ダーク ロード
原名:Dark Lord
種類:オード・パルファム
ブランド: キリアン
調香師:アルベルト・モリヤス
発表年:2018年
対象性別:男性
価格:50ml/37,950円
男をもっとも妖しく輝かせるベチバーの誕生
私にとって幸せの香りというのは、タバコと混ざったディオールの「オー ソバージュ」の香りです。私の家族は、みんないつも起きるのが本当に遅く、11時か12時に祖父のリビングルームで会するのですが、祖父と私だけは早起きで8時半には起きていました。
私が階段を下りていくと、いつも特徴的な香りがするのです。祖父は「オー ソバージュ」をヘアジェルのように使い、髪を濡らしていました。そして、その香りが、彼が愛用しているパイプのタバコの香りと混ざっていたのです。その香りのコンビネーションが私の嗅覚の記憶に刷り込まれており、その記憶が私にとって幸せの瞬間なのです。
キリアン・ヘネシー
キリアンが2017年に発表したコレクション「カルペ・ノクテム(夜を掴め)」の第二弾として、2018年9月に発売されたのが、「ダーク ロード」です。アルベルト・モリヤスにより調香されました。
「ダーク ロード」の後ろにつく副題「Ex Tenebris Lux」は、Ex(from、から)、Tenebris(dark、闇)、Lux(light、光)で、「闇から光へ」という意味です。
この香りは、オスカー・ワイルドの「紳士というのは、無意識に誰かの気持ちを決して傷つけない人のことである」という言葉からインスパイアされ生み出されました。
そして、21世紀のゲランにならんとするキリアンにとって、ベチバーのスモーキーな側面を出すために、12年越しに生み出された〝念願のベチバー〟の香りでした。
「ダーク ロード」の素晴らしさは、ベチバーのスモーキーな部分を突出させたスモーキーベチバーであるところにあります。意外にスモーキーさを持つベチバーの香りは市場にそれほど存在しません(ちなみに「オー ソバージュ」は、グレープフルーツとベチバー)。
つまりこの香りは、「オー ソバージュ」をヘアジェル代わりに髪に撫でつけ、レザーのジャケットを着て、モンテクリストの葉巻を吸っていたキリアンの祖父から香り立つ、あの幼き日の想い出の香りを再現するという願望から生まれたものでした。
だからこそ、レザーでありながら、タバコでもある、そこにあるジャスミンは「ケリー カレーシュ」のような優雅さを出すものではなく、アニマリックさをわずかに付け足すために入れられものなのです。
そんなジャスミンとグレープフルーツの(伝統的なオーデコロンを思わせるフレッシュな)甘みは、ベチバーが生み出すレザーとタバコの煙に覆われ、アクセント程度にしか香らないので、全くフェミニンではなく、それがまた「ダーク ロード」の硬派な魅力とも言えるのです。
暗黒卿と調香界のヨーダ=モリヤス爺が生み出した〝香りの暗黒面〟
キリアン・ヘネシー自身が「ダーク ロード」は、
- ジェレミー・アイアンズのダークで、とてもエロティックな声こそこの香りの本質と言えます。
- 素晴らしいセンスとスタイルで着飾る男性に私がまだ出会うことができる貴重な都市の1つ『香港』こそが、この香りのイメージに相応しい都市です。
- 年代で言うと、20世紀の終わり頃、まだエレガンスが重要視されていた時代の香りです。
- ワードローブにたとえると、ベルベットのタキシードジャケットです。
- 音楽にたとえると、R&Bやソウルミュージック、ジャジーなボーカル。苦悩する魂が奏でる音楽です。
- この香りを吹きかけたときにサウンドトラックとして流れる曲は、「バック・トゥ・ブラック」(エイミー・ワインハウス)「Kiss From A Rose」(シール)「Set Fire to the Rain」(アデル)。
