、鮮やかさが薄らいできた甘いローズの香りがする。私自身、それほどローズの香りは好みではないけれど(生花は除く)、この香水は例外だ。」「もしも「ジャドール」のローズ・バージョンをお望みなら、こちらをどうぞ。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。

ルカ・トゥリンがこの香りを〝ジャドールのローズ・バージョン〟に喩えた点について最後に考察してみます。

1999年に調香されたオリジナルの「ジャドール」は、(マツリカジャスミンとグラースジャスミンという)2つのジャスミンを核に、フローラルブーケだけではなく、プラム・ピーチ・ブラックカラントからなるフルーティーさが加わっているところに斬新さがありました。

一方、この香りが面白いところは、ほぼ同じ構成で作られた上で、ジャスミンがローズに変わることにより、フローラルノートにおいて、「ジャドール」のような女性らしさではなく、ムスクの過剰摂取によりキリアンらしい艶めかしさを生み出すことに主眼を置いているところにあるのです。

最後に、キリアン・ヘネシー閣下の一言。

私が、最も敬愛する香水はセルジュ・ルタンスの「フェミニテデュボワ」です。つまりは、「リエゾン ダンジェルーズ」と「ストレート トゥ ヘブン」を重ねれば神が誕生するのです。

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香水データ

香水名:リエゾン ダンジェルーズ
原名:Liaisons Dangereuses
種類:オード・パルファム
ブランド:キリアン
調香師:カリス・ベッカー
発表年:2007年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/37,950円


トップノート:ピーチ、ブラックカラントアブソリュート、ココナッツ、ダマスカス産プルーンアブソリュート、プラム
ミドルノート:セイロン産シナモン、ブルボン産ゼラニウム、ダマスクローズ、アンブレットシード
ラストノート:ジャワ産ベチバー、ホワイトムスク、オーストラリア産サンダルウッド、オークモス、バニラ