- この香りを別の名で呼ぶなら「Mirror to My Soul」。
と答えているこの香りは、闇夜の紳士の香りです。
それはある意味ヘネシー家の貴公子キリアン・ヘネシーが、『スター・ウォーズ』に登場するダーク・ロード(暗黒卿)をイメージして、調香界のヨーダとも言えるアルベルト・モリヤスに、暗黒面に踏み込んでもらい、創造してもらった香りとも言えます。
ジャスミンとベチバーの『危険な関係』
太陽の最後の輝きを思わせるフレッシュなベルガモットの爆発からこの香りははじまります。すぐに押し寄せてくるブラックペッパーと華北山椒が、紳士同盟を結んでいるかのように、そのスパイシーな芳香により、私たちを太陽の世界から、暗黒の世界へと引きずり込んでゆきます。
実に巧妙に忍び寄るハイチ産ベチバーの黒い影。私たちがこのベチバーを体感するのは、もう少し後になりますが、最初から〝ベチバーによる暗黒の結界〟が張り巡らされていることを後で知ることになります。
このベチバーの危険な所は、フレッシュ、グリーン、スパイシー、アーシィー、ピュア、アニマリックといった様々な側面を見せ、あなたを篭絡しようと最初から最後まで、寄り添うように…ではなく、あなたの耳元で何か良からぬことを囁くように、〝緑の悪魔〟を育ててゆくところにあります。
12年かけてキリアン・ヘネシーが育て上げた〝善悪の彼岸に生えるベチバー〟です。
すぐに朝露に濡れて艶やかなジャスミンサンバックと。酔わせるようなダバナの甘い花の罠が、『暗黒の二人の女神』のように白魚のような指であなたを誘います。そこに、焦がした砂糖のようなラムが注ぎ込まれてゆき、あなたの理性は完全に奪われてゆくのです。
二つの花々が、肌の上で、妖しく甘い閃光を放ち、闇夜に男の中に潜む野生のレザーとラムが織り成す光と影を交錯させてゆきます。やがて、男の中に眠る花が開花したとき、暗黒卿の鉄槌がそれらを無残に打ち砕いてゆくのです。
さぁ、「暗黒の世界」へようこそ、香りが幸せを運んでくれるという通俗的な考えに対して、真っ向から対決する「悪魔を呼ぶ香り」。より正確に言うと、このニーチェの言葉に忠実に生み出された香りなのです。
わたしはそっとこう耳打ちしておく。「いっそあなたの悪魔を育てて大きくした方がいい。あなたにも偉大さへの道はまだひとつ残されている」と。
『ツァラトゥストラはかく語りき』 フリードリッヒ・ニーチェ
同時期にアルベルト・モリヤスが調香した「グッチ ギルティ アブソルート プールオム」(2017)を連想させる香りです。
もうひとつの「ダーク ロード」の解釈(公式)
実はこの香りの公式の解釈は、上記のものではありません。それはこの香りの副題が「闇から光へ」であるように、「謎がゆっくりと明らかになってゆく」という闇から光を表しています。
つまり、闇夜にパーティーかどこかで出会った紳士は、無意識で人を傷つけるようなことは言わない配慮あるダンディな人であり、明け方まで彼と話すうちに、少しずつ謎めいた部分が分かっていく…つまりは素顔が光に照らし出されて分かるように、明るみになってゆくというイメージなのです。
さらに言うと、何か闇(ダークさ)を抱えた人が光を見つけるためにもがいているというイメージもこの香りから浮かび上がります。つまり、光からではなく、この香りは、退廃的かつ厭世を感じさせるすでに闇になっている状態からはじまっているのです。
香水データ
香水名:ダーク ロード
原名:Dark Lord
種類:オード・パルファム
ブランド: キリアン
調香師:アルベルト・モリヤス
発表年:2018年
対象性別:男性
価格:50ml/37,950円
トップノート:ベルガモット、ペッパー、華北山椒
ミドルノート:ラム、ジャスミン・サンバック、ダバナ
ラストノート:レザー、ハイチ産ベチバー、パチョリ、シダー、シプリオール